閑話 前哨戦
本日【3話目】となります。
舞台は移り変わり日本の東京、その深夜。
黒子が異世界時間で20日程、こちらの世界に換算すると2日程経った頃、九尾復活が近い日本ではその影響を受けたありとあらゆる魑魅魍魎が跋扈していた。
「……ついに、始まったのう。これ程までに強力な妖の連続出現。かの大妖怪が復活するまであと数刻も無いじゃろうな」
「へい戸神の爺さんよ、そんな辛気臭い面してちゃ守れるモノも守れないぜ? ピンチの時こそ笑顔を、……傭兵にとっちゃ基本中の基本だ」
戸神家の屋敷にて、日本最高の陰陽師である源三と、イギリス最強の傭兵であるハリー・テイラーが語り合う。
屋敷には幾重にも結界が張り巡らされ、あまりにも強い妖気によって一種の異界と化したこの地から戦える者を守っていた。
「そうは言ってものう。予め彼我の戦力差くらいは予想していたが、実際にこの光景を見ては辛気臭くもなろうて。……あの大妖怪、まだ完全には復活もしていなのに既に都市全体を異空間で覆いつくしおったわい。全く、どのような妖力があればそのような事が可能だというのじゃ」
そう、今や東京は都市まるごと九尾の妖力に中てられ別次元に隔離されているのだ。
この空間の外と内では電子機器による通信が出来ないばかりか、その異常な妖力が発する威圧感だけで常人は発狂死してしまう程だろう。
もはやこれは特殊能力というよりは、玉藻御前という邪悪な亜神が個人で所有する異世界の一つとも言えるかもしれない。
しかし幸か不幸か、なぜかこの空間には力ある者──正確には魔力やそれに準ずるエネルギーの多い者──だけが隔離され、一般人は今も現実世界で平和な夜を過ごしている。
結果的にそれは市民を守る事に繋がっているようで二人は安堵している節もあるのだが、とはいえそれは死ぬ順番が変わっただけに過ぎない。
それ程までに力量差には圧倒的な開きがあった。
「九尾が自ら戦うべき者、殺すべき者を識別しているのじゃろうな。ようするにまずは、最も自分の脅威となり得る強き人間から死ね、という事か。……ふん、味な真似を」
「そのようだな。だがこれはこれでアリだ。九尾戦において最大の懸念事項だった巫女のお嬢ちゃんのための時間稼ぎ。これは一般市民を守りながらだと少々キツかったからな。……おっと」
二人は会話を続けながらも結界外から侵入する雑魚妖怪を始末し続ける。
幾重にも重なるこの結界は力の強い妖怪を識別し弾くのには便利だが、一定以下の弱い妖怪は素通りする傾向にあった。
元々時間稼ぎが作戦の念頭にある為、なるべく強い敵とは戦わず持久戦に持ち込む事が狙いなのだ。
そして度々訪れる弱小妖怪の津波のような物量を相手にしながら、この場の誰に言うでもなく源三は語る。
「一見すると戦況は絶望的。だが見ておれよ大妖怪。この儂が、いや人間が貴様の居ない千年の間で積んできた研鑽の力、陰陽道。それをとくとその身に味わわせてやるわい。……だから後の事は頼むぞ黒子、そして斎藤殿」
来たるべき宿命との決戦に備え、孫娘のことを思いやる源三は自らの心を鎮めた。
◇
「こちら念動力班、念動力砲の準備ができました!」
「でかしましたわ! 対象は敵前方全て! あの数を相手に狙う必要はないですわよ! ……用意、撃てぇ!」
所代わりこちらは政府に紐づく秘密結社、その東京支部。
高校生でありながら既にエース級の超能力者である黒子の親友、西園寺御門は迫りくる物量を相手に同じだけの物量で押し返し戦っていた。
戸神家全体が日本の異能者として少数精鋭のエリート部隊なのだと仮定すれば、彼らは力を数で補う集団戦のプロである。
陰陽術のような便利な結界は存在しないが、その物量を盾に、そして剣や槍に変えて溢れ出る妖怪を食い止めていた。
部隊の数が多い利点を生かし、戦闘に出る者と後方支援をする者、休憩を取る者と別れ安定した戦果をあげている。
雑魚を相手にした戦いであれば、むしろ戸神家やハリー・テイラーといった一流の者達よりもよほど効率的なのかもしれない。
「出現する怪異は主にスケルトン、そして鬼がメインですわね。化け物としての強さはともかく、念力による攻撃が有効な肉体を持った種族で助かりましたわ」
西園寺の主な攻撃方法は念力による物理攻撃。
肉体そのものを湾曲させ捩じ切ったり、押しつぶしたりするのが常套手段だ。
故にゴースト系などの実態を持たない魑魅魍魎とはすこぶる相性が悪いため、今回の相手を知り安堵していたのである。
「全く。あの斎藤健二という男が戻るまでの間、凡そ一月時間稼ぎをしろだなんて戸神家も無茶を言いますわね。……まあ、あの黒子が惚れ込み認めた男の力、この眼で確認する良い機会だと思いましょう」
そう愚痴をこぼしつつ、彼女は再び戦場へと意識を傾けた。
人間側の様々な思考が交差する中、九尾戦におけるキーパーソン、斎藤健二が日本に戻るのはまだまだ先の事である。
彼が成長した戸神黒子を連れ、希望と共に再びこの地を訪れるまで魑魅魍魎が蔓延る夜の世界は明ける事はないだろう。




