物語の意味1
※※本日【2話目】です※※
読む順番にお気を付けください。
ゆらりと立ち上がった黒子お嬢さんは、数珠を手に祈るような仕草を見せる。
「……斎藤様の事は今でも信じています。きっと何とかしてくれると言った事も含めて全て。ですが、力無く倒れているお爺様から真実を聞き、ようやく理解しました。……九尾の大妖怪、玉藻御前。私は、あなたを許せない」
彼女は語る。
千年前から伝わる戸神家の伝承により、九尾を封印するための巫女として育てられてきた事。
祖父である戸神源三がそんな自分を気に病んで、ずっと解決策を模索していた事。
周りがどうにもならないと理解し諦めている中、祖父だけはそんな事はないと目もくれず、ついに編み出した魔神召喚の術式により、自分の命を投げうってまで挑んでくれた事。
そして、倒れた祖父の口から聞いた、九尾という人間に試練を与え成長を促すために生まれた必要悪の性。
それは避けようの無い事で時代の節目に被害を齎すが、人間が成長の心を見せれば必ず最後にはそこで戦っている男がなんとかしてくれる、という言葉。
「九尾であるあなたがずっと、何の意味もなく人間を苦しめていた訳ではないという事は、分かりました。……しかし、しかし! あなたが苦しめた人々は、命を奪った人々は、もう現世には戻らない! 人類の発展や成長などという事の為に犠牲になっていいなんて、そんな事! 許容できるはずがないでしょう!」
それはそうだろう。
犠牲になったのが赤の他人であれば、笑って「そうだったんだ」と言える。
だが、身近な人や大切な人を苦しめられ、あまつさえ命を奪われた者にとっては、そんなどうでもいい事のために犠牲にされたなどと、そんな事は許容できる訳がない。
実際にこの戦いで命を落とした近しい者だっているだろうし、当然の判断だ。
俺だってそうだ。
仮にここに居る存在のうち、ミゼットが、黒子お嬢さんが、紅葉が、デウスが、源三の爺さんが仮に命を落としていたら、きっとこの九尾の事を許すことはできなかっただろう。
そんなのみんな同じだ。
だからこそ、彼女の言っている事が痛い程良く分かる。
「私は、私が! あなたを倒します! ……もう二度と、人間を試すなどという戯言を言えないように! 完膚なきまでに! 今度は私があなたの命を奪います! 私自身の巫女の力を以て!」
彼女は涙を流し、九尾を睨みつけるようにしながら訴える。
その瞳にはただならぬオーラが宿り始め、異様なまでに力が高まっていく。
今まさに、古くから伝わる神降ろし、伝説の巫女の力を発動しようとしているのだろう。
この感じ、九尾と心中する覚悟ってやつだろうか。
「……ああ、それが良かろう、陰陽師の巫女よ。お前にはその権利があるし、実行も可能だ」
「母様?」
「だが、今更命乞いという訳ではないが、……娘達は見逃してやってはくれんだろうか? なに、娘達に罪はないのでな。このバカ娘を見たら分かるだろう? 余の支配から抜け出せさえすれば、実に心根の優しい者達なのだから」
「…………」
九尾は自分の運命を悟ったのか、先ほどまでの煽るような表情から一転、人を慈しむような感情を瞳に宿す。
ああ、なるほど。
よく分かったよ。
これが、これこそが本来この世界の創造神がデザインしていた、物語の結末というやつなのだろう。
しかし────。
「そんな終わり方はあまりにもつまらない。本当にくだらないよ、黒子お嬢さん」
「なっ!?」
…………実に、馬鹿馬鹿しい。
本気で言ってるのだとしたら、頭がどうにかなってしまったのかと疑うレベルだ。
「どういう意味だ、謎の男。この巫女の使命と、余の定めを愚弄するつもりか?」
「そう言ってるんだよ、分からずや共め。……何が命を懸けて敵を討つだよ。何が自分は死ぬ運命だからこれでいいだよ。バカじゃねぇか?」
────いいか、よく聴け。
誰かが決めた運命や定め!
そんなテコ入れされた物語はなぁ!
最後に皆が笑ってなきゃ、意味がない!
どうしても避けようの無い戦いをやるからにはなぁ!
足掻いて足掻いて、最後の最後まで最善の選択肢を探し続けて、これで良かったと思えなきゃ無駄なんだよ!
「戦えば死者が出るのは当たり前。死者を出さずに戦いを収束させるなんて偽善だ。それは納得できる。だがな……、これで良かった、やれる事をやり切ったっていう想いがお前達からは感じられない」
────お前達二人からは、諦めの心が透けて視える。
「戸神黒子!」
「は、はひゃ!?」
「仲間や源三の爺さんを大切にする気持ち、痛い程分かったよ。……だけど、俺は言ったよね? 全て任せろと。納得できる終わり方を見せると。ここに来て、俺が信じられなくなったか?」
「…………」
答えられないか。
まあ、そりゃそうだ。
彼女は弱った源三爺さんを見て傷心し、考える事を諦めてしまったのだから。
「まあ、信じられなくても良い。それは君の自由だ。だが、君が命を懸ける程に想う家族への、爺さんへの信頼は捨てるな。今までずっと、爺さんは諦めていたか? 生きる事を捨てたか? 最後の最後までどうにかしようと足掻いていなかったか? ……だったら、君が諦めてどうする。爺さんの顔に、泥を塗らないでくれ」
源三爺さんはこの黒子お嬢さんを活かすために、最後の最後まで力を振り絞って九尾に抗った。
そんな爺さんの想いを台無しにすることは、俺が許さない。
「そして九尾、いや、玉藻御前!!」
「な、なんじゃ?」
「俺はお前が一番気にくわない! これは俺のエゴだが、いやさっきから言ってるのは全て俺のエゴなんだが、それでも言わせてもらう。お前が諦めて死んじまったら、……紅葉が泣いちまうだろうがぁ!!!」
「…………」
そう、紅葉が泣く。
あのヘタレでワガママでふてぶてしい紅葉が、母親を殺されて泣くんだ。
お前それは、やっちゃダメだろう。
何故ダメか言わなきゃ分からないか九尾。
ふざけてんのか?
ぶっとばすぞ。
「もういい分かった。お前達がバカだという事が分かった。ここからは俺のエゴを通させてもらう。九尾はもう二度と悪さが出来ないように叩きのめすし、その上で殺さない。そして黒子お嬢さんにはそれを黙ってみていてもらう。……ミゼット」
「任せなさい」
俺の意図を理解したミゼットが黒子お嬢さんを拘束する。
さすが相棒、よく分かっている。
「安心しろ紅葉。お前の母親は俺が助けてやる。ちょっとだけ本気出すから、ちゃんと応援しろよ」
「……うむ。くるしゅうない。その大役、任された!」
さて、これでようやく一対一だな。
「いいか。俺は今ちょっとだけイライラしている。だから九尾、俺と自らの誇りを掛けて決闘しろ。約束だ」
「ふん、いいだろう。最初からそのつも……何っ!?」
掛ったな馬鹿め。
俺には職業悪魔の契約スキルがあるんだよ。
その上、事前にEX職業を魔法神に変えておいたおかげで魔力もまだまだ潤沢だ。
もうお前は、俺との約束から逃げられない。




