閑話 一方その頃2
戸神黒子が斎藤宅のアパートまで車で移動している頃、ミゼットと紅葉は据え置きの電話機から聞こえて来た謎の女の声について議論を交わしていた。
「私はやっぱり、あの声はこの世界でケンジの事を監視している国の暗部だと思うのよ。こう、なんとなくしつこく付き纏うような雰囲気を感じたわ。もしかしたらこの部屋に攻めてくるかもしれないから、警戒は怠らない方がいいわね」
「なぬ、本当かえ?」
「……直感だけどね!」
推論に対し二人でうーんと唸るが、ある意味では大当たりである。
黒子本人にその自覚はなくとも、政府と濃い繋がりのある戸神家の長女が式神で監視しているとなれば、国が警戒して監視下においているのとそこまで意味が違わない。
斎藤に不穏な動きがあれば黒子を通じて祖父の源三や父の砕牙に伝わるし、もしそれが敵対的な行動であったならば国へと連絡する事になるだろう。
基本的に彼ら戸神家の一族は斎藤に妖怪退治の件で恩義を感じているため、今後とも良好な関係を築こうとしている。
よって実際には余程の事が無い限り裏切るような事はないのだが、それはそれ、これはこれという事だ。
そうして推論を交えながらあーでもない、こーでもないと議論をしていると、ふいに二人の動きがピタリと止まった。
「……人の気配を感じるわね。数は7人。そのうち一人は多少の魔力を感じるけど、残りは雑魚よ」
「うむ、うむ。確かに儂も気配を感知した。姉様達の気配はまだ遠くにおるようだし、また別の来訪者じゃの」
飛びぬけて優れている二人の気配察知は扉の向こう側にいる人間達の動きを丸裸にし、完全に読み切っているようだ。
仮にも龍神に鍛えられた最強の聖騎士と、危機を察知し逃げる事に関しては天下無敵の紅葉の読みである。
当然その読みが外れる事は無い。
「もしかしたらさっきの暗部が攻めて来たのかもしれないわね……」
「な、なぬっ」
ミゼットは声を潜め気配を殺しながらそう呟き、紅葉に目線で確認を取る。
といっても、問われた紅葉とてこの時代の事は全く詳しくない。
ただ一つ分かるのは、恐らくこの気配の主はあの女陰陽師の物だろうという事だけだ。
本来であれば個人的な和解をした今、安易に敵対する事はないはずである。
しかし自信満々にあの女陰陽師が斎藤の個人情報をつけ狙う暗部だと言われてしまえば、「もしかしたら本当はそうなのかも?」という考えに流されてしまうのがこの妖怪。
この妖怪は基本的に雰囲気とか流れで生きているので、特に自分に良くしてくれている異世界人の意見にはすぐに踊らされるのである。
「あわ、あわわわ……」
既に頭の中は女陰陽師に対する擁護派の紅葉と、危険だから逃げるべきだというミゼット擁護派の紅葉で意見が真っ二つに分かれていた。
いや、この怯え方からすると、若干ミゼット擁護派が優勢らしい。
「うーん、仕方がないわね。本当はケンジが来るまで時間を稼ぎたい所だけど、今は緊急事態よ。私が正面に立ってこの部屋を防衛するから、あんたは気配を消して隠れてなさい」
「あい分かった!」
そして速攻で流された。
「あの、斎藤様はいらっしゃいますでしょうか。黒子です。ミニ黒子ちゃんと妖の件で至急ご相談したい事があるのですが……」
「ふん、やっぱりあの女暗部だったわね! このミゼット様を誑かそうなんて甘いわよ! 聖盾招来!!」
「えっ!?」
扉の向こうから聞こえた聞き覚えのある声に対し、自分の推論への確信を得たミゼットは先手必勝とばかりにスキルを使う。
複合職である聖騎士の上級スキル、聖盾招来は部屋の扉の前に光の盾となって出現し、訪問者の侵入をこれでもかというくらいに阻んでいた。
少し古びたアパートの一室、その扉の前に神々しく出現した謎の聖盾の貫禄は完全に場違いであり、もはや盾に守られているというよりは封印されているといったほうがしっくりくる輝きを放っている。
「こ、この力は斎藤様の! ……ご自宅に女性を連れ込んでいる時点でまさかとは思いましたが、斎藤様ご血縁の方だったのですか!?」
「ふふん! あんたもこの力を知っているようね! さすがケンジを追っているだけの事はあるわ! でもあんたがいくら足掻いても無駄よ、その魔力では私の聖盾を破る事はできないわ! さあ、ケンジが帰って来るまで根競べよ暗部!」
しかし当然ながら声は届くため、お互いに勝手な推測を交えつつも謎が謎を呼ぶ迷推理を繰り広げる。
余談だが、当然の事ながら大声で叫びあっているために完全に近所迷惑だが、幸いこのボロアパートの周囲に黒服が展開しているために怖がって怒鳴り込んでくる者はいないようだった。
それから数分の間、お互いに迷推理を繰り広げ議論が飛躍していくと、だんだんと「あれ、この女って実は味方じゃない?」という感想が芽生えてくる。
片やミゼットの事を斎藤の血縁と思い込んだ混乱女陰陽師と、片や話を聞くうちに斎藤の緊急事態だという事で警戒を緩めていく元暴走幼女。
二人が和解するまでにそう時間はかからなかった。
「なんだ、緊急事態だったなら最初からそう言いなさいよ。びっくりしたじゃない」
「いえ、こちらも急に押しかけてしまい申し訳ありませんでした。……それで、斎藤様に直接お伺いしたい事があるのですが、今はご在宅でしょうか?」
「今はいないから、部屋の中で待ってれば?」
「はい、それではお言葉に甘えて────」
その後、聖盾と扉越しにすっかり打ち解けた二人は仲良くなり、色々と勘違いを抱えたままついに邂逅を果たすのであった。




