エピローグ
「なぜ、こんなことを!」
過去の俺の声がする。
「必要だからさ。俺には力が必要なんだ」
だが、続いたのは記憶の奥にある肉を断つ音ではなく、鋼同士がぶつかる鈍い音だった。過去の俺に向かって振り下ろされた『死の翼』の刃を、俺はすんでの所で受け止めていた。
「世界に誰も護れる者がいないと言うのなら、俺が――!」
護ってみせる!
「くっ……『時空渡り』か!」
苦々しそうに叫んだ『死の翼』に向かって俺は油断無く告げる。過去の自分を背に庇いながら。
「お前に……いや、お前の後ろにいる奴に、こいつを渡すわけにはいかない」
そう言って、灰色の髪を伸ばし、瞳の見えない男を相手に身構える。
「ふざけたことを……俺の後ろになど誰もいはしないぞ」
「かつて、俺もそう思っていたよ……」
自分の後ろになど、誰もいないと。――もう、憎しみだけで剣を振ることなど、出来そうにもない。何度殺しても飽き足りない程、憎んでいた奴なのに。それでも、俺は『俺』のためにここへ来たんだ。俺は全速力で相手に向かって突っ込み、何回か打ち合った後、隙をついて袈裟懸けに刃を振るった。『死の翼』が瓦礫ばかりの地面に倒れ込む。俺はそれを息を切らせて見届けた。
そして建物の『外』に目をやると、過去の俺につぶやくように告げる。
「――ここにはもう……何もないように見えるけど。ここを出れば……向こうにはまだ、人の住む場所がある。――行けるか?」
俺は過去の俺に手を伸ばして、立ち上がらせた。
「俺と……同じ顔? あんたは一体……?」
相手がそう訊ねた。同じ高さにある視線がぶつかる。俺はありのままを答えた。
「俺は……。時空を渡る存在。そして……違う未来を選んだお前だ」
「違う……未来」
「ああ」
相手が納得したかどうかは解らないが、俺は短く肯定した。過去の俺が、俺を見つめる。
「……助かったよ。あんたがいなきゃ、危なかった」
俺はうなずいた。――知っている。誰よりも、俺が。
「あんたの未来も、こんな風に変わるといいな」
その過去の自分の言葉に、俺は思わず息を飲んだ。驚いたのを相手に知られたくなくて、何でもない風に聞こえることを願いながら、そっと言葉を紡いだ。
「……そうだな」
まさか、そんなことを言われる日が来るなんて、思ってもみなかった。ここに来て、良かったと、初めて思う。遙か昔に切り捨て、二度と思い出したくもないと思っていた。消し去りたかった場所。
だけど――自分を呪い、消し去ったこの場所で。俺は、俺とは違う、俺の存在を認める俺に出会えた。俺とは違う俺がいるこの場所に、辿り着けて、良かった。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。もしもこのシリーズの他の話も読んでみたいと思われる方がいらっしゃれば、お知らせ下されば幸いです。