閑話 デウス・エクス・マキナ
かつて魔神となった古代竜が反逆し龍神と争った地、龍山脈付近。
暗く深い海の底にて、とある歪みは思考していた。
歪みはかつての争いによって生まれた大量の龍族と魔王の死骸、その中から溢れでた魔力により自然発生した混沌であり、世界の異物。
ただし世界の異物といえど最初に自我が芽生えた時には肉体がなく、いつのまにか意識を持つようになっていただけに過ぎない、脆弱な思念体であった。
ただ思考する、それだけの存在。
それ故に、永い時の中で考え続ける。
自分は、一体何者なのか。
自分は、なぜ生まれてきたのか。
自分は、何をすればよいのか。
しかしどれ一つとして、理由に答えが出ることはなかった。
だが成果が無かった訳でもない。
飽く事無き思考の中、思念体はこと知力面において他者の追随を許さぬ程に進化していたのだ。
肉体という枷の無い精神体だからこそ成せる、急激な成長スピードである。
仮にこれを現代のスーパーコンピューターと比較した場合、思念体の計算処理速度は世界中のどの装置よりも高度だっただろう。
いや、むしろ勝負にすらならないかもしれない。
それほどまでに研ぎ澄まされ、知力・思考力という面に対し進化を遂げていた。
だが、まだ止まらない。
歪みの成長と進化は加速し、さらなる高みへと研ぎ澄まされていく。
そして知力がある一点まで到達した時、思念体は一つの回答となる力を得ることになった。
その力とは、『生命創造』。
思念体は己に宿る僅かな奇跡を認識する事に成功し、その奇跡を不正に利用して他の生命に干渉する術を得たのである。
とはいえ、奇跡の力は自身の知力を以てしても到底扱い切れるものでは無く、恐らくこの先どれだけ成長と進化を重ねても完全に理解し、把握する事は不可能である事が分かっていた。
故に歪みは考える。
狙った通りに使いこなすことが不可能であるならば、試行回数を重ね己の望んだ結果が出るまで繰り返せばよいのではないかと、そう結論付けた。
思念体の欲していたものは肉体。
それも自身の知力と同じように、他者の追随を許さぬ程に強靭な肉体だ。
なぜ自分がそのようなモノを求めるのかは分からない。
それこそ自分が何者なのか、なぜ生まれて来たのかという答えの無い自問自答に決着がつかなかったのと同じように、ただ漠然と『そう在りたい』という本能があるだけだからだ。
さっそく作業に取り掛かると、やはりと言うべきか不正利用した力の行使は失敗を繰り返した。
時にはすぐに肉体が崩壊する醜い怪物が生まれたり、また時には力の行使そのものが不発に終わる事もあった。
だが限りなくランダムなその試行過程の中で、永遠とも思える膨大な時間を費やし少しずつ成果を上げていく。
完成品と思わしきパーツが一つ生まれれば保管し、また別のパーツに取り掛かる。
何度も何度も同じ事を繰り返し、まるで細胞一つ一つを作り上げていくかのような緻密さで作業を進めていった。
そして気の遠くなるような時間の果て、ついに希望は成就する。
思念体の生み出した肉体は完成し、意識だけだった己に肉体が宿ったのだ。
それもただの肉体ではない、己の思念と同じように成長し、どこまでも強靭になっていく無限の力を秘めた肉体である。
初めのうちは脆弱だろう。
だがこの肉体の優秀な部分は、喰らった者の肉体を吸収し取り入れる事で飛躍的に強さを増していくところなのだ。
長期的に見れば最強となりうる可能性を持っていると言える。
まさにこの世に生れ落ちた歪みが求めていたものが、そこにあった。
だが……、と歪みは考える。
やはり何かが引っかかる。
自分はこの肉体を手にして、そして最強になって何がしたいのだろうかと。
世界に終焉をもたらしたいのか?
それとも他の何かか?
そればかりは幾度考えても分からない事であった。
故に、最終目標として歪みはこう結論付ける。
求めてやまなかったこの肉体を作った意味、いや自分の存在意義そのものを見つける事。
もしくは何者かに問いただし答えを得る事。
それをこの先の目標にしようと考えたのである。
既に回答をくれる者の目途は立っていた。
自身すら使いこなせなかったあの奇跡の力。
あれを完全に操る事ができる存在に出会えばよいのだ。
きっと、己が想像もつかない程に遥か高みにいる存在なのだろうから。
だが、もし仮に答えを齎す存在がこの世界に居ないのであれば、己は本能のままにこの最強の肉体を駆使して世界を終焉に導くだろう。
そうなった時はそうなった時だ。
別にこの世界に未練がある訳でもないし、答えの無い旅は全ての終わりという形で決着がつくだけの話である。
そこまで思考した時にふと、歪みは自身に名前を付けることにした。
本来において奇跡の力を使いこなす存在に対し、己がどのような存在なのかを認識したからだ。
意のままに奇跡を操る者に対し、己がやっていた事などしょせんは機械的に行う試行錯誤の結果にすぎない。
それこそ、この身体は偶然で形成された人形といったところだろう。
だからこそ、歪みはこう名付けた。
────私の名は、機械仕掛けの人形。
────自身の始まりと、終わりの答えを見つける者の名前。
これは、創造神が居ない世界線で壊れた人形の、終焉の物語。
そして、創造神がいる世界線で救われた、終着の物語である。




