NPCの戦い方とやらを見させてもらいますか
ゲンゴロウと別れ、ヴォルクたちはさらに山道を山頂に向かって足を足を進めていた。
ゲンゴロウの頼みとは、本来、山頂付近にいるようなテットたちを麓に追いやった奴の調査、もしくは討伐だった。
『いままでの経験上、上の奴が麓におりてくる場合は決まって、上でとんでもない奴が現れたってことが多いんだ。いつもなら、俺と腕利き数名で調査に登るんだが、今回は今までにないくらい麓にテットがおりてきていやがる。――もし、やばい奴がいたら、逃げてもいい。いや、無理に手を出さずに逃げてくれ』
『おいおい、おっさん。その言い方だと、俺が山のテットごときにひけをとるとでもいいたげだな?』
『あんちゃんが強いってことはわかる。相当な修羅場をくぐってきているということもな。だが、山のテットごときという先入観を持っているなら、捨ててくれ。テットは自然の驚異と同じ。時には人間の手に負えない存在だっているんだ』
『そうだな。まぁ、山のテットごときって言ったのは取り消そう。――それを踏まえておっさんに聞いておく。退くのは、「俺が」無理だと判断したらでいいんだよな?』
山道を先頭に歩いていたヴォルクが突然に振り返った。
「で、お前らはなんでこっちについてきたんだ?」
ヴォルクのその言葉は、後ろを歩いていたスレイとナギサに向けて言った言葉だった。
パソコンの画面越しにそのセリフを見たナギサは、すぐさまにこう打ち返した。
「面白そうって以外の理由をアナタは私に求めますか?」
その問いかけに、ヴォルクは即答する。
「その通りだな」 笑いながら、そう答えていた。
一方スレイは不安でしょうがない。……それでも、内心ではヴォルクの腕を見てみたいという欲求が抑えられずにいた。
「おれは、兄者のそばにいるぞ? ひみつへーきだしなっ」 聞かれてもいないのにアクセが答える。
またヴォルクがうまくアクセをいなすと思っていたのだが、ヴォルクが突然、真顔でアクセを突き放した。
「スレイ、だったな? ちとそいつの子守りを頼む」
前方に目を向けて、その意味を理解する。
巨大な灰色熊が行く手を阻んでいた。
[テット名「グリズリー」レベル88――]
ナギサは画面のステータスウィンドウを確認してみる。
(おそらく、こいつが騒動の原因かな? ……この程度の敵なら、彼は退かないだろうな。じゃあ、NPCの戦い方とやらを見させてもらいますか)
ヴォルクがナイフを構える。……市販のサバイバルナイフが、どこまで通じる?
ヴォルクの動きに合わせるかのように、ルフィアも杖を構えだした。
「なんだぁ? ルフィア、お前もヤル気か? ……ったく。俺一人でたぶんいけるぞ?」
「えっくんの敵は私の敵。……徹底的に燃やし尽くす」
……ルフィアさん、ちょっと怖いです。
「やれやれ。じゃあ、まわりは燃やすなよ」
ヴォルクが一瞬でグリズリーとの距離を詰める。振り下ろされるグリズリーの鋭い爪をサバイバルナイフで弾き、無防備となったグリズリーの胸元を、皮膚をかすめるようにナイフを振り、斬りつけていく。――こんな皮膚だけを切り裂くような攻撃では、到底致命傷は望めない。だが、その攻撃は、ヴォルクが狙って放っているようだった。
グリズリーが一瞬怯んだ。だが、ヴォルクは攻撃をせずにグリズリーから距離をとった。
その直後、グリズリーは火柱に包まれた。――ルフィアの火炎魔法だった。
そして、グリズリーは倒れた。
おそらく、スレイはヴォルクとルフィアの戦いを見て素直に「強い」と思うだろう。
だが、ナギサが最初に思い浮かべたのは「強い」ではなく「うまい」という言葉だった。
(うまい。彼は敵の攻撃を弾くことと、攻撃をかすめて敵を怯ませることで、本来は盾や鎧で身を固めた者がおこなう前衛の壁役を見事にこないている。そして、彼が壁に徹したのは、後方火力役の彼女がいたからだ。彼女の魔法もすさまじいが、やはり彼の戦い方がずば抜けている)
ヴォルクは、グリズリーの亡骸を前に浮かない顔をしている。
スレイとアクセがヴォルクに近づいていく。
「す、すごいですよ、ヴォルクさん。腕利きのレンジャーだって数人かがりでもないと勝てないグリズリーを相手に、たった二人で圧倒しちゃうなんて」
「兄者、すげぇ。敵、いっしゅん。兄者の勝ちか? 兄者の勝ちか?」
ヴォルクは近づいてきた二人に振り返ることなく、呟く。
「違う。こいつじゃ、ない」
こいつじゃない? ……なんのことを言っているかわからなかった。ヴォルクは言葉を続ける。
「こいつも、何かから逃げてきて、ここにいたんだ。こいつが、森の騒動の犯人じゃ、ない」
ヴォルクは山道を見上げる。……異様な気配が漂ってくる。
「……お前らは帰った方がいいかもしれんぞ。この先に灰色熊さえ泣きながら逃げ出すような奴が、いるぞ」