賢者の正体と決意
広間に一行が揃った。
「――来たか。……覚悟はいいのか?」
俺は賢者を見据えて、うなずいた。
「――ああ」
残る二人もそれぞれ肯定する。
「では、始める」
賢者はおもむろに、床に描かれた陣の中央に立つ。
「我は運命(さだめ)を捨てし存在。運命の戦士の名において、契約を破棄し封印の解除を命じる!」
クォオーーン!
大気を揺らす咆哮と赤い光と同時に現れたのは……赤い鳥……?
「――久しいな、我が相棒」
何だって、相棒? 俺は突如目の前に現れた、鳥を見つめた。かなりの大きさだ。
賢者はその鳥を腕に乗せ、告げた。
「私と相棒は、二つで一つの名を持つ存在。我々は、両方で一人分の運命の戦士だ」
この人も――だけど、二つで一つの名を持つ運命の戦士?
「元々鳥と共に暮らす一族の出でな。共に喚ばれ、共に継いだ。そしてこの鳥がかつて闇を封じた時空結界の正体」
「やっぱりあんたが――いや、あんた達が五百年前にあの闇を封じた運命の戦士だったのか」
「そうだ。ただ一度であろうとも、再びまみえるこの瞬間を待っていた。守護石とこの鳥でかけていた封印が解けた以上、時間がない。私と相棒の力、全てお前に託そう」
――これが、あの憂いと覚悟の正体。
「ただ一度って……あんた達は、どうなるんだ?」
賢者は僅かに痛みの滲む表情を一瞬だけ見せた……が、直ぐに平静な表情に戻った。
「私はともかく、相棒は運命の戦士の力そのもの。恐らく……持つまい」
重大なことをさらりと告げる。
「長きに渡る封印……そのためか?」
フィアレスの言葉に、賢者は苦くうなずく。
「……ああ」
『どうして……運命の戦士の犠牲はない方がいいって、あなたは言ったのに』
悲痛さを含んだアルの言葉に、賢者は僅かに渋いトーンで告げた。
「――だが、我らに出来ることがあるのなら、やるしかあるまい」
アルは悩むように唇を噛んで沈黙する。同時に鈴のような音色が空間に響いた。
「ん? 何だ?」
俺が顔を上げて辺りを見回していると、賢者が説明した。
「リアリィの結界の音だ。闇に反応している。――今のうちに、本体の元へゆこう」
『他に方法はないのですか?』
アルの言葉に賢者は緩く首を振って。
「――解らん。運命の戦士などと呼ばれても、我々は出来ないことの方が多い」
『――はい』
「それでも最善を尽くすしかあるまい」
『――はい』
そう答えたアルの眼は既に強い光を湛えている。アルが俺を見据えた。
『ソラ、闇本体の場所が解る?』
「……ああ、今なら解るよ」
俺にまとい付く闇が、どこから向かって来てるか解る。
『じゃ、意識をその場所に合わせて。飛ぶよ』
「解った」
『時空よ、かの因縁の場所に我らを導け……!』
俺達はアルの力で時空を飛んだ。
「この奥だな」
『闇の気配が強いね。――時空を渡る存在の名において、時空の守護を願う』
まるで宇宙のような時空の狭間でアルが言葉を紡ぐと、俺達の周囲から、暗闇が遠ざかる。
「では、こちらも今の内にやっておくか。――守護者の覚悟において、闇を裂く光となれ」
賢者の言葉で、フィアレスの剣が、赤い光を帯びた。
すると、ヴゥンと耳障りな音を立てて人魂のような闇が姿を現した。
「行け、先陣は引き受ける」
フィアレスの剣が、赤い光の軌跡を描きながら闇を叩き落とす。
『相変わらず、羨ましいくらいだな』
それを見て、アルがつぶやいた。
「何が?」
『フィーレの剣技。私は体育『二』だから』
「体育? 何だそれ」
聞き慣れない単語に、そう返すと、アルは少し説明に困ったように頭に手をやる。
『あー、要するにあんまり運動神経良くないってこと。私が戦えるのは、術法力で強化してるからなんだよ。――ちょっと悔しいけどね』
「ない物ねだりをした所で始まらんだろう」
フィアレスがそっけなく言う。
『解ってる。異世界の人間のたわごとだよ。ただ、術法のない世界の人間から見たら、フィーレの能力は凄いってこと』
「誉めても何も出んぞ」
『期待してないよ。そんなもの』
さらに奥へと進む。
「来るぞ――『波』だ」
『光よ!』
フィアレスの声に、今度はアルが前に出て光の結界を張った。その真剣な横顔を見つめると、アルが独り言のように口を開いた。
『あの世界が私に、『戦う自分』を許してくれた。だけど、本当は、術法がなくても強くなりたい。――どんな時も『自分』でいられる位』
――アルがここにいる訳が、なんとなく解る気がした。自分にとって、大事な物は簡単に崩れて。俺達は力を望んでしまうけれど。「それ」に『自分』を明け渡してはいけないんだ。それは多分『強さ』とは呼ばない。
「闇の中央部が解るか?」
賢者の言葉にうなずく。
「お前ならば、障害無く切り込める筈だ。――私と相棒の力、全てお前に託す」
「あんたは、いいのか? 自分でやらなくて」
俺がもう一人の当事者である賢者に、そう振ると。
「お前の方が適任だと思う。――嫌ならば替わるが」
その言葉に俺は一瞬考えた後、首を横に振る。
「……いや、自分でやるよ」
賢者は僅かにうなずいて引き下がると、言葉を唱えた。
「運命の戦士の名において、我らが全ての力、彼の者の力となれ」
鳥の声と共に、俺の身体が、赤い火の力で包まれる。
『私の力も、ソラに託すよ』
さらにアルの白い光の力が重なり、透けて桃色になる。
「もう直ぐだな……、――行くぞ」
俺は決意を込めて、闇の中央へと踏み込んだ。