敵わないかどうかは俺が決めていいんだったよな?
……ヴォルクの目の前にいるのは、とてもテットとは呼ぶこともできない、真っ黒な巨大生物だった。
[テット名「ドラゴンバク」レベル280]
ヴォルクにはこのステータス表記を見ることはできない。だが、レベルの数値がわからなくとも、目の前の生物がゲンゴロウの言っていた山の脅威ということだけはすぐに理解できた。
「さて、と。敵わないかどうかは俺が決めていいんだったよな?」
ヴォルクは、武器としては心許ないサバイバルナイフを身構える。
後方から、ルフィアが追い付いてきた。
「な、なんなの、コイツ?」 ルフィアが奴を見上げる。
ヴォルクはルフィアの問いには答えず、ルフィアに問いかける。
「いけると思うか?」
少しだけ間をおいて、ルフィアは答えた。
「……このままじゃ――『ルフィア』のままじゃ、厳しいかも」 妙な返答だった。
ルフィアの返答を聞いたヴォルクは――
「なら、『壊す』としたら、いけるか?」 ヴォルクはそう言いながら右腕に装備している腕輪に目を向ける。
よくみると、ルフィアも同じ腕輪を身に着けているようだ。
「壊したとしても、『インフェルノ』なしで大丈夫か?」 ヴォルクはさらに意味不明な言葉を続ける。
「インフェルノもそうだけど、いまはえっくん『アクセラレイト』もないよ? どうするの?」
「……俺はこいつでいけるところまでいってみるさ」 ヴォルクはサバイバルナイフを身構えた。
「わかった。じゃ、壊すよ、えっくん」
ヴォルクとルフィアが同時に「「Imitation Break」」と声を上げた。
二人の腕輪が粉々に砕け、そして――
[ヴォルク、イミテーション解除→『エクレア・ヴォルテクス』レベル256]
[ルフィア、イミテーション解除→『フレア・ルフィアード』レベル254]
二人の姿が変わったわけではない。姿はヴォルク、ルフィアのままだ。だが、それでも『別人』としか言いようのない雰囲気が二人を包み込んでいる。まるで、あふれ出てくる力を隠し切れないような、そんな雰囲気が流れている。
「さて、どこまでやれるかな」 ヴォルクが黒き巨大生物に向かって走り出した。
鷹テットと狼テットを撃退したナギサ達は、先に行ったヴォルクたちを追うべく、山道を駆け登っていた。
「! スレイくん、止まって」 ナギサが突然に声を上げた。
先行して走っていたスレイと、そのそばにいたアクセが足を止める。
「どうしたんですか、ナギサさん?」
ナギサの手にはタブレット端末。パソコンの画面を見つめるプレイヤーの方のナギサがステータスウィンドウを確認しているため、アバターが手にタブレットを持っているのだ。
パソコンモニタのミニマップには、ナギサたちを表現している青い3つの点を囲むように、無数の赤い点が表示されている。赤い点にカーソルをあわせてみると――
[――テット名「ハウンドドック」レベル18]
「囲まれている。多分、さっきの狼だと思うよ。数は――」
赤い点を数えてみると、その数8。
「8体だね。俺たちを囲みこむように隠れている」
「ちょっと待ってください。先にヴォルクさんたちが先行しているのにどうして――」
「……単純なことですよ。勝ち目がない相手には挑まないようになってるんでしょう。先行した彼らには何匹がかりでも勝ち目がないと判断し、俺やスレイくん、それにアクセちゃんくらいだったら集団で襲いかかれば勝てると思ってるんでしょうね」
ナギサとスレイは、アクセをかばうかのようにアクセの前後の位置で互いに背を向けて身構える。
敵はいつ、どこから飛び出してくるかはわからない。
この中で、真っ先に狙われる可能性が高いのは、一番戦闘力がないと思われるアクセだろう。
ナギサとスレイは、アクセを護りながら戦うことを余儀なくされていた。