ギブです。フォローをお願いできますか?
あと少しでスレイを説得できるという時に、スレイがナギサの小さなミスをついてきた。
ナギサは少し返答に困り、ヴォルクのいる方へ視線を向けた。
ヴォルクは――まるで先の展開の読めないドラマがどう進んでいくのかを楽しみにしているかのように、目を輝かせて「どうする、ナギサ?」と言わんばかりの視線をこちらに向けている。
そして、そばにいるルフィアはそんなヴォルクの目を見て、「またはじまったなぁ」と言った感じにため息をついていた。
(どうやら俺も試されているみたいですね)
モニター越しにそんな光景を見ながら、ナギサは少しだけ考える。
とりあえず言葉を入力しようと、キーボードを打とうしたナギサの手が止まる。
(待てよ。たしかキャラクターを指定してチャットする機能があったよな?)
指定チャット。ゲームによってはいろんな呼び方があるが、このゲームでは周囲のモノ全員に伝わるチャットを『オープンチャット』、そして、キャラクターを指定して会話できるチャットを『指定チャット』と呼んでいる。
そして、指定チャットの会話は指定した本人以外には会話の内容が知られないという特徴がある。
指定チャットのウィンドウを開くと、ナギサのアバターが携帯電話みたいな道具を手に持った。
その状態の自分のアバター姿を見ながら、ナギサは考えていた。
指定チャットを使えば、スレイとの密談が出来る。
問題はその内容だ。
実はヴォルクに脅されてコミュに入れさせられたことにするか?
……いや、それはやめておいた方がいいだろう。
そうすれば多分、スレイを引き入れることは出来るだろう。
だが、そんな空気で入ってきたスレイが果たしてヴォルクに力なんか貸してくれるのだろうか?
ナギサのアバターが携帯電話を片付ける。
ナギサは開きかけた指定チャットのウインドウを閉じ、オープンチャットのウインドウに戻していた。
そして、そこに入力したセリフは――
「どうやら俺にはスレイくんを騙すようなウソを続けることはできないみたいです。――ギブです。フォローをお願いできますか?」
ヴォルクにこれ以上嘘を重ねることはできないと伝えるセリフだった。
スレイはなにがなんだかわからないような表情で、ナギサとヴォルクを交互に見る。
そんなスレイにヴォルクが話しかける。
「悪いな、ちとナギサが驚かせすぎたようだ。さっきの件は別に気にしなくていい」
「え? でも、重大な秘密だったんじゃ……」
「秘密になんかしてないさ。でも、面倒なことにはなりたくないんで、俺のことは黙っていてはもらいたいがな」
「いったい、どういう――」 見えない話に困惑するスレイ。
「いや、な。ナギサが言い出したことなんだよ。俺とお前が組めば面白くなりそうだから、いっそ取り込んじまえってな」
ナギサは申し訳なさそうにメッセージを打ち込んでいく。
「そこで、気の良さそうなスレイくんにさっきの光景は触れてはならないことだったということにしてスレイくんを引き入れようと考えたんですが、さすがに騙すような真似は出来ませんでした」
ナギサの言葉を聞いて、スレイは考え込んでいた。
ヴォルクがルフィアのいる方に歩み寄り、ルフィアに話しかける。
「ところでフレア。ナギサをうちのコミュに入れることになったが、かまわないよな?」
ルフィアは複雑な表情を浮かべる。……心の声が聞こえてきそうだ。「私とえっくんの空間に入ってこないで」という声が。
だが、一方でアクセは乗り気だった。アクセがナギサに近づいてくる。
「ナギサ、うちにくるのか?」 アクセがナギサのアバターの服の裾を掴み、そう聞いてきた。
ナギサはすぐに答えた。「迷惑でなければ」と。
アクセは目を輝かせ、喜びの表情を見せる。そして、ヴォルクに駆け寄り、嬉しそうにヴォルクに話し始めた。
「ナギサ、うちくるってよ。コレ、兄者が言ってた『新入り』ってヤツか? 新入りってやつか?」
どうやらアクセは新入りが入ってくるのが嬉しいようだ。
はしゃぐアクセを見て、ルフィアの表情が柔らかくなっていく。
(どうやら受け入れてもらえそうですね)
ナギサもモニター越しにその光景を見て、安堵の息を漏らした。
……はしゃぐアクセが空気を読まずに言葉を続けた。
「じゃあ、スレイもうちに来るのか? 来るのか?」
この言葉が今のスレイにはどう届いているのだろう。
ヴォルクはこのアクセの問いには答えなかった。アクセをなだめると、ルフィアに話しかける。
「じゃあ、戻ったらナギサをコミュに登録するか。ところでフレア? コミュの新メンバー登録ってどうやるんだ?」
「え? 私もしたことがないんだけど? ――あ、レイに聞けばわかるかも。あの子だったらそういうことに詳しいから」
そういって今度はルフィアが携帯電話のような道具を取り出す。
ルフィアが指定チャットでレイに連絡しようとした時、ルフィアの元にスレイが近づいてきた。
「そんな用件で光の英雄の手をわずわらせないでくださいよ。……まったく、あなた方は本当に目が離せませんね」
スレイは連絡を取ろうとしているルフィアを止める。そして――
「いいですよ。そういうことは今度から僕が引き受けますから。……ヴォルクさん、ギルドに戻りましょうか。僕とナギサさんのコミュ登録をしに」
こうしてEasyGoingに新たなメンバーが2人加わることとなったのだった。