閑話 これからの未来のために
斎藤が強制ログアウトにより自室へと送還された後、魔王との決戦により廃墟のようになってしまった王城で二人は立ち尽くしていた。
「行っちまったな」
「ああ」
「これから忙しくなるぞ。なにせ既に一度、亜人達への弾圧で両者間の関係はかなり悪化しちまった。今更和平なんて、納得がいかねぇってやつも出てくるだろう」
「……ああ」
剣聖はどこか遠くを見ている戦友に語り掛ける。
しかし当の本人はそれで動じた風もなく頷く。
アーガスには分かっているのだ。
弱音なんて吐いている暇は無く、このチャンスを作り出してくれた創造神の恩に報いるためには、例えそれがどんなに困難な事であろうと、今度こそ人間の手で成さなければならないのだという事を。
「……でも、結局はやり切っちまうんだろうな。お前の事だからよ。お前がやるといって、やれなかった事は一度もねぇからな」
「当然だ、俺を誰だと思っている。例え創造の神に力を借りずとも、この先の行く末に不可能な事などありはしない。なぜならば……」
────友が俺達ならもう大丈夫だと思ったから、こうして大陸の未来を託されたのだろうからな。
いずれ世界最高の賢者と呼ばれる男、アーガス・ロックハートはそう語り締め括る。
すると会話が終わるのを待っていたかのように、上空から一人の男が舞い降りて来た。
背中にはドラゴンのような翼を生やし、額には二本の角。
一見すると竜人族のようにも見えるその男は、二人の前に立つと力尽き灰となった魔王の残骸に手を触れ、祈るように目を瞑り何事かを呟く。
「……そうですか。あなたは最後に、父の愛に触れる事ができたのですね」
朽ちた魔王の肉体。
その灰に込められた残滓から、何かを読み取っているようだった。
そして男の手に触れられた灰は輝きを放ち、空に吸い込まれるようにして散っていく。
「おい、何者だ? ……その隠しきれない程に研ぎ澄まされた異次元の戦闘力に、空を自由に飛べる翼。お前、竜人族じゃねぇな?」
「……まて剣聖。あの男は恐らく敵ではない。不可解な存在ではあるのは認めるがな」
先程まで気配すら感じなかった存在に対し警戒するも、経験からくる推察で敵ではないと判断した。
そもそも不可解さで言えば、出会った当時のケンジ・ガルハートの方が百倍は謎だった。
今更この程度で動じる事などありはしない。
それから少しの間、しばらく様子を見つつも見守っていると、何かに納得した男は二人に振り向く。
「……先ほどまでの戦い、お見事でした。父の力を借りたとはいえ、我が同胞を救ってくれたあなた方に心からのお礼を」
男は優雅に腰を折り、二人に礼を述べる。
その立ち振る舞い一つとっても隙が無く、あまりに異質。
しかし敵意らしきものを感じないことから、本当にただお礼を述べるためだけの動作である事が分かった。
「それで、お前は一体何者だ? 敵ではない事くらいは俺にも分かるが、だからといって油断できる程の状況でもない」
「何者か、ですか。……父と長らく接していた賢者殿ならもうお気づきなのではありませんか? 私にはあなたがそこまで愚鈍な存在には思えない」
ごくりと、アーガスは喉を鳴らす。
確かにいくつか候補を絞り、想定をすることはできていた。
だが、もしその想定が真実だった場合、目の前に居る存在は──。
「龍の神、という事になるな……」
「ご名答。さすが賢者アーガス、素晴らしい推察力だ」
「……やはりそうなのか。それで、その龍神が俺達に何の用だ? まさかただお礼を述べに来たという訳でもあるまい」
問題はそこだった。
この世界で最強の亜神と目される一柱がそうやすやすと姿を現すなど、それこそ尋常な事ではない。
故に何かしら目的があるはずだが、現状では肝心な部分が不透明なのだ。
「いえ、大した事ではありません。私は今回の件で、父の認めたあなた方に大きな興味を持ちましてね。少しばかりそのお力になれればと思い、こうして参った次第です」
「なに……?」
怪訝な表情を見せるアーガスを余所に、龍神は話を続ける。
「あなた方の手によって大きな問題が解決したとはいえ、如何せんこの大陸は広い。まだまだ細かい魔族の残党や、魔神の直接的な配下である魔王の影響が強い地域もあるのです。……そういった者達に邪魔されて、全てを台無しにしたくはないでしょう? ……だからこうして、私が参ったのですよ。尤も、直接手を下すようなことは無いと思いますが」
そう、ようするに龍神の提案とは、これから未来のために動き出そうとする賢者達に対し、余計な邪魔が入らないようにするための護衛を行うというものだった。
彼の言う通り直接手を下すような事はなくとも、傍に龍神やその眷属の者が目を光らせているだけで、魔神勢力は大きく動きづらくなるだろう。
これからの未来をどう創っていくかは人間の手に委ねられるが、その行く末が安定したものとなるよう、少しの間だけ力を貸してくれるという、そういう約束だったのだ。
「……先程の礼というのはこの事か」
「その通りです。さすがに理解が早い。……それに私としても、父が直接手を下した問題に対し、横やりを入れられるのは気に入らないのでね。恩を受けたなどとは思わず、存分に我が眷属の力を借りるといいでしょう」
「……ふっ、なるほど。では、そうさせてもらうとしよう」
ニヤリと不敵に笑うアーガスに対し、龍神も少しだけ微笑む。
意外に息の合う二人であった。
果たして、この二人の出会いによって百年後の未来はどのように変わっていくのか。
それはこの世界の創造神にすら分からない事であったが、それでもただ一つだけ分かっている事がある。
それはどう転ぶにしても、この時代における最高賢者アーガス・ロックハートの歩んだ物語は、幸せな結末を迎えたという事だ。




