我々は偶然とはいえ、知ってはいけないことを知ってしまったんですよ
『ところで、ヴォルクさんにお願いと提案があるのですが――』
ナギサがヴォルクにそう言った。
『ほう。それは面白そうなことか?』 ヴォルクの興味は面白いかそうでないかだ。
『そうですねぇ。俺の都合でのお願いと提案なんで、期待にそえるかどうかは』
『いいぜ。聞かせてくれ』
『お願いというのは単純です。俺をあなたのコミュニティに入れてくれませんか?』
『ウチに入りたい? おいおい。ウチは身内だけで構成した弱小コミュニティだぜ? なんでウチなんかに?』
するとナギサは笑みを浮かべながら言った。
『あなたと一緒だと面白そうだから、では理由になりませんか?』
『そいつはたいした理由だな。だが、俺にメリットがあるようには見えないが?』
『そうでしょうか? ヴォルクさんも俺と一緒ならいろんな話が聞けると思いますよ? ……例えば、こことは別の世界の話とか、ね』
『ははは。いいな、お前のその性格。やっぱ、俺の嗅覚には間違いがなかったわ。ギルドでお前に声をかけて正解だったな』
『いえいえ。ヴォルクさんこそいい性格をしてますよ。まさか、いきなり初対面の人から食事の席に誘われるとは思いもよりませんでしたから』
『よし、じゃあギルドに戻ったらコミュ入会の手続きをしてやろう。――で、お前の「お願い」ってのは聞いたが、「提案」ってのはなんだ?』
『提案っていうのはですね、彼――スレイくんもこちらに取り込んだ方がいいという提案です』
『スレイ、か。確か、どこにも所属していないって言ってたが、アイツは多分コミュには入らんだろう。なんとなくわかるんだよ。少し前の俺もコミュなんかには入りたいとは思わなかったからな』
『それでも、彼は引き入れておくべきだと思いますよ。……スレイくんと一緒に戦ってわかったことがあるんですよ。彼の能力は仲間の能力を大幅に引き上げる能力。俺ではあまりうまく活用できませんでしたが、圧倒的な高火力を持つルフィアさんや見事なまでの戦闘センスを持つヴォルクさんなら、彼がいるだけで想像も出来ないくらいの戦力アップが出来ると思うんです』
『へぇ。お前にそこまで言わすか。――だが、どう誘うつもりだ? まず十中八九、話を聞かないか即答で断ってくるかだぞ?』
『いい方法があるじゃないですか』 そういってナギサのアバターがタブレット画面をヴォルクに見せる。
そして、さらに言葉を続ける。
『これを利用しちゃえばいいんですよ。それこそ、部外者に知れてはいけない重大な秘密とか言えば、スレイくんがとれる行動なんて限られてきますよ』
ヴォルクにコミュニティに入るよう誘われたスレイだが、返ってきたのは予想通りの答えだった。
「すみません。僕はコミュニティには入らないようにしているんです。ひとりの方が気楽なんで」
はっきりとヴォルクの誘いを断ったスレイだが、会話にナギサが割り込んでくる。
「ところがそうはいかないらしいんですよ」
「え?」 スレイにはナギサの言葉の意味がわからない。
「……ヴォルクさん。これのことを話していいですか?」
ナギサのアバターがヴォルクにタブレット画面を見せる。
ナギサが言いたいことはヴォルクにはわかっている。なにせこれは、すでに二人で擦り合わせていることなのだから。
「スレイくん。我々は偶然とはいえ、知ってはいけないことを知ってしまったんですよ。ヴォルクさん――いえ、英雄がひとり『エクレア・ヴォルテクス』の秘密をね」
アクセが会話に入ってくる。
「おお。お前、兄者の本当の名前を知ってたんか?」
アクセが会話にまざってくる予定はなかったが、結果、突拍子なナギサの発言を信憑性の高いものとしてくれた。
「え? ヴォルクさんが、八英傑のエクレア?」 スレイの表情が固まる。
「そうです。そして、我々はそのエクレアさんの秘密兵器『アクセラレイト』を発動させる場面を見てしまった。きっと、それは他人には見られてはいけない場面だったのでしょう」
ナギサの言葉を聞いて、困惑の表情を示したのはスレイではなく、ルフィアの方だった。
「……別に隠してなんかいないよね? えっくん?」
ヴォルクは指先で軽くルフィアの口を塞ぐ。黙って見てろと言わんばかりに。
ナギサが言葉を続ける。
「そこで『ヴォルク』さんの方から俺に提案があったんです」
実際に提案を切り出したのはナギサの方だ。
「ヴォルクさんのところのコミュニティに入れば、別に秘密を知られていても問題ないだろうし、口外することもないだろうってね」
あと一息でスレイはおちる。そう思ったナギサに、スレイが意外な一言を返してきた。
「あれ? さっきナギサさん、言ってませんでした? 『自分からお願いした』って」