すまねぇ、ちと仕事の話のようだ
突然声をかけられ、彼は戸惑っていた。
まずは、彼が何者なのかを説明しなければならない。
[キャラクターデータ:キャラ名「ナギサ」性別「男」年齢――アバターのため不明]
アバター……そう、彼はこの世界の――ゲームの中の住民ではない。
サービス開始前のゲームをチェックするデバッカー――β(ベータ)テストプレイヤーだ。
パソコンのモニターの中には、彼のアバターを中心に、あのギルドの光景が広がっている。
モニターに映るヴォルクからメッセージが書かれたフキダシが表示される。
「おい、そこの柱で妙な道具をいじっている奴。こっちにきて一緒に飲まないか」
……このメッセージは、俺に向けて言っているのか? 妙な道具――そうか、ステータスを表示するウィンドウを空けていると、彼らにはなにかの道具をいじっているように見えているのか。
キーボードを叩き、返信しようとしたが、その手を止めた。
マウスカーソルをヴォルクに合わせ、ステータスを表示する。
[キャラ名「ヴォルク」性別「男」年齢「25」職業「盗賊」レベル「96」]
表示されたのは、ゲーム内の世界で表示されていたテロップとほぼ同じもの。ただし、こちらには余計な一言は表示されず、NPCのレベルの表記がある。
「レベル、96!?」 このゲームのレベル上限が2桁か3桁かは知らないが、かなりの数値だ。
他のキャラクターにもマウスカーソルを合わせてみる。
[ルフィア、レベル92][ゲンゴロウ、レベル48][スレイ、レベル21]
「どうやら、彼と彼女の二人は桁違いにレベルが高いってことか」
さて、どうしたものか。自我を持つNPCからのお誘い、か。……これは――
意を決し、キーボードを叩く。
「同席させてもらってもいいかい?」 ――送信。
ヴォルクが真っ先に興味を示したのは、ナギサの持つタブレット端末のような機械だった。
どうもゲーム内の住民には、プレイヤーがステータス情報などを表示するウィンドウは端末のような機械の画面に見えているようだ。
「なるほど。その道具には俺たちの強さが数字で表示されているのか。面白いな、それ。どれ、俺の強さは――」
ナギサにとってはヴォルクが――ゲーム内の住民がプレイヤーに興味を示すほうが驚きだった。
「レベル96ねぇ。なぁ? これって俺、強いのか?」
ヴォルクがナギサに尋ねる。ナギサはさっきレベルを見た感想をそのまま口にして答えた。
「さぁ。レベルの上限がわからないから、そのレベルがどれだけ凄いかはわかりませんね。けど、他の方と見比べると、あなたとそこのルフィアさんがずば抜けて強いということはわかりますよ」
「へぇ」 ヴォルクがルフィアやゲンゴロウのレベルを確認する。
「つまり、単純に考えれば俺は熊のおっさんの倍強いってことか」
「兄者、兄者、オレは?」 アクセが興味を示す。
[アクセ、レベル1]
「兄者、兄者はオレの何倍強い?」
96倍だ。
「ま、お前より俺は約100倍強ぇってことだ」 まぁ、あながち間違ってはいない。
「おお。兄者、すげぇ」
そんなやりとりをしている時だった。迷彩服姿の男が、こちらの席に近づいてきた。
「隊長、ちょっといいですか?」 その男はゲンゴロウのことを『隊長』と呼んだ。
ゲンゴロウが立ち上がる。
「すまねぇ、ちと仕事の話のようだ。すこし外すぜ。――なに、注文は好きにしてくれていい。代金が全部俺がもつからよ」
「いいのか、熊のおっさん。こいつが高い飯を頼むかもよ?」 ヴォルクは親指でアクセを指す。
「ここの食事の高いモンなんてたかが知れてる。んな高いモン置いてる店で俺が飯を取るかよ。――もし、俺が戻る前に帰ることになったら、伝票をそこの姉ちゃんに預けてくれ」
そういってゲンゴロウは受付嬢に目を向ける。
「いいよな、姉ちゃん?」
「かまいませんけど、ツケはなしですよ?」 受付嬢がそう返した。……あまり信用されてないようだ。
ゲンゴロウは迷彩服の男に連れられて席を外した。