二尾の妖狐1
未だ陰陽師に対するトラウマの抜けきらないビビリ妖怪を見ながら、ふぅ、と一息つく黒子お嬢さん。
「不思議なことに以前よりも尻尾の数が増えているように見受けられますが、……なるほど確かに、その子からは邪悪な気配を感じませんね」
「そうですね。他の姉妹はどうか分かりませんが、そもそもこいつは争いが苦手みたいなんですよ」
以前に悪さをしてたのだって、母親である九尾や姉妹の権力に逆らえなかっただけだしな。
命が掛かっている以上、正直致し方が無いという他ないだろう。
だがそうは言うものの、稼業として妖怪と対立するお嬢さんにそれを強要することはできない。
だからこそ今回の件はあくまでも、「こいつは見逃してやってくれ」というお願いに過ぎないのだ。
それに賛同するかどうかは彼女次第。
もし反対するようであれば、残念ながら喫茶店で一緒に働く事はできないだろう。
その場には紅葉も居る訳だしね。
「斎藤様が何を仰りたくて私を呼んだのか、今理解しました。……私個人としましても、この二尾の事は客観的に見て可愛そうな生い立ちだとは思います。しかし、他の陰陽師が許すとは限りませんよ?」
ごもっともな意見だ。
だがそこは安心して欲しい。
忘れているかもしれないが、紅葉は変化のプロだ。
そこら辺の二流三流の陰陽師がこいつの正体を暴くような事は不可能だろう。
黒子お嬢さんに正直に今回の事を話したのは、ある意味受け入れてくれる事を信じていたから、という期待があったからだ。
その事を彼女に伝えると、少し頬を染めながらも頷いてくれた。
「分かりました。斎藤様がそこまで仰るのであれば、ここは一先ず信用しましょう。……ですが、九尾における全ての眷属がその子のように穏やかな性格ではない、という事を理解していただけますか?」
「勿論です」
というか、俺としても他の姉妹の事は警戒している。
いつ襲われて寝首を掻かれるか分かったものではないしな。
異世界の時のように生き返れる訳でもないから、用心するに越した事はないだろう。
そしてその後、紅葉を交えた三人で九尾や姉妹に関する情報共有を行った後、納得してくれた黒子お嬢さんを喫茶店の営業に迎えることにして、夕方に解散となった。
話し合いの結果は上々で、それぞれの姉妹の特徴や戦闘力が如何ほどのものなのか、という点において黒子お嬢さんは大変参考になったようだ。
ただし九尾の大妖怪についてはあまりにも戦闘力がかけ離れていて対策の取りようがないので、こればかりはどうしようも無かった。
やっぱり本体と対峙するにはまだ力が足りないな。
リプレイモードを駆使して、俺のレベリングを急ぐのが一番の対策となるだろう。
「よかったな紅葉。この世界でもお前を受け入れてくれる人が出て来たぞ。……まだ一人目だが」
「一人目なのかえ?」
「違うのか?」
「儂は二人目じゃと思っていた。だって一人目はおにぎりの男じゃろう?」
きょとんとした顔でそう語る。
おや、そう言われてみればそうか。
そう考えてみるとおっさんも案外捨てたものじゃないな。
まあ妖怪の知識が乏しいから受け入れる事ができた、という面も大きいのだろうけども。
「ま、どっちでもいいか」
「そうかもしれんの~」
とにかく第一歩を踏み出せた、という点が大きいのだ。
これで少しは生きやすくなるだろう。
「よし。今日は紅葉受け入れ記念ってことで、外食にするか」
「ふぁ?」
ふぁ、ではない。
そんな顔で「え、おにぎりは?」みたいな顔されても困る。
今の世にはおにぎり以外にも美味い食事はあるし、俺の財力も潤っている。
是非この機会に現代日本の食文化を堪能してもらおうじゃないか。
その後、未だに今日のご飯はおにぎりじゃないのかえ、とか言っている紅葉を連れ出しファミレスへと向かう事にした。
ここで高級レストランを選ばないあたり俺も庶民だが、あまり格式が高いと周りの空気に俺が緊張してしまうからな。
マナー云々もあるだろうし、ファミレスくらいがちょうど良い。
「どうだ、美味そうだろう」
「む、むむむ……。この、お子様らんち、とやらに未知の可能性を感じる。……いや、しかし」
耳と尻尾を隠した紅葉がファミレスのメニューと格闘しているが、その前に一つだけしか選んじゃいけないとは一言も言っていない。
なんなら気になったものは全部頼んでやってもいいのだが、それだと限りある選択肢から選び取ろうと躍起になっているこいつに水を差す事になるので、あえて黙っている。
そうしてメニューとの格闘の末ようやく決意が固まったのか、店員さんの前でこう宣言した。
「た、たのもー! わ、儂はこの、ちーずいんはんばぁぐ、を選ぶぞえ! どうじゃ、できるか!?」
「はい、畏まりましたお客様。それではメニューをお預かり致しますね」
これ以上無い程の決意表明に対し、にこやかな顔でメニューを回収していく店員さん。
プロだな。
俺が従業員だったら間違いなく笑う。
ちなみに俺はタラコスパゲティを選択した。
そうして10分程経った後、料理が出来るまでワクワクの待機タイムを堪能していた紅葉の下に、ようやくチーズインハンバーグが届けられた。
じゅうじゅうと音を立て香ばしい肉の香りが広がるその様を見て、ごくりと喉を鳴らす。
完全に心ここにあらずといった様子だ。
もう肉の事しか頭にないのだろう。
「こ、これが現代における究極の……」
「いや、究極ではないぞ」
「至高の……」
言い直しても意味同じだからそれ。
まあ、それほどまでに期待が高まっていた、という事なのだろう。
フォークとナイフを不器用ながらに手に持ち、肉を切り分け口に運ぼうとする。
すると……。
────ガシャァアアアアアン!!
「何だ!?」
「のぁぁあああああ!? 儂の、儂のはんばぁぐがぁあああああ!?」
すると突然、背後の窓ガラスが割れて、同時に紅葉の皿が吹き飛んだ。
何を言っているか分からないと思うが、実際に吹き飛んだのだ。
いや、え?
どういうこと!?
「おうおうおう、チビよ。この双葉姉様に隠れて食事とはいい御身分じゃねぇか、ええ? 俺の存在にも気づかずに料理に夢中とは、少し見ない間によほど態度がでかくなったと見える」
割れた窓ガラスの外に、指から青白い焔を浮かべながらこちらを睨む少女の姿が見えた。
もしかして、あれって……。
「あわ、あわわわわ……」
紅葉はわなわなと震え、冷や汗を垂らしながら膝をつく。
この反応、間違いないな。
これが例の姉妹というやつなのだろう。
今は人間に擬態しているから分からないが、双葉と言っているところから察するに、二尾の妖狐なのだろうか。
しかしこうも堂々と襲い掛かって来るとは思わなかった。
紅葉のやつ大丈夫か?
「おうおうおう、ビビちゃってまあ。だけど仕方ねぇよなぁ? こうして双葉姉様に舐めた態度を取ったんだからよぉ。……なぁ?」
「紅葉、大丈夫か?」
直撃はしなかったとはいえ、かなりの威力の炎弾が飛んできたからな。
ダメージを負っていないと良いのだが。
しばらく唖然としていた紅葉は立ち上がり、声を震わせて叫ぶ。
「に、肉がぁーーーー!? 儂の肉がぁあーーーーーー!?」
「「って、そっちかよ!!!」」
俺と双葉の声が重なった。




