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出会い

 気が付くと、辺りは日の傾きかけた夕暮れの草原で、俺の目の前には赤紫の髪に橙色の瞳をした青年がいた。年は十代後半位だろうか。そいつは腰に剣を帯び、黒を基調にした動きやすそうな服装をしている。引き締まった身体は戦士を思わせた。

「お前――誰だ? アルじゃないのか」

 相手は唐突にそう訊いてきた。アル? 聞き慣れない名だ。

「アルって? あんたこそ、誰だ? って言うか、ここどこ?」

 俺が辺りを見回しながらそう尋ねると、青年は僅かに訝しげに眼を細めた。

「違うのか。なら、お前は誰だ?」

 そう訊かれて、俺は言葉に詰まり沈黙する。自分の名前が思い出せない。まさか……記憶がない?

「俺……誰だ?」

 絞り出すようにそう言って記憶を探ってみたが、自分の中には何もなかった。

「何で俺こんなトコに……そもそも俺って何やってたんだっけぇ?」

 多少パニックを起こして頭をかきむしる俺に、青年は煩いと言いたげに首を横に振る。

「……知らん。お前は、アルとは別人か?」

 もう一度、念を押す様に訊ねられた。

「……悪い、本当に解らないんだ」

 そう答えると、相手は僅かに表情に陰りを見せて、つぶやいた。

「異世界の住人か……。どちらにしろ、『北の地』に行けばわかることだろう」

「え? 北の地って?」

「……己の真実と向き合う場所だ」

 それだけ言うと、そいつは向きを変えてさっさと歩き始める。

「あ、おい、ちょっと待てって!」

 訳解らんまま、こんな場所で置き去りはカンベンだ。俺はとにかく、情報ゲットのためにそいつを追いかけることにした。

「なあ、あんたは俺のこと、何か知らない?」

 横に並んでそう訊ねてみたが、そいつは厳しい眼差しで一蹴した。

「お前がアルでないなら、何も知らん」

「アルって、さっきから言ってるけど、何者?」

「……異世界の知り合いだ」

「異世界? 何だそりゃ? 意味解んねーんだけど」

 そいつは厄介そうにため息をついたが、それにめげている場合じゃない。

「取りあえず、あんたの名前は?」

「――フィアレス」

 一応、質問には答えてくれる様子だ。俺はそのことに少しホッとしながら口を開いた。

「ふーん、俺も何か名前とか考えないと駄目かな、呼ぶのに不便だし」

 とは言ったものの、とっさには思いつかなかった。忘れた自分の名を考えるというのも、妙な感じだ。俺は頭を抱えた。

「う……浮かばん……なあ、あんたは何かないか?」

 横にいる唯一の手がかりにそう訊いてみると、そいつは正面を見つめながら面倒そうな顔で独りごちた。

「俺には、異世界から来た知り合いが、お前に変わったように見えた」

「変わったぁ? そんな馬鹿な……」

 とは言ったものの、記憶がないので自然自信のない口調になる。

「お前は時空(トキ)を超えし存在(モノ)。――呼び名は宙(ソラ)でどうだ」

「ソラ?」

 意外にも、一応考えてくれていたらしい。

「この世界では珍しい、空間術法のことを宇宙(ソラ)と言う。お前のように空間を越えたり、逆に結界としてへだてたりする能力がある」

 俺には自分が空間を超えてきたなんて、ちっともピンと来なかったけれど。

「ふーん。ま、呼び名はそれでいいや」

 ソラと言う名は悪くないと思ったので、俺は了承した。

「で、あんたはヒマ? 出来れば案内とかしてくれるとありがたいんだけど」

「……いいだろう。お前の正体が気になる」

 冷静な口調は、別段親切心とかじゃないって感じがした。まあしょうがないか。多分こいつは、俺とこいつの知り合いが関係あるのかどうか、気にしてるんだろう。

「言っておくが、手助けは期待するな。北の地は本来己の力で辿り着くべき場所だからな」

「ふうん」

 意味はよく解らなかったが、俺は軽く相づちを打つ。

 こうして俺は、ソラという名で、戦士風の青年――フィアレスと同行することになった。

「北の地には、『主』と呼ばれる『この世界を見通す存在』がいる」

「はあ」

 いきなりの展開についていけていない俺は、気の抜けた返答をする。

「行けばお前の正体も見えるだろう。辿り着ければ、だがな」

 あっさりと付け加えられたフィアレスのその言葉に、俺は嫌な予感がした。


 その日の太陽が落ちた後、割と直ぐに異変は起きた。フィアレスが不意に剣の柄に手をかける。

「――何か来る」

 フィアレスの言葉に辺りを見回すと、現れたのは、闇夜より濃い黒色をした人魂みたいなモノが五、六個。それを見たフィアレスは見覚えがあると言った風でつぶやいた。

「『闇』か」

 聞き返すより先に、滑るようにこっちに向かって飛んで来たそいつらに、フィアレスは腰の袋から取りだした、白い石のようなものを投げ当てた。瞬間、鋭い光が弾け闇が消滅する。

「こいつらに物理攻撃は効かん。お前、何か術法は使えるか?」

 フィアレスの言葉に、俺はこう答えるしかなかった。

「うーん、使い方が解らない! 術法って宇宙以外にもあるのか?」

 フィアレスは一瞬嫌そうな顔をした……が、質問には答えた。

「ある。主に自然界の要素を行使する力だ。異世界の者でも術法は使える。火、水、土、風、宇宙、のどれかが基本になり、それぞれさらに、光と闇の属性に別れる。『守護石』の正の力を使えば光、『形のない闇』の邪の力を使えば闇だ」

「ふーん、……あんたは?」

「俺は、」

 フィアレスが何かを言いかけた時、再び闇が襲って来た。今度は数が多い。それに。

「な、何で俺に集まって来るんだよっ?」

 そいつらはなぜか俺にたかって来た。物理攻撃が効かないなら、避けるっきゃないだろ!

俺は慌てて、身体を沈めながら闇の下を一目散に駆け出した。

「うわっ!」

 直ぐ真上でフィアレスが投げた光が弾けた。こっちまで衝撃が来て皮膚が震える。一応援護なのか? だが、消し切れない闇がすり抜けようとした俺の前方からも俺に迫って来る。

やばい! と強張らせた身体に、闇が触れようとした瞬間。

『光よ!』

 直ぐ傍で俺でもフィアレスでもない少し高めの声が響いた。

「うわっ?」

 俺を中心に、稲妻が横方向に走り、闇を正確に蹴散らす。光の余韻が残る辺りの空間に、闇の気配は完全にかき消えた。そして突然、目の前にふわりと人影が浮かび、俺は息を飲んで身を引いた。微かに発光している。何だ?

「――アル」

 フィアレスがその人影に向かって、驚いた様子も見せずにそう呼びかけた。

 これがさっきから話題になっていたアルなのか? 風変わりな紺の装束を着た深い栗色の短い髪と瞳をした少女は、やや覇気のない声で、フィアレスに向けて口を開いた。

『やあ……フィーレ……』

 その声はどこか現実感がなく、空間に響くようだった。

「フィーレってフィアレスのことだよな。アルって人間じゃなかったのか?」

 そう聞くと、ちょっと不機嫌な顔をされた。

『確かにフィーレはフィアレスの愛称だけど、自分は人間だよ』

「でもその姿……」

 そう指摘すると、アルは少し困った様子で自分の姿を見下ろした。フィアレスは、ああまた面倒ごとか、とでも言いたげな視線をアルに投げて、簡潔に訊いた。

「何があった、アル」

 するとアルは、ちょっと肩をすくめた後、説明を始める。

『こっちの世界でしか使えない筈の『心声』が向こうの世界で聞こえたんだ。意識を合わせて聞き取ろうとしたら、光が……丁度今の私みたいな精神体らしい光が、空間転移して来て、気が付いたら……この状態だった。場所もこの近くに転移してたし……不覚を取ったってことかなぁ』

 アルの言葉には、あまり緊張感は感じられない。

「それって……どういうことなんだ?」

 俺が首を傾げてそう訊ねると、アルは考え込むように視線を落としてためらった後。

『『北の地』に行けば、きっと解る。夜の間は結界でも張って、休んだ方がいいよ。何でか、闇の気配がする。それに、私も『媒体』なしで術法を使うのは辛いし』

「そうだな、持って来なかったのか」

 フィアレスの問いに、アルは溜め息をついた。

『この状態じゃ、物理属性の物は持てないから』

「ああ、そうか」

「あの、『媒体』って?」

 何だか訊いてばっかりだな、俺。アルは顔を横に動かして俺に視線を向ける。

『術法を使う時、自然界の要素を仲立ちする媒体として、特殊な鉱石が練り込まれた武器か装飾品が補助として使われるのが普通なんだ。――ないと、自分の『光』を使う必要があるから、疲れるし、よほど相性のいい要素じゃないと使えなくなる』

「へぇ」

「おい、行くぞ。闇が来る」

「あ、うん」

 先に歩きだしたフィアレスに続いて、俺達はその場を後にした。


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