ガルハート領へ1
何点か経由地を乗り継ぎながらも、飛行船でガルハート領のある国の国境付近までやってきた。
やはり海と比べ、空を使うとかなり移動が早く三日もしないうちにこの長距離を走破できたのは大きい。
家族の事を気にしてない風体を装っているミゼットからも、目的地が近づくたびに焦燥感のようなものを感じられていたし、できるだけ早く到着したかったのだ。
そういう訳で一先ず空の旅を終え、この国境先からは馬か徒歩での移動となる訳だが、俺達には騎獣モードになれる紅葉という仲間がいる。
しかもこの紅葉、なんと飛行船で空からの景色を見てはしゃいでいる間に三尾に進化していたのだ。
これは嬉しい誤算である。
朝起きたらいきなり「儂の尻尾が増えておるー」とかいう謎の申告を受けた時は、お前何言ってるんだと思ったものだが、実際に増えているんだからぐうの音もでない。
きっと上空から世界を見渡すという楽しい経験を積んだことで、進化足りえる何かが発動したのだろう。
ちなみに鑑定結果は以下の通り。
【三尾の妖狐、紅葉】
姿を隠す幻術が得意。
また、二尾の能力である狐火が使え、三尾に進化した事で巨大化が可能になった。
逃げ足が速く、騎獣に変化する事も可能。
まだまだ本人の力は成長途中だが、潜在能力は亜神に匹敵する。
よく食べ、よく寝て、よく遊べばいずれ九尾の大妖怪への道が開けるだろう。
お分かりだろうか。
そう、なんと紅葉は巨大化が可能になったのだ。
ちなみに、獣となっている間の縮尺は妖力に依存するらしいので、どこまでも大きくなるという事はできない。
だが俺とミゼットが二人乗りを行っても苦にならない程度の大きさにはなれるので、本人にも確認してみたところ全く問題無いとの返答が返って来た。
ようするに、これからは巨大化した騎獣モードの紅葉の背に乗って世界各地を駆け回れるという事だ。
なぜこのタイミングで三尾に進化したのかは分からないが、やはり先ほどの推察通り空の旅の影響か、もしくは魔王との決戦や創造神の神殿での修行等といった様々な経験が紅葉の何かを刺激して、ついに進化したのだろうと推測する。
鑑定でも良く食べて、寝て、遊べと言っているしな。
その全てを実行して、さらにクリエーションモード製のマントや武器を持った事で経験値の増加に拍車をかけたに違いない。
なんたってそれらの装備は『創造神の加護』がついている。
普段は地味な効果なので忘れられがちだが、進化の成長速度を考えると確実に影響しているのだろう。
作っておいて良かった。
それからは国境付近で身分証明としてのギルド証や、ミゼットに関しては聖騎士団に所属していた時の身分証を提示して国境を渡った。
聖騎士団の身分証が使える事にも驚いたが、何より国境警備の兵士が異常な程に恐縮していたのが印象的だった。
やはり技術の進んだこの時代でも、聖騎士という職業は超エリートとして迎えられているのだろう。
ただ一つ心配なのが、百年前の聖騎士団員が今この時代で身分証を使って、後々問題にならないかという事だが、こればかりは俺には分からない。
なにせこの百年後の世界に俺は詳しくないからな。
もしかしたら何かトラブルが起きるかもしれないし、そうではないかもしれない。
ただミゼット・ガルハートという人物が隣の大陸で伝説の神の使徒となっている所を鑑みるに、少しトラブルの予感はする。
その伝説の使徒様とやらの名前は以前聞いたシスターの話で名前が伏せられていたので、同一人物だと分かる保証はどこにもないし、そもそも国境を通った全ての人を上層部がチェックしているかどうかも怪しい。
なので結局何の沙汰も無しという事で片付く可能性が高いが、いずれミゼットの身分証はなんらかの手段で更新しなければならないなと思う。
まあ仮に名前がバレたところで、何か悪さをしている訳でもないしな。
どちらにせよ逮捕されるとかそう言う事は有り得ないだろう。
きっと同姓同名さんだと思われて終わりだ。
そしてそこからはミゼットの案内の下、紅葉の背に乗ってガルハート領を一直線に目指した。
やはり三尾になった事で移動速度も格段に上がっており、走行速度だけならレベルで圧倒的な開きを持つ俺のアバターにも匹敵する程だ。
二人を背に乗せてこれなのだから、本来のスピードはさらに上だろう。
元々聖騎士と悪魔がスピードに寄ってない職業なのも影響しているが、一度進化を加えただけでとんでもない成長だ。
ファミレスで俺を襲ってきた妖狐が二尾で良かったと、つくづく思う。
「どうだ紅葉、まだまだ走れそうか?」
「ん~、余裕じゃの?」
「そうか、それならいいんだ」
とはいえ、二人乗りは今までで初めての経験なので一応紅葉が無理をしていないか確認は怠らない。
もし走るのが苦しいなら、時間を掛けて徒歩で現地に向かえば良いだけだしな。
そして野を駆け山を駆け、久しぶりに他者の居ない3人だけの旅が始まったその日の晩。
俺は寝床を用意しようとするミゼットを押しとどめて、彼女を創造神の神殿へと案内する事にした。
こう言っては何だが、俺にこの能力がある限り野宿の心配はしなくていい。
どこからでも神殿への扉は開けるし、扉を開く回数制限もないからな。
「ミゼットには初めて見せるが、これが俺の能力の一つだ。説明は中に入ってから行うけど、まあ俺の神殿、……いや拠点と思っておけばいいかな」
「そう、これがケンジの本来の能力の一つなのね。いいわ、このミゼット様がどんな事でも受け入れてあげるから、どんと来なさい!」
扉に入る前、なぜか臨戦態勢にはいる。
いや、そんなに危険な部屋とかじゃないから聖剣を出現させる用意はしなくていいぞ。
確かにリプレイモードはあるが、基本的に安全な場所だから。
そう思いはするものの、未知の空間に身構えて緊張する気持ちは分からなくもないので、そっとしておくことにした。
紅葉だって最初は敵襲かなにかだと勘違いして、大暴れしていたしな。
人間理解の及ばないものに遭遇すると、変に肩に力が入ってしまうものだ。




