聖騎士祭3
その後、受付嬢さんが慌てて俺達を呼び戻しに来てからすぐにギルドマスター室へと案内された。
「マスター! ミ、ミゼット・ガルハート様をお連れしました!」
「うむ、お通ししろ」
扉を開け個室へと通されたその先には、一目で高価と分かるソファーに腰かける壮年の男性が居た。
恐らくこの人が現在のガルハート元伯爵だろう。
歳は50代頃と言ったところだろうか。
今が百年後である事を考えると、彼の祖父か曾祖父がクレイ少年に当たるのかもしれない。
となると、子供の頃に話だけであればミゼットの事を聞いていたとしてもおかしくないな。
俺達は彼と反対の位置にあるソファーに腰かけ、対面するような形で向かい合った。
受付嬢さんは伝説の存在を目の当たりにして緊張しているのか、壁際の方で微動だにしないまま固まり、直立不動の姿勢でこちらの様子を窺っている。
……そんな緊張しなくていいのにと思わなくもないが、まあ無理か。
なにせこの領のご先祖、もとい聖騎士祭のきっかけにもなった神の使徒様だからな。
実際はそんな大層なモノではないが。
「受付の彼女から話は聞いています。あなたは百年前に名も無き人間神と共に神界へと旅立ったご先祖様ですね?」
「神界っていうと、あの神殿の事かしら……? まあなんでもいいわ。確かに私は当時伯爵だったガレリア・ガルハートを父に持つ娘、ミゼット・ガルハートよ。それにしても、この荒唐無稽な話を簡単に信じるのね」
どんな理由があるのかは分からないが、この人は既にミゼット本人であると確信を持っているようだった。
どこの誰とも知らないはずの謎の訪問者相手に、今も尚低姿勢でこちらを敬うかのような態度で接している。
もしかすると、アーガス辺りがまた何かやらかしてるのかな。
直感に過ぎないが、彼が確信を持つとしたらその線しか考えられない。
「申し遅れました。私は15年前までこの領を運営させていただいた元伯爵、レーナイン・ガルハートと申します。あなたの兄上、クレイ・ガルハートお爺様のひ孫にあたります」
「そう、クレイ兄様の……」
立ち上がったレーナインは俺達の前で腰を深く折り、その場で頭を下げ挨拶する。
優雅な立ち振る舞いからは一切の傲慢さは感じられず、高位貴族出身の権力者であるというのにとても謙虚だ。
相手が神の使徒だからという認識もあるだろうが、この人の場合は普段からこういう対応なのだろうと思える自然な動き方だった。
俺は彼が再び頭を上げたところで口を挟み、紅葉と一緒に軽く自己紹介をしたところで、こちらの事情についてどこまで知っているのかを問いただす。
ちなみに自己紹介についてはミゼットの付き添いの冒険者、という形で納得してもらえた。
ミゼットからは何言ってんだという目で見られたが、さすがに使徒どころか神ですと名乗るとレーナインさんはともかく、後ろの受付嬢がどこで噂するか分からない。
国の教会関係者がこぞって押し寄せてきても困るので、適当にごまかしたまでである。
こちらは故郷を見て回り、ガルハート家のその後がどうなったかを知りたいだけなのに、ゆっくりしている時間がないんじゃ本末転倒だからね。
「失礼、少しいいかなレーナインさん。あなたは恐らく賢者アーガスの言い伝えか、もしくはそれを聞いたクレイ・ガルハートからこちらの事情をある程度知っていると思うのですが、一体どこまで聞き及んでおいでですか?」
「私が聞き及んでいるのは、当時の大賢者アーガスが我が曾祖父クレイに対しご先祖様が人間神の使徒となった事を伝えたのと、この先の時代で再び姿を現すだろう事を伝えた事の二点。そして今の時代の状況を鑑みて、このタイミングならばと思った次第です」
より詳しい話を聞くと、どうやらアーガスは近いうちに俺が再びミゼットと共に現れる事を理解していたようだった。
やっぱりお前かといった感じだが、あいつの頭脳ならここまで分析出来ている事になんら違和感がない。
言い伝えを残してくれた事でこうしてすんなり面会できる事になったし、感謝しているくらいだ。
「そう、それなら都合がいいわ。私はこの百年でガルハート領や家族がどうなったのかを知りたいのだけど、屋敷に泊まる事はできるかしら? もちろんこっちのケンジと、モミジも一緒にね」
「当然です。あの屋敷は元々ご先祖様が建てたモノですから。それに、我が伯爵家に伝説として伝えられているご先祖様の冒険譚を聞かせて頂ける、絶好の機会でもありますしね」
こうしてレーナインさんとの交渉は終わり、また伯爵家の屋敷でしばらくお世話になることになった。
といっても、一日二日滞在すればミゼットも満足すると思うのでそう長居をする事はないけども。
ついでだから、聖騎士祭とやらが勇者一行の選考基準の一つとなっている事についても聞いてみようかな。
少し前も考察したが、やはり国が大々的に勇者を全面に出しているという事は、それなりの脅威が世界に迫っているという事だ。
また『創造の破綻』関連か、もしくはアチーブメントの取得に繋がるものかもしれないので、この件に関しては積極的に関わって行こうと思う。
まあだからといって、俺やミゼットが勇者一行に混ざるかどうかは別の話だけどね。
創造神には創造神のやり方というものがある。
せいぜい勝手にやらせてもらうとしよう。




