1話
~アルテグラ王国~ 近郊__山頂周辺
大きな岩がそこかしこに転がっており、その隙間を埋めるように丈が踝位の高さの草が生い茂っている。
その大岩の一つに腰を下ろし膝を立てた少年が一人、項垂れるように遠く眼下に広がる自身の故郷である街並みを見つめていた。
彼の名前は『ノア』冒険者志望の少年である。
「畜生っ間に合わなかったか・・・。」
大きく息を吐き、座っている大岩に拳を振り落とす。そんな苦虫を噛み潰した様な表情で俯く少年の背中へ声が掛かる。
「おっ少年こんな所に居たのか探したぞ。急いで帰らんと暗くなる。夜の山道は危険だ。」
背後の森林から現れたのは半円形の鉄の兜に鉄の鎧を着込んだ齢は知命に達するも尚、現役を続けている『戦士』の姿があった。
空を見上げれば日は傾き橙色に染まり始めていた。
そんな戦士の姿を捉え控え目に「すみません。」と頭を下げ、老練の髭をたくわえた戦士と共に残りの仲間と合流し、王国への帰路を辿って行くのだった・・・。
~アルテグラ王国~ 王立学院__周辺
晩春に吹く春疾風が吹き始める頃、遡上する魚の様に王都にある学院に二年振りに卒業生達が集う。
アルテグラ王国では王立学院に七歳に達する年の乾月に入学し、十五歳で迎えた花月に卒業する。
卒業式で『魂光』を授かると、卒業後二年間は冒険者見習いとして上級冒険者に加わるか、闘技場で比較的弱い魔物と戦い仕事に必要な技能を修得することになる。
また、この国では卒業生を上級冒険者に面倒をみて貰い易くする為に国からの補助が用意され、卒業後路頭に迷わない様な仕組みまである。
そうして、二年後の卒業式に後輩達に訓示を述べるのが恒例となっており、その後就職するのが一般的だ。勿論一部には冒険者として就職しない者達もいるにはいるのだが・・・まぁ極少数だ。
三年目以降も冒険者を続ける者は、六年目を迎えるまで新人と呼ばれ幾つかの活動に制限が掛かる為、上級者一行に入る事を希望する者も多いが、やはり中々難しいのが実情である。
二年振りの再会に、教室は潮騒の様なざわめきに溢れかえっていた。
「よっ!ノア、元気だったか?お前は冒険者志望だった・・・よな?」
ダークブラウンの髪を短く切り整えた、如何にも布の服という格好をしたオルトレが横に立っていた。
「あぁ、式が終わるまでは校内で仲間を探して、無理ならギルドに行って仲間を見繕うつもりだ。」
「実はおれもパーティーを組む仲間を探してるんだ。一緒に組まないか?」
二年ぶりの会話をしている内にふと思い出す・・・ん?確かオルトレは大工の跡継ぎじゃなかったっけ?
「お前家業があるだろ?跡継ぎ居なくなったら困らないのか?」
何となく面倒臭そうに表情を曇らせる。
「お前よく覚えてたな・・・ま、だけどいいんだよ。」
そういえばオルトレの親父は筋肉達磨みたいな体躯だったが、オルトレは痩せ形だ。細筋肉質でもない、オルトレに大工が務まる様には確かに見えない・・・。
「なるほど・・・親と喧嘩別れしたのか・・・。」
オルトレを見ながら、茶化す様な事を言い出すと・・・
「そうそう、冒険者なんて目指す親不孝者は・・・ってそんな訳あるかぁ~!」
そんなやり取りの後オレとオルトレは神妙な面持ちで仲間探し一番の懸案事項を確認する。
「・・・処でお前はLv20達成出来たか?」
「ん、と言うことはお前もか・・・やっぱり中々難しいな、誰か早めに見つけないとなぁ。」
二人同時に溜息を吐き、項垂れる。・・・それは・・・
[外界での冒険条項]
・如何なる場合であってもLv20以上の者を一人帯同させる事。
(単独であれば必須Lv20となる。)
・・・と言う法律の存在だ。
そんな法律の所為で、町の外へ出る為にはLv20以上の者を仲間に加えなければならず、その為にギルドでLv20以上の冒険者を雇ったりしようものなら・・・
Lv20以上の冒険者に監督責任が発生することもあり、活動方針の決定権を取られる。
その為、引退間際の冒険者を雇えば、必要以上に難易度の低い場所にしか行けず何時までもLvを上げられなかったり。
悪意を持ったLv20以上と組むと、見つけた道具やお宝諸々を全て持って行かれたなんて話も良く聴く。
また、上級冒険者が挑む高難易度の依頼を達成する為の消耗品として扱われ命を落とす等、悲惨な話まで聴かれる事もあるのだ。
勿論、本来の目的は国民の安全を守る立派な決まり事なので決して全てが悪い訳では無いし、ギルドの方でも悪質な冒険者は取り締まっているが、流石に全てに目が届く訳もなく・・・。
まぁ、何処にでも悪い奴はいるし、低Lvの冒険者を鴨にする連中も中々居なくならないのが現状だ。
「・・・でどうだ?一緒に?」
「おぅ、しょうがない組んでやるよ!」
「何で上から目線なんだよ。」
と、屈託の無い笑いが零れ辺りに響く、内心人付き合いの苦手なオレが早くも一人パーティーメンバーを見付けられた事に胸を撫で下ろしていたのは内緒だ。
・・・しかし、こんなやり取りが教室の彼方此方で行われている訳では無い・・・何故?それは、むしろ冒険者志望は少数派だからだ・・・
卒業生は、七種類の『魂光』の中から仕事に生かせそうな|魔法・スキル・アビリティ《能力》が得られる魂光を選び、二年間の見習いの間に修得し、働き口を見つける事が一般的なのだ。
平和な御時世わざわざ命の危険のある冒険者を希望するのは、戦闘狂や痛みを恐れぬドM・・・まぁ、変わり者が多い。
様々な声が響く中、突然の驚愕が木霊する。
声の方に視線を向けると、丁度二人の男が入室した所だった・・・
「あの二人誰だ?」オルトレに視線を向けるも、掌を上に向け解らないと顔を横に振っている。
教室の後ろの方で注目を浴びる二人は、出入口の扉を明らかに越える長身の双子の男達だ。
この組で双子と言えばジャリとシナリの大兵肥満の大食い兄弟だけしかいない。
教室に入るのも苦労する程の脂肪を身に纏った巨漢で明らかにあの二人とは違う。
目の前に居る二人は長身痩躯、枯れ枝の様な今にも折れそうな程に痩せていて、タカアシガニのモノマネでもすれば同級生を爆笑させること請け合いだ。
そんな二人の周りに人だかりが出来て質問攻めに遭っている。そして、驚愕の声と共に話を聴いた連中が、鳩が豆鉄砲を食らったかの様な顔になっていく。
彼らの側を颯爽とシルバーグレーのバレイヤージュに染まったミディアムヘアーを靡かせた、生徒会長をしていたクラスメイトが入室して来て二人に声を掛ける。
「やぁ!元気だったかい?ジャリにシナリ。体重増加もなく減量に成功した様で何よりだね!」
「あ~チェント~久しぶり~!お掛けで~こ~んなに、健康な~体躯に~生まれ変われたよ~!君には~感謝~仕切れないよ~ありがとう~。」
(いやいや逆に肋骨浮く程痩せてしまっては、決して成功ではないだろ!この天然貴族が!)っとその場に居た全員が心の中でツッコミを入れている。
一方、教室の前方では、クラスの元委員長のボンドの首から足首まで覆い尽くす様に巻いた外套姿に、周りの者達が何故外套を外さないのか?と今にも剥ぎ取らんとする勢いで詰め寄っている。
そんな格好を教室でしていれば、幾らなんでもイジッてくれと言っている様なものだろうに、一体何故そんな格好を選んだのか?
「や、止めるんだ!き、君たちこれは見習いをしていた時にうっかり呪われた防具を身に付けてしまい、その効力を打ち消す為に身に付けているんだぞ。君たちに危険が及んでは大変だ。」
何やら必死で抵抗しているが、どうみても手遅れだ・・・数秒後には着ぐるみ剥がされていることだろう・・・。
次の瞬間、嘲笑や悲鳴の入り雑じった絶叫が窓際を飛び交う。
その中心に居たのは”ボンド”だった。
しかし、その姿を見た瞬間の学友やオレ達はメデューサと目を合わせたかの様に石化した・・・勿論これは比喩的な意味合いで・・・だが。
七三分けに整えた髪に、外套を纏っていた筋肉質のボンドが、外套を剥ぎ取られ[スリングショット]を身に付けたあられも無い姿を晒していた。
どうやらこの二年の間に、融通の利かない堅物と云われた組委員長は変貌を遂げた様だ。
「ち、違う誤解だ、話を聞いてくれ~。」
必死の形相で叫ぶボンドから距離を取り、遠くを見る様な冷たい視線を向ける元クラスメイト達・・・今、ボンドはスクールカーストの最下層に転がり落ちたに違いない。
そんな中、チェントが小さく息を吐きやれやれとでも言うようにボンドの前に行き、皆の方を向き語る。
「今日の主役は可愛い後輩達だと解ってるかい。何時までも学友をからかってたら、後輩達に笑われてしまうよ!」
シルバーグレーの髪を掻き上げながら元生徒会長が白い歯を輝かせ学友達に微笑む。
まだまだ騒がしい教室内の前方に、ボンドを救う緊急会議場が机を寄せて作られ、15人程が何とかしてやろうと集まった。
ボンドから話を聴くと中々悲惨な経験をしていた様だ・・・[勇者]の『魂光』を選んだ筈なのに、何故か[遊び人]の『魂光』を取り込んでいた事。
見習いで世話なった冒険者一団内で戦闘に加勢したら『アビリティ』が発動し、邪魔しか出来なかったと涙し。
ならばと、荷物持ちとして頑張ろうと棒に荷物を担いでいたら魂光の加護が遊び人から踊り子に変化していたと言う。
まぁ、ポールダンスに使うポールも棒に見えなくも無いが、この世界の神々に何かしでかしたのか?と考えていたら・・・他所から「神殿の柱に小便でもしたんじゃないか」と聴こえて来る。
駄目押しは宝箱から出てきた[スリングショット]を、酔った冒険者仲間の一人に着せられたら呪いのアイテムだった為、脱げなくなる始末・・・。
「取り敢えず誰か解呪や呪解使える者が居たら試してくれないか?」
チェントが声を掛けるが、流石に女子は応じてはくれないだろう。この手の魔法を使うには直接呪われた服に手を翳す必要があるからだ。
年頃の女の子に薄布一枚に覆われただけの|男性のシンボルに直接手を翳して魔法を使えなど、セクハラ以外の何物でもない。
それに気付かず男女問わず声を掛けているチェントがどうかしているのだ。
結局、誰も解呪等を使えない事が判り、どうにか破壊方法は無いか試してみることになった・・・。
(まぁ、使いたく無かっただけかもしれないが・・・。)
「まずは、刃物で切り裂けるのか?ってトコかな・・・。」
そう言いながらチェントが懐からナイフを取り出す・・・その刃から柄の部分にかけて色彩豊かで繊細な細工が施されていて、それを見れば誰でもソレが高額な業物だと判る。
ボンドの[スリングショット]を刃で持ち上げる様に生地の内側から刃を当て、切り裂こうと力を込めた瞬間・・・。
金属同士が弾ける様な耳を劈く反響音と共にナイフの刃は見事に砕け散った・・・。
「「えっ、えーーーーーーー!?」」その光景を目の当たりにした者達が思わず叫ぶ。
「えっ、ど、どう言う事!?意味解んないんだけど・・・。」
「どんな防御力だよ!!何で出来てんだスリングショット?」
「おいおい、あのナイフは模造刀だったのか?」
「な、なんなのよアレ怖すぎるんですケドッ」
辺りに様々な声が乱れ飛び、集団パニックを引き起こしている。
「う~ん参ったね・・・これでもかなりの対魔特性を持つ業物だったんだけど、切断は難しそうだねぇ~。」
腕を組み、一方の指先で頬を少し掻きながら困った様な微笑みでチェントも立ち尽くしている。
そんな中同級生達を風が切り裂く様にワインレッドの髪をはためかせ颯爽と一人の少女がボンドに近付く。元副委員長のオルディナだ。
「ちょっと其処に立って貰えるかしら。」
「ん、何だいオルディナ、何か良い案を思い付いたのかい?」
「ま、そんな所よ。そもそもあなた達は何も解ってないわ。ちょっと皆さん離れていて下さい。」
そう言うと机や椅子と一緒に人も遠ざけて、ボンドの胸の中心に向けて無表情で少女が手をかざす。
「超高熱の火球」
辺りに目映い光がほとばしり、燃え上がるような轟音と共に直径二メートル程の太陽の様な火球が現れる。
そして次の瞬間、放たれたその小さな太陽はボンドに直撃する。
火球の勢いに吹き飛ばされ、そのまま黒板にボンドが激突する。
「「はぁ!?」」その場に居る全員が驚きの声を漏らす。
「な、なにしてんの・・・お前!」
一番近くで見ていた男子が目を大きく見開き叫ぶ。それに答える様にボンドの方に顔を向け、見てみろとばかりに顎で指し示す。
そこには毛先こそ少し焼け焦げているものの、あれ程の炎に全裸に近い姿で包まれたにも拘わらず、無傷のボンドが尻餅を着いた格好で壁にもたれ掛かっている。
「思った通りですわ。さっきナイフが砕けた時ひょっとしたらと思いましたの。・・・その服を今ここにどうにか出来る人なんて居ませんわ。どうしても脱ぎたいと言うのでしたら冒険者を続けて方法を探すしかないと思いますわ。伝説の防具級の性能もあるんだしそのままでも良いんじゃないかしら?」
そう言い僅かに微笑を溢し呆然とする連中を背に他の卒業生の元へと行ってしまった。
(こ、怖、ヤバ過ぎるだろオルディナ!何考えてるんだ一体、室内であんな火力の魔法を使うか!?)
オレとオルトレは驚きの表情のままお互いに見合わせていると、周りからも様々な声が漏れ聴こえて来る。
「ふふふ、流石オルディナだわ。頼もしい。」
「相変わらずだな。恐嬢ドSのオルディナ健在だな。あの顔見たか?蔑む様に笑ってたぞ。」
「あぁ、見た見た口の端なんか吊り上がってた。恐ろしい・・・人の皮を被った悪魔かなんかじゃないのか?教室吹き飛んだらどうするつもりなんだアイツは。」
「すっげ~なおい、オレもあんなの使いたいな~後でどうやって覚えたのか教えて貰いに行くか。」
茫然自失で座り込んでいるボンドにチェントが歩みより・・・。
「大丈夫かい?どうやら今の俺達では君の力になってあげられそうにない。残念だがここはオルディナの言う通り冒険者を続けて解決法を探すしかなさそうだ・・・力になれず申し訳ない。だけど俺は此からも冒険者を続けるつもりだ、何か君の力になれそうな事が解ったらその時は必ず連絡するよ。」
そう言って頭を下げるチェントに、ボンドの方も手を取って頭を下げて感謝を口にする。
そして、機会を見越したように元担任が現れ全員が席に着く。
「よ~し。皆揃ってるな、それじゃあ会場へ移動するぞ~。」
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