表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

頼まれて、誘われて

作者: 沢山書世

実生活で使用することはお勧めできません。内容を真に受けずに、笑って読んでいただければありがたいです。



 みなさん、日々の生活を楽しめていますか? 人間関係、上手くいっていますか? まわりの人たちと仲良くできていますか? 実を言うと人付き合いが苦手で困っている・・・という方、いらっしゃるんじゃあありませんか? 苦手なことって、出来ることなら克服してしまいたいですよね。苦手とまではいかなくとも、これまではその場しのぎでなんとか乗り切ってきたという方、いらっしゃいますね。神経がへとへとになっていませんか? もっとはつらつと、元気いっぱいで暮らしてみたいものですよね。 

 対人関係で困惑している時に、あーあ、他人との関わりはなんて煩わしいものなんだろう、いっそのこと一人になりたいものだなあ、そう思ってしまったこと、ありませんか? しかし、人間として生まれて来た以上、人付き合いから逃れて生活することは残念ながら出来ません。遊びにいこう、ちょっと会おうよ、これ買って欲しい、ぜひ参加してくれ、協力してくれよ、一緒にやろうよ、いろいろな誘いが次々と舞い込んできます。中にはいかがわしいものも混ざってきますね。こいつを利用してやれ、騙してやれ、という悪意を持っている者からの誘いです。こんな誘いは、一も二もなく断りましょう。

 対応に困ってしまうのは、むしろ好意を持ってくれている人からの誘いでしょう。気に入られているから自分に声をかけてくれた、嫌われていないから自分を呼んでくれた、そんな誘いは本来なら喜ばしいもののはずです。出席メンバーも内容も申し分なし、是非自分も行きたいというのであればもちろん一も二もなくオッケーの返事をすればよいわけですが、中には気が進まない誘い、絶対に断りたい誘い、こういった類のものも入ってきます。悩ましいことですね。

 人間は社会的動物である、とどこかで習った記憶はありませんか? 好む好まざるに関わらず、人は集団の中でしか生存することができないということを教えてくれています。

 本当は人嫌いなんだ、一匹狼で行くぞ、などとおっしゃっているあなた、野生で生きていくのはとても大変なことなのですよ。牙やパワーなどの武器を身にまとっている野生動物でさえも、群を作って暮らすものがあるくらいです。ましてやあなたは人間、集団を形成し、大勢で助け合わなければ生きていけないという性を背負った人間なのです。人付き合いからはこれからも逃れることなど出来はしないのだと、人として与えられた宿命を受け入れてください。

 来る誘いはすべて引き受けてきた、一度たりとも断ったことがない、今までそれでずっとやってきた、それで平気だった。誘いに乗ってやっぱり正解だった、そう思っているあなたは幸せ者です。

 あの誘いは断ればよかったなあ、辞めとけばよかったなあ、とくよくよしたことが一度や二度ではないというあなた、今からでも遅くはありません、今後の為にも学習しておいたほうがよいでしょう。さあ、断り方のお勉強を始めましょうか。

 何処へ行っても嫌われてしまう人のことを思い浮かべてみてください。彼ら彼女らはあなたが歩んできた道とは全く違った人生を送ってきています。身勝手な行動をしているので、周りからは相手にされておりません。なんと寂しい人生なんだと映るかもしれませんが、それは単なる一面にすぎません。誘われるということがないぶん、葛藤や憂鬱とは無縁の人生を送れているという面も持っているのです。羨ましいと思いませんか? もうお解りですね。ここにあなたが必要としているものがあるのです。これを利用しない手はありません。さあ、嫌われ者の顔が何人か浮かんできましたね? これで一歩前進できました。それらの人たちがあなたに教えてくれるのです。先生になってくれるのです。

 嘘をつく、挨拶をしない、約束を守らない、裏切る、人を陥れる。こんなことをしていたら、四方八方から毛嫌いされますよね。軽蔑の目で見られ、誘われないどころか声すらかけてもらえなくなってしまうでしょう。あなたはそれに耐えて暮らすのです。慣れとはありがたいもの、いつしか彼らと同じ領域で平気で生活している自分がいることに気が付くでしょう。ぜひとも嫌な奴らから学び取っていただきたい。彼らを見習って行動すれば、誘われないで済む生活を送れるようになるのです。さあ、そこを目指しましょう。

 はい、なんでしょう? え? 嫌われるのは嫌だ? 他の方法を教えろですって? でも、これが一番簡単で確実な方法なんですけどねえ。なに? どうしても嫌われたくないですと? そうですかあ、贅沢な・・・まあ、別の方法、なくはないですよ。ちょっと頭を使いますけどよろしいですか? 解りました、お教えしましょう。断り方教室ということで、授業を再開するとしましょうかね。では改めて。

 断り方、これをひとつ間違えると、後々居心地の悪い思いをしかねない、そういった心配があります。あなたはそれが怖いのですね。そうならないためには、上手に断ることがとても重要になってきます。いいですか? このさじ加減であなたの人生が左右されていきますからね。

 人はみな、なんらかの集団に所属しています。普段は意識していなくとも、複数の集団に関わって暮らしています。所属先がゼロだとかひとつだけだなどということはないのです。

 まずは家族、親族ですね。結婚すれば両家のそれに所属するということになります。学校では、クラスや班、部活動、生徒会。職場では、部、課、係。そして町内会、趣味の会、スポーツクラブ、行きつけの飲み屋の飲み仲間、などなど。これらの所属先から誘いの言葉が掛けられてきます。

 知り合いはほんの数人いれば自分には充分だ、会いたいときにはこちらから連絡するから、先方からは声を掛けて欲しくはない、そう願っているあなたに対してでも、誘いの声は容赦なく降り注いできます。そっとしておいてくれればいいものを、なんで自分を選んだのだろう。他の人でも良かったのでは? ああ煩わしい、ああ面倒くさい。実に悩ましいことですね。

 商店街を歩いているときに、いらっしゃいませと声を掛けられるたんびに店に入っていたら大変ですね。このケースでは、先方がダメ元で誘っていることが解っていますので、聞き流すか、機会があったら一度寄らせてもらいますよ、くらいの返し言葉でスルーしていることがほとんどでしょう。

 訪問セールスは、ちょっとでも食いつきそうだと思われてしまうと本気モードで押してきますので、門前払いが鉄則。話を聞かず、あいにくうちは間に合っていますから、の一言で断ることで防衛できますね。

 一番困るのが、先ほども申し上げた、知り合いからの誘いです。これは断りにくいものですね。断ったときの相手のがっかりした顔が浮かんできませんか? あなたはあなたで、期待に添うことが出来なくて申し訳ないと思ってしまうでしょう。誘った側誘われた側の双方が気まずい思いをしてしまいかねませんから、頭の痛い問題です。

 さらに心配は続きます。断ったことによってその場の空気がおかしなものになるだけでも嫌なのに、それだけでは済まされない事態へと陥ってしまう可能性もあるのです。あんなに仲の良かった相手なのに、その後の関係がぎくしゃくしたものになってしまうとしたら、これはたまりませんね。もう二度と誘ってもらえなくなったらどうしましょう。あからさまに敵対心を持たれて攻撃されるのも嫌です。先方が事あるごとに自分の邪魔をしてくるようになったとしたら、たまったものではありません。ちょっと事例を挙げてみましょう。

 あの人から誘われると、なんか断りにくいんだよなあ、そういう相手って居ますよね。断ったことによって、後々自分が損害を被りかねない人たちです。

 たとえば上司。人事による仕返しが怖いですね。

 たとえば自分の彼女、彼氏。だったらもう終わりにしましょう、と、別れ話に進展する可能性がゼロではありませんね。

 たとえば親友。絶交される心配があります。一生の友達でいようと誓い合った仲だとしても、それが一瞬でパーになったら落ち込みますね。

 たとえば過去に助けてもらった人、借りのある人。まだ借りを返していないのであれば、反感を買うことになりかねません。

 たとえば恩師、恩人。がっかりされるでしょう。恩師のそんな表情は見たくはありませんね。

 たとえば好みのタイプの美男または美女。仲良くしてもらえなくなってしまうのは、実にもったいないはなしです。

 たとえば後輩だってそうです。尊敬されているか、されていないかはさておいて、付き合いが悪い人だなあなどと決めつけられるのは嫌じゃありませんか?

 たとえば先輩。がっかりされるでしょうねえ。かわいがってやっていたのになあ、とため息をつかれてしまうというのはいかがなものでしょう。

 好きな人。嫌われるかもしれません。

 怖そうな人。殴られるかもしれません。

 エトセトラ、エトセトラ。

 すみません。憂鬱にさせてしまいましたね。ご心配なく、すぐにそんなものがすっ飛んでしまう、正解をお教えいたしましょう。いまここに並べた人たちとは逆で、誘われても断りやすい相手が存在します。たとえば大嫌いな人です。あいつからならどう思われようが構いやしないや、と、へいちゃらで断れるはずです。もうお解りですね。正解は、誘いを断る前に、相手のことを嫌いになってしまうことなのです。さてどうやって嫌いになるか、それをお教えしましょう。

 相手をよく観察してみてください。誰にでも、自分より優れている点が一つや二つはあるものです。容姿、収入、人柄、勉強、スポーツ、などなど、相手と自分をひとつひとつ比較していきます。自分が負けている部分が見つかったら、そこに対して嫉妬心を燃やすのです。すると、あら不思議、いままであんなにいい人だと思っていたはずなのに、いけ好かない奴に思えてきませんか? そうなったらしめたものです。あんな奴からはどう思われても構いやしないや、と、誘いをあっさり断れるはずです。相手の事よりも、自分のことを優先的に考えられるようになるのです。こっちが嫌ってしまえば、相手から嫌われても一向に構いやしないのです。おめでとうございます、これではっきりと誘いを断れる人間へとあなたは生まれ変われるのです。


「ちょっと待ってください。嫌われたくないから相談しているってさっきも言ったでしょ、付き合いは良好な状態のままにして、気の進まない誘いだけを断りたいんです」

 しつれいしました。また手っ取り早い方法になってしまいましたね。

「真剣に聞いているんですからお願いします」

 わかりました。今度こそ大丈夫、どうぞ私の話に耳を傾けてください。上手な断り方を伝授いたしましょう。

 他に言い方があるだろう、という言葉を、耳にしたことや自分自身で感じたことの一度や二度はありますね。断り言葉は使い方を間違えると受け手を傷つけてしまいかねない凶器にもなりかねないものなのです。上手にノーと伝えることがなによりも大切だということです。それが出来るようになれば、たとえ誘いを断ったとしても大丈夫。相手をがっかりさせてしまいはするかもしれませんが、憎み恨まれるような、悪化した関係になるまでには至らないのです。要は断り方、伝え方なのです。

 どうやって断るのが得策なのか、知りたいですか? そうですよね、ではお教えいたしましょう。個々の事例を出して説明していきます。


 結婚式の司会を頼まれたけれども断りたいという、友人からの相談がありました。

「あなたは話が上手だから、お願い! 引き受けて! 他に適任者が見当たらないのよ、あなたに断られたら私達途方に暮れてしまう。そう言われちゃって・・・」

「なるほどね」

「言われたこっちのほうだって困るわよ。私は確かにお喋りは好きよ。だけど、それと話がうまいのとは違うでしょ。結婚式の司会だなんて荷が重いわ」

「じゃあ、断ったの?」

「プロにお願いした方が良いんじゃないかって、提案してみたのよ。でも、プロに依頼するのは嫌なんですって。手作り感を出したいから、知り合いにやってもらいたいっていうのよ」

「なるほどねえ」

「だったら新郎側の友人に頼んでみたらって聞いてみたんだけど、式の主導権をあっちには渡したくない、こっちで持っていたいって言われて」

「あらあら」

「出した代替え案をことごとく却下されたものだから、やむなく引き受ける形になってしまって・・・」

「じゃあ腹をくくるしかないわね」

「そんなあ。大舞台でしゃべるんだと思うと、不安で不安でしょうがないわ。これから当日までの一か月、私の神経が持つかどうか・・・本番を前にして寝込んでしまうんじゃないかしら」

 困った挙句に私に相談して来たというわけなんです。

「だったら欠席しちゃいなさいよ」

 これが私からのアドバイスでした。

「それはちょっと・・・ただの出席者じゃあないのよ。司会者なのよ。よほどでないと欠席だなんて言えないわ」

「よほどの理由があれば、欠席できるんでしょ」

「それがあれば苦労はしないわよ」

「じゃあ作るのよ」

「どういうこと? わたしに嘘をつけとでもいうの?」

「嘘は勧められないわね」

「でしょ」

「よほどの事情を自分でこさえてしまうのよ」

「たとえば?」

「あなたも誰かと結婚しちゃいなさいよ。わたしの兄が丁度独身だから、あなたにあげるわ。式を同じ日にぶつけてしまえば堂々と欠席できるでしょ。結婚することになったので司会は出来なくなりました、残念ですが欠席させていただきます、とね。それでも来いという人はいないと思うわ」

「たしかにそうね。名案だわ、そうするわ。いやあ、持つべきものは親切な友人だわ。どうもありがとう」

 彼女は見事に依頼を断ることが出来ました。嘘をついてその場をしのごうという方法は、良心が痛みますし、ばれる恐れに怯えるのも辛いですね。正直は嘘に優ります。真正面から問題を打開してくれるパワーを持っているのです。


 スキーに誘われたけど行きたくないという友人からの相談がありました。

「スキー行こうって誘われてさあ」

「スキー、いいじゃない」

「寒いのが苦手でね。基本サーファーだからって言って、断ったんだけどさ」

「うん」

「だったらスノボーやろう。乗り方は一緒じゃん、ときたわけよ」

「めげない相手なんだあ」

「そうなんだよ。寒いところが嫌だって言っているのにさあ。寒いのは一瞬だけ、身体を動かしていれば暖かくなるよ。裸になりたくなるくらいだぜってね。とにかく強引なんだよね。あー、行きたくないよー」

「だったらサーファーに徹すればいいじゃない。冬場もサーフィンに行くからスキーもスノボーも行かないと言ってあげなさいよ」

「言うだけだったらできそうだけど・・・」

「それじゃあ嘘になっちゃうわね」

「嘘はまずいと思う」

「本当に行ってしまえば嘘にはならないわ」

「冬の海に? 俺が入るの?」

「だってスキーに行きたくないんでしょ?」

「そうだけどさ。雪山と、冬の海、どっちも寒いのには変わりないよなあ」

「凍っていない分、海の方が暖かいんじゃないかしら。サーファーでよかったじゃない」

「言葉でごまかそうったってそうはいかないぞ。比較したところでどっちも寒いのには違いないだろ」

「気付いちゃったか」

「頭いいからな。さあ、上手に断る方法を教えてくれ」

「行くって返事をしてしまいなさい」

「行きたくないからを相談しているんだろ」

「断われないんでしょ」

「うん。熱心に誘ってくれているからなあ。無下には断れないんだなあ」

「行きたくないけど断れないんでしょ」

「うん」

「どっちも譲りたくないんでしょ」

「そうなんだよね。出来るかなあ」

「行くと返事をして、当日すっぽかすのよ」

「へ?」

「断わらなくて済むし、行かずに済むでしょ」

「グッドアイデアだけど、その後俺はどうなるんだい?」

「いずれ、悩み事から解き放たれることになるわ。おめでとう」

 どーしても断れない、けれどもどーしても行きたくない、そんなケースを乗り切るには、行きますと言っておいて、すっぽかしてしまう、これが一番です。二度三度目まではものすごく怒られることになりますが、そこは耐えてください。将来の安心、未来安泰が待っているのです。もう誘われる心配がなくなります。金輪際その人からは誘いを受けるような目に合わなくて済むのです。あー清々した、と彼も感謝をすることになるでしょう。


 飲み会に誘われるんだけど、行きたくないケース

「職場の飲み会、楽しいことは楽しいんですけどねえ、でも、基本的には重荷なんです、行きたくないんですよね。酔って絡まれるのは嫌だし、服が煙草臭くなる、お金もかかります。それと時間ですね、三十分では終わりませんからねえ。二次会三次会と誘われるままに付き合っていると、帰るのが夜中になってしまうこともしばしばでしょ。翌日もいつも通りに出勤するとなると、当然寝不足になってしまいます。仕事が終わったらまっすぐ家に帰って、風呂に入ってご飯を食べたら、布団にくるまって漫画を見て過ごす。そうしている方が幸せなのになあ。ああ、もちろんコミュニケーションが大切だということは知っています。長時間一緒に居れば仲良くなれるのは解るんですけど、行きたくないときもあるんですよね。断り方を教えてください」

 飲み会の誘いは頻繁にありますね。仕事終わりだけでなく、行こうと思えば休日だって行けるのですから、三百六十五日誘われる可能性があるのです。これをすべて断る方法はただ一つ。遠方に住まいを移してしまうことです。通勤に八時間かかる人を飲みに誘ったりはしないでしょう。強者は、うちに泊まって行けとか、会社で寝ちゃえとか言うかもしれませんが、そんなときは、自分の家の近所で飲もうと逆提案してください。時計とにらめっこしてから、他の人を誘うよう切り替えてくれることでしょう。

 彼は私からのアドバイスを実践して、みごとに飲み会から解放されたのですが、これには余談があります。誘う側にも悩みはあるということがわかったのです。

 たまたま彼の職場の同僚を私も知っていたので、探りを入れてみた時に聞いた話です。

「本当は彼を誘いたくはないんですよね。わるい酒でしてね、絡み酒っていうんですか。飲み始めてものの五分で酔えるというのはすごいといつも感心していました。二件目に誘うのも彼からなんですよ。しまいにはテーブルの上に吐くわ、裸踊りを踊っていたかと思うとそのまま交番に飛び込んでいくわで、いつもみんなてんてこ舞いさせられているんですよ。絡まれる、事件が起こる、ひやひやさせられることばかりで、ちっとも楽しめないんです。謝ってきたことが一度もないので、本人は覚えていないんでしょうね。誘わなくても済む方法が解ったら教えて欲しいものですが、なにせ同じ職場ですからねえ、コミュニケーションは必要ですからねえ」

 被害妄想もいいところ、被害者はむしろみんなの方でした。


 誘われたくないケース

 自分の酒癖が悪いことを本人がよく解っている場合もありますね。自身困っているようなんです。

「酒癖が悪いからなあ、他人から誘われても困るんですよね。実を言うと、私、笑い上戸の気がありましてね。楽しい酒はいいじゃないの、大歓迎だよとか言ってもらうんだけど、私の場合は毛色が違いましてね。他人を指さして笑い続けるんだそうです。自分では何を笑っているのか、理由は覚えていないんですけど、相手からしてみれば笑われているとしか感じないでしょうからねえ。いい気分はしませんよね。それから絡み酒の気も持っていましてね。一緒に行った知り合いには絡まないらしいんですけど、なぜか別のテーブルにいるよそのひとに、先方の都合はおかまいなしに悪態をつき続けちゃうらしいんです。そんなだから、揉め事の起る確率がなんと百パーセント、必ず店から叩き出されてしまうんです。自慢じゃないですけど、同じ店に二度行ったためしがないんです。行けるわけないですよね、ははは、ひどいでしょ。そんな姿を見せたくはないし、見られたくもないんですよね。三合までなら大丈夫なのは実験して解っていましてね、四合目を口にしたらもうだめ、発症しちゃうんです。人が変わってしまう。だったら三合でやめろと言われましてもねえ、おいしいんですものねえ。酒席の上手な断り方、教えてください」

 誘われて本当に困っているんだか怪しいものですね。

 では、酒癖の悪い人はどうすればよいのか。このまま野放しにしておくのは世の中のためにも本人のためにもなりません。そんな方への救いの道がありますのでご紹介しておきましょう。

 酒癖の悪い人はその旨を所属先に自己申告しておいてください。できれば早い方がいいでしょう。最初が肝心ですからね。新入社員は新歓のときです。配属替えの時は歓送迎会のタイミングがいいでしょう。二度と誘われることがなくなるということは寂しく感じるでしょうが、騒動を巻き起こすまえに手を打っておくこの勇気ある行為が世の中を救うのです。

 そんなあなたでも、飲みたい時はあるでしょう。大丈夫、酒癖の悪い人、つまり自分の同類を誘うのです。

 人間は社会的動物だと申しました。孤立していては生きていくのが苦しいですが、グループに所属してしまえば安心できるのです。人が集まれば問題解決できるのです。

 酒癖の悪いメンバーだけでの飲み会を開きましょう。

 迷惑をかけるのはお互い様になるので、遠慮や心配は必要ありませんね。騒動になっても自業自得、お互いのしりぬぐいを一緒にやれば、一致団結、仲良くなれるでしょう。迷惑もお互い様の精神で乗り切りましょう。会場は同じく酒癖の悪い店主が経営している店が望ましいですね。

 出来れば一度だけでいいのですが、そんな宴会の様子を遠くから観察してみたいものです。仲良く始まった宴席がどんな光景に変わっていくのでしょうか。想像しただけで寒気がしてきました。


 食事

「食事に誘われるんですよ。それがなんと朝食でしてね。昼飯、晩飯の誘いはあっても、朝はちょっとねえ。しかも、喫茶店のモーニングや、牛丼屋の朝定食ではないんです。家なんです」

「家に来いっていうの? 朝っぱらから人様の家におじゃまするの? そんなの聞いたことないなあ」

「しかもですよ、それが平日なんです。おじゃますると、家族勢揃いで、食べ終わるとみんな仕事や学校へと散っていくんですよ。メニューはいつもおんなじで、ごはん、味噌汁、納豆、海苔、お新香、卵」

「ふーん」

「前の日の夜に電話がかかってきて、明日一緒に朝飯食おうぜ、おまえんち鶏飼っていたろ。卵を持ってきてくれよな、そう言って一方的にきられてしまうんです」

「卵が狙いなんじゃない。鶏を譲ってあげちゃいなさいよ」

 食事の誘いというのも実に多いですね。朝飯昼飯夕飯晩飯夜食、おやつも入れれば一日で六か七は誘われる心配があるのです。

 でも諦めないでください、いい方法がちゃんとありますから。向こう一年間を用事で埋めてしまうというのがお勧めです。

 予定を入れるのは誘われたその日一日だけでいいでしょう、と言ってくる人がいます。

「その日は用事があってね、残念だけど、行けないんだ」

 これで済ませてしまおうというわけですが、はたして大丈夫なのでしょうか? 

 日程を見直すことにしましたよ、と、先方から改めて誘いがあったとしたらどうですか? 困ったことです、また振出しにもどってしまいました。別の言い訳を考えなければならなくなるのです。同じ手を二回は使いにくいですよ。

 安心を得るためには、最低一年はスケジュールを入れてしまうことです。

 朝のスケジュールを、ラジオ体操、ゲートボール、町内の掃除、犬の散歩でぎっしり埋めてしまいましょう。

 昼休みは、食事の後に病院と銀行、郵便局回りでつぶします。

 夜は、習い事、映画、落語、ディスコ、火の用心、夜警。

 休日は、上野に行くことをお勧めします。公園内には美術館、博物館がたくさんありますね。時間がいくらあっても足りないくらいの展示物が集まっています。これらの施設は朝から行って何時間居ようが怒られることはありません。動物園もありますね。閉館時間になる夕刻に施設を出ることになりますが、アメ横とその周辺に広がる路地を見て回れば終電の時間まで退屈せずに過ごせます。

 マラソン大会に出場するのもいいでしょう。素人だとゴールするのに半日かかりますから、往復の移動時間を入れれば一日潰すことができますね。

 旅行、ボランティアで各地を飛び回る、町会の役員になって奮闘するというのもいいですね。

 ここまでやりつくせば、忙しいからという理由で堂々と誘いを断れます。手帳は今後の予定で埋め尽くされていますから、それを見せれば相手を納得させることが出来るでしょう。手帳にダミーのスケジュールを書いておくだけでは、いつかは化けの皮がはがれてしまいますが、事実であれば心配無用。胸を張って暮らしていられます。

 ただ、精力的に活動するあまり、新しい知り合いが思いもよらない程大勢できて、誘いの声が増えてしまうことも覚悟しておきましょう。まあ、真っ黒なスケジュール帳に書き込む余地はないと思いますし、物理的に行けませんよね。

 そう言って断ってはいるのですが、申し訳ない気持ちになるのでしんどいですという声を聞きます。でしたら行事に参加はしても、参加者とはしゃべらないことですね。面識があっても親しくならなければ大丈夫。挨拶されても無視しましょう。たんなる顔見知りにとどめておけば誘われる心配はぐっと減ります。


 初日の出の山登り、たとえば富士山

「空気が綺麗だぞー。排気ガスなんかないんだからな。おいしいぞー」

 などとうまいことを言って誘ってきます。空気が薄いところだとは言わないのかよ。高山病になったら苦しいだろうに。と思ってしまいますが、山好きの人には頂上にさえ登ってしまえばそれまでの、暑い、寒い、疲れた、苦しいなどの苦労は忘れてしまうという特性が備わっているようです。いい思い出しか残らないのでしょう。坂道を見かけると、目的地とは別方向でもとりあえず登ってしまうという話を聞いたことありませんか? 山登りが好きで好きでしかたないのです。

 登山人口も多いですよ。山国日本には、国の内外から親しまれている高尾山クラスの高さの山から数千メートル級の山まで、それこそ山ほどの山あるのです。皆さんそれぞれの山に散らばって登っているので目立たないかもしれませんが、登山人口を数えあげたら一億はいるのではないでしょうか。ですから誘われるのは当たり前といえば当たり前ですね。

 彼ら彼女らには、基本的に優しさが備わっています。山という大自然のエネルギーに包まれて過ごす時間が長いからでしょうか、自分たちが山から受けた幸せを独り占めしたくはない、他の人たちにもおすそ分けしたい、そう願っています。山がどれだけ魅力的なものであるかということを語りに入れながら笑顔で誘ってきます。

「初日の出は感動ものだぞ。太陽の有難さを感じられるぞ」

 これも釣ろうとしている台詞ですね。太陽の有難さというのは暖かくしてくれることでしょ。あんな高いところに登ったら逆に寒くて凍えちゃいますよ。体力的にもしんどいです。疲れてきたとしても、途中で自分だけやめられませんしね。降りるにしても自分の脚で戻らなければなりませんから。へとへとになってやっと登りきったとしても、一息ついたらやっぱり降りて行かなきゃならない。登頂に体力の百パーセントを使ってしまったとしたらどうします? 手を上げてもタクシーには乗れないのです。

 初日の出登山に誘われるたんびにそう思うんだけど、断る理由が思い浮かばなくて、結局毎年行く羽目に落ちいっているんです。どうすれば上手に断ることが出来るのでしょうか?

 切実さが伝わってくる相談ですね。

 あなたは歌手になってください。紅白歌合戦を終えてから富士山に向かったのでは、初日の出には間に合いませんから、堂々と誘いを断れますね。

 さあ、ぐずぐずしてはいられませんよ。すぐにいい詩を書いて、いい曲を作って、上手に楽器をひいて、うまく歌いましょう。次の紅白出場を目指すのです。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ