ガルハート領へ3
翌日以降、創造神の神殿から出て来た俺達は再び紅葉の背に乗りガルハート領を目指した。
相変わらず一度進化すると身体能力が飛躍的に上昇するようで、既に以前とは比べ物にならない程のスピードで道なき道を突き進んでいる。
二尾の時の最高時速は高速道路を走る自動車並みだったが、現在はその瞬間的なスピードをほとんど減速せずに維持できるようになっているようだ。
紅葉曰く、この騎獣モードは物理的な能力に特化しているようで、人間形態の時よりも身体能力が飛躍的に上がる分、器用に妖術を使いこなすことは出来なくなるみたいだが、それでもすごい。
さすが妖怪と言わざるを得ない。
話は変わるが、尻尾の数が増えていくと騎獣モードでもかなり高度な妖術が使えるようになるらしいので、九尾と事を構える場合はこの理屈は通用しない事を肝に銘じておいた方が良い。
きっと亜神クラスにもなると身体能力も妖術も超越しているんだろう。
ほんと、できればこういうヤバイ手合いとは敵対関係になりたくないのだが、双葉とかいう妖狐を一蹴してしまった経緯を考えると、そうもいかないんだろうな。
あいつは明らかにこちらを敵視していたし、妖怪と人間の溝は深そうだ。
そしてそれから2日ほど、紅葉の背に乗り圧倒的なスピードで世界を駆けていると、ついに以前訪れたガルハート領付近に辿り着いた。
この場所は百年経っても相変わらずの町並みのようで、以前とそれほど変わった様子は見受けられない。
唯一変わった点があるとすれば、以前は見かけなかったヒト族以外の人種が増えた事くらいだろうか。
まあ建物なんかはだいたい同じだ。
ただヒト族以外の人種が増えた事で人口も増えたのか、門の前には以前は無かった町へと入場する人の順番待ちのようなものが出来ていた。
遠目から見た感じ、どうやらしばらく順番待ちで時間を食われそうである。
しかし相変わらずガルハート領が賑やかだったのは嬉しい発見だ。
隣にいるミゼットにも自然と顔に笑みが浮かんでいる。
「ついたぞえー」
「ああ、ありがとうな。助かったよ」
「私からもお礼を言うわ。こんなに早く故郷に戻れるとは思ってもみなかった。ありがとうねモミジ?」
「うむ、くるしゅうないー」
二人してお礼を言うと、騎獣モードの紅葉が舌で尻尾の毛づくろいを始めた。
この数日で分かった事だが、こいつにとって三尾になった自分の尻尾はかなりのオシャレポイントのようなのだ。
最近は俺もその毛づくろいを半ば強制的に手伝わされている。
なにせ、少しでも毛並みに乱れがあると「お嫁にいけない」とか言い出すくらいだ。
一体一尾や二尾の時と何が違うのか分からないが、何かが違うらしい。
だが何が違うかは俺には分からない、謎だ。
進化して美的感覚も変わったのだろうか?
もしかしたら進化に応じて精神面での成長度合いに変化があるのかもしれないな。
なんというかこう、幼女の精神から少女の精神に移り変わるみたいな感じで。
まあ、見た目は相変わらずただのロリっ子妖怪なんだけどね。
「よし、こんなもんか?」
「ここ、もうちょっと滑らかな感じに」
「おう、ここか?」
「次はここ、尻尾の毛先はシュッとした感じで鋭くのう」
「おう」
意見を聞きながら丁寧に尻尾を毛づくろいしてやっているが、正直何が変わったのかは分からない。
ただ言われた通りに手櫛で梳くと、満足したように目を細めるので、たぶんこれで正解なのだろう。
色々と注文が多いが、俺としても尻尾のモフモフを堪能できているのでストレスはない。
いや、むしろ少し気持ちいいくらいである。
俺は独身なので分からないが、たぶん娘を持ったお父さんの心境はこんな感じなのではなかろうか。
それからしばらく毛並みを調整して、だいたい本人が満足したところで『コンッ!』という鳴き声と共に人間形態へと戻った。
途中から好奇心が刺激されたミゼットも参加して二人して尻尾をわしゃわしゃしていたので、紅葉的には大助かりだったらしい。
今は完璧な毛並みになった三尾を満足そうにフリフリと動かしている。
「それにしても天獣人って獣の形態にもなれたのね、面白い発見だわ」
「ま、まあこいつは色々特別だからな。天獣人全員がなれる訳じゃないんじゃないかな?」
「あら、そうなの?」
一部ビーストモードっぽい感じになる天獣人もいるかもしれないが、アプリの【生命進化】による解説では、そのような説明はなかった。
別に妖怪である事を隠す必要はどこにもないが、妖怪という概念を伝えるのが面倒なのでとりあえず曖昧に頷く。
放っておいても、そのうちなんかこいつ変じゃないかって気づくだろう、たぶん。
そして三人で門の前に並びガルハート領への入場を待っていると、後ろに並んでいた冒険者らしき人間から声を掛けられた。
「おい、そこのあんたら」
「なんでしょうか?」
声を掛けて来た冒険者は見るからに戦士といった風貌の短髪の兄ちゃんで、歳は20前後くらい。
他に仲間が居ない事からソロで活躍しているのかもしれないが、いったいどんな要件だろうか。
いやまあ、順番待ちは暇なので声を掛けたくなる気持ちは分かるけどね。
「おう、見た所お前達もこの町で開催される、領主様主催の聖騎士祭に挑戦するんだろ? 装備がどうみたって冒険者向きだからな、分かるぜ。もし俺と当たる事になったらよろしくな。俺はロイって言うモンだ、お前は?」
「ケンジといいます、よろしく」
はて、聖騎士祭とはなんだろうか。
向こうは事情を知っているようだが、あいにくこちらはこの時代に転移してきたばかりで何も分からない。
とりあえず返事は返したが、何やら面白そうなイベントなので詳細を聞きたい。
すると俺の代わりにミゼットが食い付いた。
「へぇー、その聖騎士祭ってなんなの?」
「なんだ知らなかったのか? 聖騎士祭っていえばこのガルハート領、いや、この国の名物みたいなもんだと思っていたが……。なんたって、勇者一行選別の儀式みたいなものだからなぁ。賞金もデカいし」
思案気な表情をするソロの冒険者は顎に手をあてる。
だが余所の国から旅してきたであろう俺達を見て、そんな事もあるかと思ったのか、一息ついてその詳細を語り出した。
色々と親切な奴である。




