どこまで戦えるかは実際にやってみないとわからないんですよ
ヴォルクは、倒したグリズリーの亡骸には目を向けず、ただ、山道の先に目を据えている。
山の上から、新たなテットたちが何かから逃れてくるかのように山道を駆け下りてくる。
テットは狼のようなテットが2体と鷲のようなテットが1体。おそらく、3体まとめてもグリズリーには敵わないくらいの強さだろう。
「……お前ら、あいつらの相手を任せてもいいか?」
ヴォルクは、スレイとナギサのいる方向に振り返らずにそう言い放った。
そして――ヴォルクは駆け下りてくる狼テットたちを押し退けて、山道を上っていく。
ルフィアの行動は速かった。ヴォルクが押し退けたテットの隙間を縫うように移動して、ヴォルクの後を追っていった。
「ちょ、ヴォルクさん?」 スレイの声はヴォルクに届かない。
テットたちが、スレイとナギサの前に立ちはだかる。
「……ナギサさん。貴方、戦闘経験は?」 スレイは冷静にナギサが戦えるのかを問う。
ナギサは少しだけ間をおいてからスレイの問いに答えた。
「スレイくんには申し訳ないけど、どこまで戦えるかは実際にやってみないとわからないんですよ」
ナギサはキーボードで返答文を打ちながら、マウスカーソルをアイテムストレージに合わせていた。
ゲーム開始前に使用武器を選択する項目があった。
おそらくはこのゲーム、武器の装備制限なんてものは存在しないだろうから、どんな武器でも手に入れれば使用できるはずだ。
それでもゲーム開始前に武器を聞かれたということは、それは初期装備品の支給があるということだろう。
武器の種類は色とりどりにあった。化学兵器や機械武具はさすがになかったが、ファンタジーに登場する武器ならほとんどカバーできるくらいの種類の武器があった。
そんな中、ナギサが選んだ武器は「弓」だった。
選んだ理由? ナギサに弓道の心得があるから? ……彼はきっと笑顔でこう答えるでしょう。「そんな心得、ありませんよ」と。
なら、なんで弓を選んだの? と聞いてみようか?
彼は答えた。「弓の説明文に目を通したら『矢』に関する一切の記述がなかったからですよ」と。
ゲーム内のナギサのアバターがどこからともなく弓を取り出した。
ナギサが弓を身構えた直後、ナギサの弓が白い光に包まれた。
弓を動かしてみると、残像が現れては消えていく。
「これは?」 ナギサがスレイに尋ねる。
「それは『エンチャントウェポン』という魔法です。いまは純粋に攻撃力が上がるように、僕が『ダブル』と読んでいるモノを付加させました」
ナギサは弓を引いてみる。弓の弦を引いた瞬間、矢のようなカタチをしたなにかが姿を現す。
これがスレイのエンチャントウェポンというわけではない。おそらくこれは、このゲームでの弓の仕様。
知っている人は気にも止めていないだろうが、この手のゲーム――MMORPGでの弓には2つのタイプが存在する。
ひとつは弓を放つには別に『矢』が必要となるタイプ。これは矢を放つ度に矢を消耗し、コストや弾切れのデメリットがあるが、矢を変えることで様々な特殊攻撃が可能となるメリットもある。
もうひとつは、矢については何も触れていないタイプの弓。
これは弓自体がひとつの武器と認識されていて、矢はどこからともなく現れるというものだ。弾切れの心配や矢を別に用意する必要はなくなるが、放たれる矢の強さも弓に依存することになる。
このゲームでは後者の弓が採用されている。それにより、現実の弓ではありえない攻撃も出来る可能性を秘めている。
ナギサが弓から生成された矢を撃ち放った。
放たれた矢は一本だったが、残像により、二本の矢が連なって飛んでいくように見える。
鷲テットに矢が刺さった直後、さらに残像の矢が刺さってダメージを与える。……これが。エンチャントウェポン・ダブルの効果なのだろう。純粋に与えるダメージが2倍になる補助魔法だ。
矢の刺さった鷹テットがナギサに向かって飛んでくる。……与えたダメージが浅いようだ。
「なるほど」 ナギサは一本の矢ではあまりダメージが与えられないことを理解し、そう呟く。
そして、飛来する鷹テットに弓を向けなおす。
ナギサが打って出た攻撃は、現実の弓ではありえない攻撃だった。弦を引くだけで矢が生成される特性を生かした、圧倒的な速度での連射攻撃。さらにはスレイがかけたダブルの効果も相まって、凄まじい数の矢が鷹テットに刺さっては消えていく。
鷹テットは、ナギサの目の前で地に落ちて動かなくなっていた。その後、光の粒子となって消えていく。
ナギサはすぐに狼テットに目を向けた。
すると、二匹の狼テットは地面から現れた魔法の糸によって地面に縛り付けられていた。
『バインド』――地面から魔法の糸を出現させ、敵を縛り付けて拘束する補助魔法の一種だ。
使ったのはスレイだろう。だが、驚くべきはそこではなかった。
本来は敵の動きを制限させるだけの魔法なのだが、スレイのバインドは狼テットの首元に絡みつき、狼テットの呼吸を妨げていた。
そして、二匹の狼テットは窒息し、息絶えた。
(なるほど。これが補助魔法師であるスレイくん戦い方なのか) ナギサはただただ関心するばかりだった。