プロローグ
不定期投稿となる可能性がありますが、よろしくお願いします。
東京杉並区の住宅街にある一軒家の一室で、部屋の住人である小林優理は、勉強机の前に座って小説を読んでいたが、突如として顔を上げ、音を立てて椅子から立ち上がった。
まだ僅かに幼さが残る顔立ちに、深い栗色の短い髪と瞳。自分の女らしさなどに興味のない彼女は、初夏にはまだはやいのだが、最近部屋着として紺色の甚平を愛用していた。これが意外と軽くて涼しく、動きやすいのだ。服装はともかく、彼女は素早く周囲を見回し、それが外からの音ではなく、直接頭に響いてくるものであることを確かめた。
(……何か聞こえる。この感じ――『心声』(こえ)? この世界には存在しない筈の異世界の術法……。でも、確かに聞こえる……)
一度、異世界に召喚されたことがあり、向こうではアルの呼び名を持つ、異世界大好きなその少女は、微かに聞こえるその声を聞き取ろうと、眼を閉じると意識を集中する。
すると、目の前に、淡い光を湛えた白い玉が飛び込むようにして空間転移して来た。
双方の視線が合った。そして再び運命の歯車が廻り始める――。
同時刻、異世界メント国領にある、時空の接点痕。王都レオカリスから程近い草原の中、突然目の前に空間転移して来た見知った顔に、赤紫の髪の青年――フィアレスは、足を止めて声をかけた。
「……アルか?」
かつて異世界から来た、価値観の違う知り合い。ライバルと言ってもいいだろう。
だがアルは、フィアレスの言葉など聞こえていない様子で、その瞳は何も映しておらず、フィアレスの質問にも答えない。しかもアルの姿は淡い光に包まれながら揺らいで、酷く不安定に見えた。そして、一際大きな揺らぎがアルの姿を包み込んだ後――目の前にいたのは、かつての旅の知りあいではなかった。
その姿は見る間に、見たこともない黒髪、黒い瞳の少年のものに変わっていた。年はアルと同じ十代半ば位だろうか。着ていた紺色の衣服も黒の上下と緑のマントになっている。
(姿が変わった――?)
その奇妙な現象に、流石に少しばかり驚いて、フィアレスは橙色の瞳を二、三度瞬いた。
「お前――誰だ? アルじゃないのか」
やや警戒しながら目の前の少年に訊ねると、今度は反応が返って来た。
「アルって?」
少年は訳が解らないといった顔で、フィアレスを見つめて聞き返した――。