同行者
俺達は、近くの洞窟内に先程の光の石で結界を張って、壁際に座り込んだ。やっと少し落ち着ける。俺は先程からの緊張を解いて、ようやく一息ついた。
「これでさっきみたいなのは入って来られないのか?」
「ああ、闇に属するもの全てな」
「そっか」
それにしても……解らないことばっかりだよな。一応ここは安全みたいだし、今の内に何か、訊いてみようか。
「二人とも、知り合いみたいだけど、どういう知り合い?」
取りあえず無難なことから訊いてみると、フィアレスが答えた。
「強いて言えば、かつての同志……といったところか。目的は違えど、同じ場所を目指した」
「同じ場所って?」
「……俺は言えん。アルに訊け」
フィアレスはそう言うと、俺から視線を外して前を見据えた。
「え? 何でフィアレスは言えないんだ?」
『私と違って、色々立場が複雑なんだよ』
「ふうん? で、アル、同じ場所って?」
そう訊くと、アルは少し考えるように首を傾ける仕草の後、答えた。
『……妖精界かな。かつて私を喚んだ人もそこにいた』
「ちなみにその時のアルって、ちゃんと人間だったのか?」
『「当たり前だ(よ)!」』
二人にやけにきっぱり言い返された……。気を取り直して質問してみる。
「どういう場所なんだ?」
『――妖精界は、こことは少し違う場所――結界の向こう側にあって、召喚術を保有する世界だよ』
「じゃあ、もしかしたら今回も? 俺も妖精界に喚ばれたってことか?」
『さあ……それはどうかな……。普通は召喚者の側に出るらしいんだけど』
アルは歯切れ悪くそう言うと、顎に手をやって何やら考え込んでいる。
「召喚者ってまさか」
俺がフィアレスに目をやると、彼は首を横に振った。
「俺じゃない」
「なら、これって今、どういう状況なんだ?」
アルは難しい顔をして沈黙した後。
『確かな事は何も言えないよ。ただ……この世界で、闇がソラを狙っているように見えたのは、気のせいかな?』
それは、きっと気のせいなんかじゃない。
『もしかしたら、ソラも、この世界と何か関わりがあって狙われてるのかも知れないね』
「あんたは、俺がどこから来たのかは知らないんだよな?」
その問いにアルは即答した。
『知らないよ。――知りたい?』
逆に問い返された。
「知りたいって言うか、訳分かんなすぎるよ。あんたの状態だってそうだろ?」
『そうだね、精神体になったのは初めてだよ』
そうなのか。何だか驚きが足りてない気がするんだけど。
「その割りには余裕あるな」
『そうでもないよ』
「そうか? まぁいいや。ところで――俺って何者なんだろ?」
今まで色々あったから、ろくに考えてるヒマなかったけど。記憶がなくて、いきなり草原まっただ中は相当変だよな。
「知るか」
フィアレスは一言で切り捨てた。
「いや、別に答えは期待してないけど。確か俺のこと『異世界の住人』って言ったよな? どうしてそう思うんだ?」
その根拠を訊いてみると。
「いきなり空間を超えてくる程の術法士など、この世界には数える程だ。後は、異世界からの訪問者だけだ」
「やっぱり、違う世界から来た……のか?」
フィアレスがこっちを横目で見ている。何となく居心地が悪い。
「――何だよ」
「異世界から何かが来る時は、面倒な事態の時が多い。お前の場合、召喚に失敗された可能性もなくもないが」
「そのせいでパーになったって?」
俺の問いにフィアレスは興味なさげに答えた。
「さぁな、ここで議論しても始まらんことだ」
「そーかもしれねーけどさ。こっちは状況がさっぱりなんだから、ちょっとは情報ゲットに付き合ってくれてもいいだろ?」
すると、僅かに溜め息をつかれた……気がした。俺もつられてため息をつく。
それにしても……。俺は声をひそめてアルにささやいた。
「なぁ、北の地って自力で辿り着くべき場所だって聞いたけど」
『あー、まぁ基本はそうだね』
「その割りにはフィアレスも普通に一緒に戦ってくれてたみたいだったよな。あいつって無愛想だけど実はいい奴?」
するとアルの表情が微かにほころんだ。
『ま、甘くはないけどいい奴だと思うよ』
「あんたも危ないところを加勢してくれたし」
そう言うと、アルは途切れ途切れにつぶやく。
『それは……多分私も無関係じゃないと思うから』
「どういうことだ?」
『はっきりとは解らないけど……私も北の地に行くべきだと思うんだ』
「ふぅん? 何で?」
『私も今の自分の状況が不明だから』
「あ、そっか、そうだよな」
不安を抱えているのはきっと俺だけじゃないんだ。アルはそのまま考え込むようにじっとうつむいてしまった。
――疲れたな。結界も張ってあるし、しばらく休むか。俺は、フィアレスに借りた毛布に潜り込んで目を閉じた。
次の日、俺達は北の地へと向かった。
「見事に何もねーんだな……」
俺は辺りを一通り見渡す。何もない平原は、しばらく歩くと、崖ばかりの山道になった。フィアレスは迷う様子もなく進んで行く。アルは、昼の陽射しのせいか、うっすらと透けた状態で、ふよふよと近くに浮いている。これでも人間……なんだよなあ……。
記憶がなくてもやっぱりこれは珍しい現象っぽい。俺が思わずアルを見つめていると、ふっと目が合いそうになり、慌てて視線を外した。
ふいに、フィアレスが崖の壁沿いに立ち止まった。
「どうかしたのか?」
フィアレスが岩陰にあった小さな石の突起を操作すると、目の前に地響きと共に隠し扉が現れた。
「へーっ。二人ともここに来たことあるのか?」
「ああ」
『あるよ』
二人とも軽く肯定する。隠し扉の奥は、岩壁のダンジョンになっていた。
『気をつけて』
「やっぱり、何か出るのか?」
アルの言葉にそう訊くと、フィアレスがひょいと細身の剣を投げてよこした。
「使え」
「あ、サンキュ」
予想通り洞窟の中はモンスター達がうろついていて、戦闘を繰り返しながら通路を辿る。
『あーやっぱり水要素が上手く操れない。一応水術法戦士だったのに』
アルがぼやきながらも、水の刃を飛ばして、敵を次々に蹴散らしている。
「充分だろう」
フィアレスの方は危なげなく、僅かに湾曲した厚みのある剣を振るっている。
『まあね、どうせこの世界でしか使えない力だから』
「この世界でしか使えない? 術法が?」
俺も会話に加わる。
『そ。守護石はこの世界の存在だからね。基本的に光術法はその力が及ぶ範囲でしか使えないんだよ』
「奥が深いんだなぁ。そう言えば、フィアレスってただの旅人じゃないんだろ? すげー剣さばきじゃないか」
俺はフィアレスに話を振った。
「ただの旅人だ」
フィアレスのそっけない答えに、アルが付け足す。
『――フィーレは剣士だよ』
「だよなぁ」
「お前も、全くの素人には見えないがな」
フィアレスがこっちを見据える。確かに俺は剣の使い方を知っているようだった。
「そうかな、――俺って何者だったんだろう」
「さぁな、直に解ることだ」
「……そうだな」
案内人がいるお陰で順調に奥へと進んで行き、地下への階段を下りると、雰囲気の違う場所に出た。何だか立派で――神殿みたいだ。
「この奥だ。――行け」
フィアレスが、奥にある白い大きな扉を示して俺を促した。
「一緒には来ないのか?」
『『自分と向き合う場所』だから、基本は一人なんだよ』
「解った」
アルの言葉にうなずき、俺は、扉を押し開けた。