百年後の世界へ4
冒険者ギルドで身分証がまだ使える事を確認した俺は、早急に確認しておかなければならない事の一つとして、まずミゼットの故郷への帰還を果たすことにした。
といっても百年経った今では戻ったところでどうにもならないし、基本的にはただ見て帰るだけで終わるだろう。
しかし俺にとってはそうであっても、家族と別れた彼女にとってはそうではない。
普通なら、少しでもその後の事が気になるはずだ。
そういう訳でさっそくガルハート領へ向かうための道のりを考える事にしたのだが、冒険者ギルド併設の酒場で聞いたとある情報により、一も二もなく旅路の移動方針が定まってしまった。
というのも、まず最近では飛行船がこの王都から出ているため、移動速度と安全性を考えたら船で旅をするよりもよほど快適であるらしかったからだ。
大陸間の横断に対し、百年前は2週間かけていた旅路も飛行船でなら三日ほどで辿り着く。
金は船旅よりも掛かるが、それ以外のデメリットというデメリットが存在しない便利な乗り物がこの時代にはあったのだ。
しかも何点か経由地を設けるものの、ガルハート領付近の国境地点まで移動する便も出ているらしい。
もちろんあくまで大陸でも有名で主要な都市間でしか運用されていないのが欠点ではあるが、さすがにここまで来ると、当初予定していた船旅を行うメリットは無くなってしまう。
船旅はじっくり世界を見て回るという意味では重要な役割を持つが、急ぎガルハート領へと向かう俺達からすれば今回のケースはパスせざるを得ない。
現代日本程ではないが、技術が進歩して便利になったものだ。
「未来ではそんなに技術が進歩していたのね。驚きだわ」
「ああ、俺もここまで発展していると驚きを隠せない。もしかしたら、もうちょっと時代が進めばさらに高速飛行可能な飛行機なんかも登場するかもな」
魔法と科学という違いがある以上、日本とこの異世界での飛行船の技術が同じな訳がないので、そうそう同じようなタイミングでブレイクスルーが起きる保証はない。
だが俺がまた『創造の破綻』さえ回避してしまえば、より良い未来となった先の時代でそういう乗り物が登場していてもおかしくはないだろう。
まあ、あくまでも推測に過ぎないけどね。
「ねえねえ、その飛行機っていうのはなに? あの飛行船とかいうのよりさらに凄いの?」
「飛行機っていうのはな……、えーと……」
ミゼットが俺の返事に反応して好奇心旺盛に質問を繰り返してくるが、正直言えば俺も飛行機についてそこまで詳しい訳ではない。
一応一般常識的なレベルで原理は説明できるが、それがこの世界が発展した先にある飛行機と同じものなのかどうかも分からないので、安易に答えられないのだ。
さて、どう説明したものか。
返答に詰まり考え込んでいると、紅葉がぴょんぴょん跳ねながら挙手をした。
「儂、そのひこーき、とかいうの知ってるぞえ? 男の持っているてれび、とかいうのに登場しておった! 物凄く大きな鳥の形をした乗り物じゃったと思う!」
「へぇー、鳥の形ねー。やっぱり羽ばたいたりするのかしら?」
おいおい、そんな簡単な説明で納得するのかよ。
俺の苦悩は一体何だったんだ。
ちなみに、基本的に飛行機は羽ばたいたりはしないぞ。
しかしそれを言うとまた「じゃあどういう乗り物なの」という無限ループに繋がる為、あえて紅葉に同調しておくことにする。
まあ、この世界の文明が本当にそういう形に進歩を遂げるかもしれないし、もしかしたら逆にそうとも限らないかもしれないので、詳細を語る事もないだろう。
発展や成長は世界に生きる人間達の手で試行錯誤し、掴んでいくものだからな。
たぶん。
その後はあーだこーだと二人で議論を交わすのを見届けながら、飛行船の搭乗手続きに入った。
やはり最新の設備で3人分の旅券となるとかなりの金貨が飛んでいったが、幸い俺が国境付近の町で稼いだ金で賄える程であったようだ。
かなりギリギリだったが、何とかなって良かったよ。
だいぶ懐が寂しくなってしまったため、またどこかで金策を講じる必要があるだろう。
ただし精霊達の助けを借りて金銀財宝を回収するのだけはナシで。
あの手を使うと手加減無用で精霊達が張り切ってしまうため、この世界の資源が心配になるからな。
真っ当な手段で稼げるうちは、自然はなるべく荒らさない方がいいだろう。
俺にとって緊急性がある場合は別だけどね。
そして飛行船内部に入ると、やはりこの異世界の飛行船というやつは現代日本とはまた違った機体構造をしているようで、浮力はガスの代わりに職人が加工した風魔石とかいう、空気よりも軽い気体を生み出す装置によって賄われているだろう事が分かった。
分かったというより、どちらかというとただの予想だが。
ただこの予想は恐らく的を射ているだろう。
元々の飛行船の概要を知っている俺だからこそ分かったと言うのもあるが、動力炉みたいな部分に緑色に輝く石がゴロゴロと詰め込まれて行くのを見れば、「あ、これが浮力を生み出しているんだな」というのは容易に想像がつく。
というかこれ以外考えられない。
まあそれが分かったからどうだという訳ではないのだが。
ちなみにこの乗り物は便数が圧倒的に少なく、この時代の最新技術がふんだんに使われているため、貴族でもない民間人が利用するためにはそれなりの冒険者ランクが必要らしい。
俺の場合は高位冒険者であるBランクのギルド証があったためになんとかなったが、これがもしギルド証が使えずに新規登録とかになってたら、いつも通り船の旅を満喫せざるを得なかっただろう。
何事も資格というのはとっておくものだなあと思える一時であった。




