対九尾戦線3
たったいま起きた事を話そう。
何を言っているのか分からないと思うが聞いてくれ。
なぜか創造した世界の魔神であるジーンが地球で九尾を追い詰めていたと思ったら、それを見た紅葉の奴がジーンにちょっかいをかけようとして失敗し、そして居場所が割れた事でジーンが帰還するという謎の挙動を取った挙句、紅葉が仕事をやり遂げたように満足気に俺の事を九尾にバラした。
おう、自分でも何を言っているのか全く意味が分からないぞ。
あとジーンの行動はともかく、紅葉に関しては完全に戦犯である。
一体全体、何してくれてるんだお前は……。
そんな俺の困惑を知ってか知らずか、九尾は胡乱げな視線をこちらに向ける。
その気持ち、分からなくもない。
そりゃそうだよな……。
だって、せっかく不意打ちをするために潜んでいたというのに、自ら居場所をバラしたあげく、その理由が紅葉の「九尾と俺の力比べを見たくなったかも?」とかいう思い付きによるものなのだから。
仮にも亜神の一柱にそんなテキトーな態度を取っているのだから、呆れられても仕方がない。
うん、九尾は怒っていいと思う。
むしろ怒れ、紅葉にちゃんと躾けをするべき。
「お前達は……」
「母様~! お久しゅうなのじゃ。儂は元気しとったぞえ?」
「そ、そうか……。いや、そういう事を聞いているのではないぞバカ娘」
全く以ってその通りである。
しかし叱ったハズの九尾はどことなく機嫌が良さげで、自らの眷属である紅葉を見て嬉しそうに頬を緩ませた。
「しかし、そうか……。余は今回このバカ娘に救われたという事になる訳だな。見どころのある末っ子だと思っていたが、惚けた顔をしてるわりに肝が据わっておるわ」
「儂は何もしていないぞえ? やったのはおにぎりの男じゃよ」
「うむ、そうであるな」
こいつを救った、か……。
なるほど、そういう解釈も確かにできる。
俺達がこそこそと隠れている中、あのままジーンとの戦いを放置していれば九尾は確実に死んでいただろう。
途中から見ていただけだが、その表情には焦燥が見られたし、自らの眷属である娘達をこの異空間から放り出して避難させていたのも確認している。
あれはまさに決死の覚悟でジーンに自爆特攻しようとしていた者の目だった。
チラリと紅葉を見る。
相変わらず能天気に笑っているが、その表情はどこかいつもより穏やかで、安心した顔をしていた。
もっといえば、尻尾を俺にぺしぺしと叩きつけ、お尻をふりふりしている。
九尾以上に、いつになく上機嫌だ。
ああ、なるほど、その態度を見てようやくこいつの意図が掴めた。
そういうことか。
もしかしたらとは思っていたが、紅葉は今にも殺されそうな母親が見ていられなくて、ワザとジーンに気配を掴ませたんだろう。
ジーンの気を少しでも逸らす為に。
俺ならば、なんとかできるかもしれないと思って。
自分の母親を、助けて欲しくて。
そりゃそうだ、だってこのビビリ妖怪はあの大妖怪の娘なのだから。
親が殺されそうになっている所を、黙ってみている事など出来る訳がない。
ジーンと面識のない紅葉が計画的に俺の気配を掴ませようと考えていた訳ではないのだろうが、きっとどうにかしようと必死だったのだ。
その上で、最も確率の高い、信頼できる方法に賭けた。
最終的にはその賭けは成功し安心した事で、こうしていつも通りの緩い表情でくねくねしているのだろう。
「なんじゃ、おにぎりの男」
「いや、なんでもない。お前が俺の仲間でいてくれてよかったと思っていただけだ」
「そうじゃろ? 儂は役に立つからのう!」
さて、紅葉の事情は凡そ把握できた。
しかしこれで問題が全て片付いた、という訳ではない。
というか、むしろジーンが九尾を倒さなかった事により、大幅に俺の仕事が増えたといっても過言でないだろう。
それに屋敷の壁にもたれかかっている源三の爺さんの顔色もかなり悪そうだし、黒子お嬢さんだって今にも泣きだしそうな雰囲気だ。
どうすっかな、これ……。
「デウス」
「なんでしょうマスター。……いえ、分かってます。あのお爺さんの事でしょう? 寿命はあと持って数時間、といった所でしょうか。さっそく処置に取り掛かります。心配しなくても大丈夫ですよ、元々の権能である生命のマナを駆使できる私がその気になれば、容易い事です」
俺がデウスに問いかけると、既に問題は解決済みだとばかりに期待通りの返答をした。
やはり有能だな、さすが亜神。
やっぱり女の子が泣く所は見たくないからね。
九尾だろうが戸神家だろうが、できる事ならハッピーな展開じゃないと俺が納得できない。
デウスには悪いが、一度はその力を以て異世界を滅びに向かわせた権能、『生命創造』の威力を遺憾なく発揮してもらうとしよう。
「と、言う訳らしいから心配しなくても大丈夫だよ黒子お嬢さん。俺達は九尾戦に集中しよう。何、俺に任せてくれればきっと悪いようにはしない、と思うよ」
自分で言ってて思うが、言葉がめちゃくちゃ胡散臭い。
女子高生を騙す詐欺師か何かになった気分だ。
「…………っ。はいっ、斎藤さまっ! 私、信じてますから!」
そんな俺の懸念を余所に、このおっさんの全く信用できない軽口にずいぶんと信を置いてくれたようだ。
先ほどのような悲しい表情は鳴りを潜め、今は涙を拭って花の咲いたような笑顔を見せている。
大丈夫かなこの娘、なんだか将来悪い人に騙されそう。
九尾に対して思う所は黒子お嬢さんにもあるだろうし、そもそもさっきまで俺を殺そうとしていたデウスが、自分の親族のケアをはじめるとかいっても説得力がないのに、よく信じたな。
まあ、こういう素直で一途なところがこのお嬢さんの良い所でもあるのだろう。
鑑定さんが唸るほど愛が重たいらしいが、それを補ってあまりある良い子だ。
そこまで考察を終えると、しばらくジーンから受けたダメージを癒していた九尾がこちらに向き直り、鋭い視線を投げかけて来た。
「ふぅむ。改めて見るとますます怪しい男だ。あのデウスという輩もタダ者ではないが、そこの金髪の娘にしてもそう。そして何より、お前自身にしてもじゃ。眠っていた一千年の間に、ずいぶんとまあ骨太な者達が生まれていたようじゃな。クククッ、善き哉。確かにこれでは、あの爺の言っていた事を認めねばなるまい。……人間の進歩というものをな」
────だが、故に余はお前達を試さねばならない。
ざわりと、九尾の身体からプレッシャーが放たれる。
どうやらようやく本番ってことらしい。
「ケンジ、そろそろあちらさんは準備ができたみたいよ」
「ミゼット、前に出すぎるなよ。ジーンには劣るが仮にも亜神級の相手だ」
「ふん、そんな事言われなくても分かってるわ! あなたを守る最強の剣であり盾が、自分の役割を分かっていない訳がないでしょう」
心強い。
ミゼットの笑顔からは亜神を前にしても溢れ出る、途方もない自信が満ち満ちていた。
ああ、確かにお前は最高の相棒だよミゼット。
負ける気がしない。
「がんばるのじゃぞ男よ~! でも、母様に負けちゃっても落ち込むでないぞ? 母様はとても強いからのう。あと、夕飯はやっぱりおにぎりがいいと思う」
「おにぎりの話はまた後でだ、いいな?」
紅葉の気の抜けるような声援を受けつつ、俺は聖剣招来により光の剣を作り出した。
まずは小手調べ。
戦神で大きくバフされたパラメーターを以て、相手の力量を推し量るとしよう。
ジーンとの戦いでだいたいの事情を理解したが、この試練の土地神さんはどう返してくるのかな。
「さて、こちらの準備はいいぞ九尾。お前がどういう存在なのかは凡そ察しているが、その魂胆、俺が勝ったら洗いざらい吐いてもらう」
「抜かせ、青二才が。だがその心意気やよし。……余もそろそろこの役目に疲れていた所じゃ。お前がもし娘を託すに足る男であれば、その意を汲んでやらん事もない」
九尾との決戦が火蓋を切った。




