聖騎士祭4
その日の晩に差し掛かる頃、俺達はレーナイン元伯爵に屋敷へと馬車で案内された。
一応伝説の騎士であるミゼット・ガルハートの名を隠すために昔のギルド証を今の物と取り換え、最新型の魔力認証制のギルド証へと変更させてもらったが、これについてはもっと早めにやっておくべきだったかなと思わざるを得ない。
経費は伯爵家で出すとの事だったので、とてもありがたい申し出なんだけどね。
そもそもこの領では、俺はともかくミゼットの名前は途方もなく目立つからな。
それを考えると、うかつに身分証を出す訳にはいかないのだ。
そういう理由で、こんな事なら向こうの大陸ですぐにでもギルド証を更新しておくべきだったかもしれない、という結論に至る訳だ。
俺の名を知った時に、向こうでは創造神もとい人間神だと信用されなかった為に重要性は低いと考えていたが、ミゼットがここまで有名になっていると少々事情が変わって来る。
ここら辺は俺の計算ミスだが、レーナイン元伯爵の理解もあり表沙汰になる事は避けられた。
その後も伯爵家に残された言い伝えを聞くに、もし後の世代で俺たちと邂逅するような事があれば、その事を周囲の者へと他言しないようにと賢者アーガスから注意を受けていたらしい。
おかげで身分云々に関して今後は大丈夫だとは思うけど、思いもよらぬところでまたあいつの布石に救われたな。
アーガスの奴はたぶん、教会関係者やら国やらに俺達の行動が阻害されてしまえば、色々と面倒な事になると理解していたのだろう。
最後の最後まで配慮を欠かさない奴だなぁ、あいつ。
いつか力になると言っていたし、こういう布石を世界各地に残している可能性もあるくらいだ。
そして屋敷へと辿り着くと、そこでは既に使用人が表で腰を折って頭を下げる形で出迎えていた。
客人が来ると伝わっていたのだろう、俺達の登場に不審がる事もなく自然と受け入れられている。
馬車の中からでもそれがよく見える、とても教育の行き届いた使用人達だ。
すると俺達が馬車から降り切った所で、屋敷の正門を思い切り開けて登場する少年が現れた。
かつての暴走幼女ミゼットを彷彿とさせる、そんな出で立ちの元気少年である。
歳の頃は10歳くらいだろうか。
手には木剣を持ち、すぐさま冒険者ギルドのマスターを務めているレーナイン元伯爵に飛びついてきた。
「爺さん! 我が家に冒険者の客人を招待すると伺ったんだけど! ついに聖騎士祭の代表が決まったんだな!? 早く俺に紹介してくれないか!」
「これ、落ち着きなさいグレイ。ご先祖様に失礼ですよ」
元気少年もといグレイ少年はレーナインさんの忠告を無視してこちらを見回し、順番に紅葉、ミゼットへと視線を向けた後、一番年長である俺でその視線を止めた。
どうやら聖騎士祭の代表とやらと勘違いされたようだ。
まあ見た目だけなら一番可能性があるし、実際に聖騎士だしな。
ただ、この元気っぷりはやっぱりかつてのミゼットに似てるなぁと思って隣をチラリと見てみると、本人もそう思っているのか口元をヒクつかせて苦笑いしていた。
いわゆる黒歴史を思い出した、というやつだろう。
ちなみに話を聞いていないグレイ少年は「ご先祖様」というワードに全く反応せず、頭の中は聖騎士祭の事で一杯であるようだった。
「あんたが聖騎士祭の代表か!? なあ、俺と勝負してくれよ!」
「待ちなさいグレイ、聖騎士祭はまだ始まっても居ませんよ。そもそも、その態度では御客人に失礼です。伯爵家の品性が疑われる行動は慎みなさい」
「え~~?」
グレイ少年が行き成り飛び掛かってこようとするも、レーナインさんに首根っこを掴まれ宙ぶらりんの状態で捕獲される。
憐れ元気少年。
「あぁ~。……なんだか昔の私を見ているみたいで顔が熱くなるわ。ちょっとそこのあんた、もうちょっと慎みを持たないと後で後悔する事になるわよ、私みたいにね」
「は? 誰だよ。俺は聖騎士に用があるんだ。……なんたって、いずれ伝説の聖騎士ミゼット・ガルハートのような最強の騎士になるんだからな! だから、力が無い女子供には興味ねぇ!」
あちゃー、そう来たか。
あのミゼット相手に啖呵を切る度胸は認めてやるが、さすがにそこまで元気だとこの後の展開が大変だぞ。
なにせこちらも元は暴走幼女、売られた喧嘩は買う主義だ。
レーナインさんもグレイ少年の言葉に「あちゃー」といった顔をして額に手を当てているし、ご愁傷様としか言えない。
きっとこの後彼は、その目標である聖騎士本人に色々とご指導されてしまうのだろう。
「ふぅーん、そうなの。力がない女子供には興味がないのね。分かったわ。ならこの力のある伝説の聖騎士、ミゼット・ガルハート本人が、今からあなたを再教育してあげる。感謝しなさい」
「……へ?」
そう言うとグレイ少年は元暴走幼女に引き摺られ、庭の方へと連行されていった。
恐らく、今から地獄のような訓練が始まるのだろう。
生きて帰れよ、少年。
「……ごほん。えー、色々ありましたが、どうします?」
「そ、そうですな……。ご先祖様の行動に口出しする訳にも行きませんし、とりあえずお客様だけでも我が屋敷へと案内しましょう」
「それが良いですね……」
後ろでは紅葉もそろそろ夕飯が食べたくて、「のじゃー」とか、「のうのう、まだ?」とか騒いでいるので、先に俺達だけでも案内されてしまった方がいいかもしれない。
まあ、そのうちほとぼりが冷めたら二人共戻って来るだろう。
せっかくだから、夕飯の時にでも聖騎士祭の概要を聞いておこうかな。




