聖騎士祭2
久しぶりに訪れたガルハート領内を散策し、道端の屋台なんかを冷かしつつも屋敷までやってきた。
さすがに貴族の屋敷というだけあってこの百年で財を使って体裁を整えているのか、以前に見た時よりも少しだけ建物が大きくなっているのが確認できる。
「あら、ウチが少し大きくなってるわ。クレイ兄様が当主になってから、改装でもしたのかしら?」
「どうだろうな。ただ、この町の雰囲気的にも落ちぶれてはいなさそうだぞ」
「そんなのは当たり前よ。あの慎重な兄様が下手な事をして家を窮地に追い込むなんてありえないわ」
具体的な事は分からないが、祭りや外装に力を入れる金があるという事は、領内の経営も順調という事だろう。
これで没落していたらミゼットに申し訳が立たないので、俺としてもこうして見栄を張ってくれるのはとてもありがたい。
確かガルハート家嫡男であるクレイ少年は堅実で慎重な性格だったと思うので、心配しなくてもそうそう失敗はしなかっただろうけどね。
それから屋敷を物色した俺達は一先ず満足し、再び冒険者ギルドへと向かう事にした。
以前ここで暮らしていた事で慣れた町の道を通って行きギルドへ辿り着くと、相も変わらず酒場が併設された空間で昼間から賑やかな談笑をしている冒険者達がいた。
とはいえ、その昼もそろそろ夕方に傾く頃なので依頼帰りの者達も多いようだ。
何人か並ぶカウンターの美人受付嬢の前には列が出来ている。
そのまま並んで様子を見ているとやはり聖騎士祭の影響があるようで、前衛職の冒険者を多く見かける事ができた。
この人たちは殆どが祭りの参加者という事で間違いないだろう。
聖騎士になるためには神官系か前衛の基本職をマスターする事が絶対条件なので、必然的にこういう布陣になってしまうのだ。
また、神官が少ない所を鑑みるに、この時代でも回復魔法が貴重な存在なのは間違いなさそうである。
そうして周りの人間の様子を窺いながらも時間を潰していると、ようやく俺の順番が訪れた。
「次の方どうぞ。……あら? 珍しいですね、子供のお客様ですか。ギルドへは依頼を出しに来たのでしょうか?」
現在の俺は15歳設定なので、この世界の基準的に早々子供扱いされる事はないのだが、ミゼットと紅葉はまだ幼さが残っているため勘違いされるのも無理はない。
現在のミゼットは13歳だし、日本で言えば中学1年生だ。
異世界人は欧米寄りの外見をしており発育が良く、日本人よりも早期に大人びる傾向にあるのでそこまで小柄な訳ではないといっても限度があるからな。
「いえ、今回は聖騎士祭に参加しようか検討するためにギルドで情報を集めに来た次第です。……それともしよければ、ギルドマスターを呼んで頂けないでしょうか。現在はガルハート元伯爵がマスターをやっているんですよね?」
「え、ええ。そうですが……。しかし、一般の方を何の約束もなしにギルドマスターに面会させる訳には……」
ごもっともである。
だが現在もガルハート元伯爵がマスターをやっているという肝心の情報を確認できたので、後は俺やミゼットに面会するだけの価値があると思わせればなんとかなるだろう。
一般の方だろうとギルドメンバーだろうと、伯爵家が実力者を募っている以上無下にされる事はないはずだ。
「その件に関してですが、既に俺や後ろの連れは聖騎士の職を手に入れています。色々と込み入った事情があるので一度元伯爵に面会を希望したいのですが、どうしても不可能でしょうか……?」
「はい、これ」
ミゼットが受付嬢さんの前にこの国の聖騎士団員の証である身分証を提示し、確認を取らせる。
当然だが、この身分証には堂々と『ミゼット・ガルハート』という名前が記されているので、その名前の意味に気付かない程受付嬢の頭は緩くないだろう。
町の門兵の時にはそこまで監視が強くなかったので、貴族位を持った──と思われるであろう、姓のある──身分証を提示するだけで連れの二人は素通りできたため、ミゼットが身分証を提示する事はなかった。
だが、この町で元伯爵と仕事をしながら、祭りの発端となった伝説の先祖の名前を知らない訳がない。
さらに言えば、この国の聖騎士証そのものが、面会するだけの強制力を持っているという理由にもなる。
例えこれが偽造したものだろうと、本物だろうとなんだろうと、この受付嬢さん一人の独断で捌き切れるものでは無い事は明白という訳だ。
当然、上司を呼ぶ事になるだろう。
すると聖騎士証を見た彼女は青ざめた顔でカウンターの奥へと引っ込んでいき、二階にいるであろうギルドマスターの下へと駆けて行った。
知ってはいたが、やはりこの国において超エリートである聖騎士職の権力はとても強いらしい。
この反応を見ても平然としているミゼットを見るに、既にこういうシーンには何度も出くわしているのだろう。
俺の後ろに並んでいる冒険者達からは、「なんだ? 何があった?」とか囁かれたり、二階にすっ飛んでいった受付嬢からは「マスター大変です! 緊急事態です!」とかいう叫び声が聞こえて来たりした。
恐るべし国家権力。
「これが伝説となった少女騎士の力か……」
「なに黄昏てんのよ、ケンジの方がよっぽど伝説じゃない」
「それもそうか」
そういえば俺も伝説に名前が出てたわ。
とはいえ、さすがにシスターが語っていた神話に出てくる人間神の名を語るつもりはないけども。
ケンジ・ガルハートという名前が既に伯爵家に伝わっていたらお手上げだが、アーガスがどこまで俺の事を伝えているかにもよるな。




