Accelarate
アクセを追いながら山道を登り進めていくと、スレイとナギサの耳に爆発音のような音が聞こえてきた。
その音は山道を上へと登るたびに大きくなり、何度も何度も鳴り響いている。
「まさかこの音、ヴォルクさんとルフィアさんが?」 スレイは鳴り響く爆発音を交戦中のヴォルクとルフィアが発生させていると考える。
「だとしたら、これはかなりまずい状況ですよ、スレイくん」
「どういうことですか、ナギサさん」
「この音が敵の攻撃を回避したときに発生している音だとしたら、お二人は一方的に攻撃され続けていて、手が出せていない状況ということになりませんか?」
「で、でも、ルフィアさんの魔法という可能性も……」
「そうだとしたら、それはあのルフィアさんの魔法をどれだけ喰らっても倒れないほどの敵と交戦しているということになりますよ?」
ヴォルクとルフィアが繰り広げている光景は、まさにナギサが口にした光景そのものだった。
ドラゴンバクにルフィアの放つ火球が命中し、爆発音を響かせる。
巻き起こった黒煙を突破し、ヴォルクが攻撃を仕掛ける。
武器を失っているヴォルクにとって、攻撃手段は己の身体しか残されていない。
だが、雷を纏ったヴォルクの拳は、並みの相手なら一撃で葬る威力のある攻撃だった。
そう、相手が並みレベルだったのならだ。
ヴォルクの拳は、相手の脆い部分――ドラゴンバクの眼球に命中する。
攻撃は、通用しなかった。
「ダメか。眼球も固ぇな、こいつ」
さすがのレベル256のエクレアでも、素手では歯がたたないようだった。
術を失ったヴォルクとルフィアの前に、アクセが駆けつける。
「兄者ぁぁぁぁぁぁ」
そしてアクセは自分の持つ短剣をヴォルクに投げつけ、なにかの呪文を唱えるかのように、こう口にした。
「Accelarate」
ヴォルクはアクセの言葉に答えるように、同じように「Accelarate」と声を上げた。
アクセが投げ渡した短剣をヴォルクが受け取った時、短剣――いや、加速神剣アクセラレイトというべきか。
アクセラレイトとアクセの身体が光り輝き始める。
そして、アクセの身体が光の球に変化すると、その光はアクセラレイトの刀身に吸い込まれていった。
アクセを追って駆けつけたスレイとナギサも、その光景を目にしていた。
スレイが驚きを隠せず、震えた声で呟いた。
「いったい、これは、何が起こっているんですか?」
このゲームの世界の住民であるスレイが理解できないことが目の前で起こっている。
ナギサのアバターがタブレットをヴォルクに向ける。現実のナギサがなにかしらの情報を表示させた時の動作だ。
スレイに問いただしても答えは出てこない。なら、出来る限りの情報を収集するのが得策と判断したのだろう。
カーソルをヴォルクに合わせてステータスウィンドウを開いてみる。
[短剣『アクセラレイト』別名「加速神剣」――]
開いたのは、先ほどは最後まで読まなかったアクセの持つ短剣の説明文。……その続きに、この現象の納得のいく説明が書かれていた。
[持ち主に対し、武器に宿る魂が絶大なる信頼を寄せた時、その魂が刀身に宿り、全てのモノを切り裂く刃と化す]
(つまり、アクセちゃんは、加速神剣に宿る魂だったってことなのか?)
さらに、そのステータスウィンドウに書かれていたヴォルクの本当の名前と現在の能力値を見て、彼が何者だったのかを知る。
ルフィアのステータスも確認してみる。――予想通りの内容だ。
ルフィアがスレイとナギサの存在に気づき、この光景を目にして動けなくなっているスレイに向かって大声をあげた。
「スレイくんっ。あなたの杖を貸してっ」
ナギサは、ルフィアが武器をなくしていることをさっき確認している。
すぐさま反応のできなかったスレイに代わり、ナギサがスレイの杖を取り上げ、ルフィアに向かって投げつけた。
ルフィアがスレイの杖を受けとると、すぐに杖先をドラゴンバクに向ける。
「――ゴメン、後で弁償するから」 ルフィアが申し訳なさそうにそう口にした。
スレイに聞こえているかはわからない。ただ、ルフィアがいまから杖が壊れてしまうようなことをしようとしているのはわかった。
光の刃と化したアクセラレイトで、ヴォルクがドラゴンバクを斬りつける。
サバイバルナイフを砕き、ヴォルクの拳を跳ね返したドラゴンバクの固い皮膚が、なんの抵抗もなく切り裂かれ、ドラゴンバクは人外生物特有の例えがたい色をした血液を吹き上げる。
ヴォルクとルフィアが目を合わせた。
それが合図だったのだろう。ヴォルクがアクセラレイトでドラゴンバクの顔面に大きな×印を描くと、×印からドラゴンバクの血液が吹き上がる。
すでにヴォルクの姿はそこにはなかった。
そこにあったのは、その×印めがけて放たれた巨大な火球。
スレイの杖の先端が砕け散るのとともに、巨大な火柱が天を貫いた。
黒煙が噴き上がり、視線の先を黒く覆い隠す。
風が煙を薙ぎ払った時、ドラゴンバクの姿は消えてなくなっていた。