なにが神々の黄昏ですか
ゲンゴロウが席をはずした後も、ヴォルクとナギサの会話は尽きなかった。
これまで質問攻めだったナギサが、質問を飛ばした。
「ところで、この世界のことを知りたいんだけど、何かないかな?」
ナギサの唐突な質問。『この世界』なんて単語を口にすれば、普通の者ならば不審がるものだろうが、ヴォルクは違っていた。なにも気にすることなく――
「へぇ。なにが知りたいんだ?」 そう返した。
「この世界での伝説とか、大きな戦の話とかがあると聞いてみたいかな?」
ナギサのこの問いに、スレイが口を挟んできた。
「大きな戦と言えば、少し前に超難度のクエストがありましたね」
ナギサが『クエスト』という言葉に反応した。
……クエストという言葉は通じるのか?
「ちょっといいかい? そのクエストというのは、俺が知っている意味であっているのかな?」
スレイが少し戸惑いながらナギサに聞き返す。
「えと、ナギサさんがいうクエストとは、どういう意味なんですか?」
「うーん。俺の世界では主に探索とか追求という意味で使われているんだが、最近では探索依頼の意味で使われていることがあるかな」
「だとしたら、後者の探索依頼って意味合いが近いですね。と、いってもクエストによっては探索以外のこともありますが……」
なるほどね。どうやら、MMOの常識はここではごく自然に馴染んでいるってことか。
「大丈夫、言いたいことは理解できる。それで、その超難度クエストってのはどんなモノだったんだい?」
「そのクエストは『神々の黄昏』と呼ばれていて――」
神々の黄昏……『ラグナロク』か。いかにもな感じだな。
ナギサがそんなことを考えていると、いままで話を聞いているだけだったルフィアが口を開いた。
「なにが神々の黄昏ですか。あんなもん、神々の戯れって言ったほうがお似合いですよ」
どうやらルフィアさん、神々の黄昏でなにかあったようで……
「ル、ルフィアさんもあのクエストに参加したことがあるんですか?」 そんなルフィアを見て、スレイが聞き返した。
ナギサにはなにがなんだかわからずに話が進んでいく。
「すまない、スレイくん。俺にはまだなんの話か理解できないんだか?」
「あ、すみません。神々の黄昏って言うのは、五年くらい前に突然『神』と名乗るものがく告示したクエストで、詳しい内容も報酬も公開されず、ただ、突如空に現れた城を攻略してみせろっていった感じのクエストだったんです」
スレイが言葉を続ける。
「多くの人がそのクエストに挑戦しましたが、攻略者は現れず、次第に皆があきらめはじめたんですよ。……まぁ、挑戦しなければそれまでのクエストだったわけだし、当然ですよね?」
……たしかに、報酬はわからない上、急いで攻略する理由もなければそうなるわな。
「そんなある日、挑戦者が減ってきたことを見て神様がとんでもないことを言い出したんですよ」
「まさか、神様とやらが攻略しないと世界を滅ぼすとでも言い出したのかい?」 ナギサが思ったことをそのまま口にした。
それに答えたのはヴォルクだった。
「そんな大層なモンじゃねぇよ。一言、放っておいたらそのうち城が落ちるって言っただけだよ」
スレイが言葉を続ける。
「その一言に、当時のギルドが慌てて挑戦者を集めだしたのはよく覚えてますよ」
「スレイくんも参加したのかい?」
「いえ。当時僕はまだ15にもなっていませんでしたからね。……それに、神々の黄昏への挑戦条件に8人パーティーって条件がありましたからね。当時の僕じゃ挑戦できませんよ」
「それで、その神々の戯れはどうなったんだい?」
「ある8人パーティーが見事に攻略しました。ただ、報酬がなんだったのかは公開されていませんけどね。噂ではなにやら伝説の武器がそれぞれに与えられたとか、逆になんの報酬もなかっただとか囁かれていますよ」
そして、スレイは最後にそのクエストを攻略したパーティーについて語った。
8人は今では八英傑と呼ばれ、各地に散って暮らしているという。
スレイは続けてそれそれの八英傑がどんな人物かを語った。
だが、それには一言注釈があった。
「でも、実際に会ったことはないんで、また噂での話になってしまいますよ?」
「それでかまわない。聞かせてもらえるかな」
ナギサが了承すると、スレイは各英傑について語り始めた。
まずは、『レイ・ルフィアート』。閃光という異名を持ち、光の英傑と呼ばれている。凛々しくもどこか儚げで、己の信念を貫く心を持った女性で八英傑をまとめるリーダー的な人物らしい。
二人目は『フレア・ルフィアート』。紅蓮の異名を持つ炎の英傑。想像を絶する炎の魔法の使い手と言われている。レイの姉で、苦労の絶えない妹を時には支え、時には叱責する、優しさと厳しさを併せ持つ女性らしい。
三人目は『アーサー・ガイアス』。激震の異名を持つ地の英傑。背丈をも越える大金鎚を振り回し、時には皆の盾となって敵の攻撃を一身に集めたという。かなりの屈強な男だったと予想される。
四人目は『シルフィア・ウィンド』。涼風の異名を持つ風の英傑。癒しの聖女と呼ばれ、その類まれない癒しの魔法で皆を支え続けた、影の功労者といえる女性らしい。
五人目は『エクレア・ヴォルテクス』。迅雷の異名を持つ雷の英傑。寡黙な男性で、ひとたび剣を抜けば、その太刀筋を見ることなく相手が斬られていたという。
六人目は『リュート・アブソ』。凍結の異名を持つ氷の英傑。常に冷静な判断で策を練る、英傑たちの軍師的な存在。自身も氷の魔法を操る凄腕の魔導師といわれている。
七人目は『シンク・フローディン』。止水の異名を持つ、水の英傑。攻撃、回復、補助となんでもこなす賢者。他の英傑から師としてあがめられているともいわれている。
最後の八人目は『D』と呼ばれている以外はなにもわかっていないとのことだった。
話を終えて一息ついていたところだった。
ゲンゴロウが戻ってくると、すぐさまに話を切り出した。
「お前ら、まだ残っていてくれたか」
残っていてくれた。・・・・・・妙な言い回しだった。ゲンゴロウが話を続ける。
「すまないが力を貸してくれないか?」