ゲームしましょう! 前
しゅるりと首に巻いていたタイをほどく。派手にするためわざわざ巻いていたそれを解くと、なにか解放された心地がした。
今まで張りつめていた気がほどける。衣装用のスーツを脱ぎ、軽く畳むとそばの机の上においた。アインスの部屋となっている一階の一室は簡素なもので、木製の机に簡単な筆記具、小さな衣装タンスとベッドが置かれただけだ。机の上に衣装を放り置くとベッドにごろりと転がった。
だいたいまだ本調子ではないのだ。身体中のマナが暴れているせいで熱も出ている。人に見られていなければここまで起きていないだろう。もっと早くに倒れている。その事では昨日家まで多少乱暴にでも連れて帰ってくれたカノンには感謝しなければなとふとおもった。
「ええと……エクレとクレインが今一緒に昼食中で……カノンが戻り次第次の行動を考えて……その前に今日の夕食どうしましょう……昼食はシチューでしたし……カレーじゃありきたり……だし……」
疲れがたまっていたのだろう、下りてくる瞼に抗えない。襲ってきた眠気に辛うじて抗い意識だけでも保つ。
「おーいアインス、エクレが……ってどうした、具合悪いのか?」
ノックもせずにエクレと話しているはずの少年が部屋のドアを勢いよく開けた。見られるつもりがなかっただらしない姿をしている自分を省みて軽く自嘲する。
「いえ、問題ありませんよ。ところでクレイン、どうしたんですか?」
重い頭を無理矢理おこすと怠い体を動かしベッドに座る。何故ノックをしなかったのかと嫌味を言いたくなったが口に出さず胸の奥にしまった。どうせ向こうは通常運転なのだ。嫌味を言ったって軽くかわされる。
「あのな、エクレが外いきたいって。でも、そういうわけにいかないだろ、だからゲームでもしようと思って誘いに来たんだ。二三回やって夕飯の買い物とかいけば気も紛れるかなって。人数いないとつまらないしさ。」
「……わかりました、やりましょうか。何をするんですか?」
ワイシャツをいつものやつと取り替え、黒いネクタイを結ぶ。眼鏡をかけ直すと、話ながら階段を上がっていった。
「トランプやろっかなって。大貴族。八切りのみ、階段、革命縛りは無しで」
「……嘘つきの方が好きなんですけどね。個人的には。」
「この人数でやったってつまんないし、お前の一人勝ちだろそれ。お前ポーカーフェイスじゃん。大貴族やるぞ、エクレが待ってる。」
二階の真ん中の部屋、そこは子供部屋だった。アインスが幼い頃養子として連れてこられた時に与えられた部屋。今は別の部屋を使っているが、ゲーム類はここに今でもおかれている。
「……思ったんだけどさ、エクレの部屋ここにしたら喜びそうじゃね? 好きそうだもん、こういうの。」
「……彼女が気に入ればそうして良いですよクレイン君。エクレ? どこですか? 真ん中の部屋に来てください。カノンが戻ってくるまで遊びましょう? クレイン君、お茶をお願いします。」
「へいへい、ただいま。」
おもちゃ箱のなかを漁るとそれはすぐに見つかった。ほとんど使われず、未だに新品のようなトランプ。子供時代本ばっかり読んでいたので使ったのは一回くらいだったなとふと思い返した。
ヨーク村は貴族の避暑地として有名なアスデルンの街の近くにある。そこそこ裕福だった養父母の別荘として使っていた、あの頃を思い出した。
聞けば何でも答えてくれた優しい父。お菓子を焼いてくれた母。ある本で見つけた魔術式を試してみたのもここだった。
「懐かしいですね、あの人は元気でしょうか……。」
「アインス? アインス、大丈夫です? もしかしてまだ具合悪いんです?」
「おやエクレ、少しばかり昔の事を思い出していただけですよ。ここは懐かしいことが多すぎるんです。もう長い間使ってなかったのでボロボロかと思ってたんですけどね。あ、そうでした、カノンが今日の夕方から出掛けてアスデルンへ買い物へいこうと誘いたいといっていました。気晴らしにでもいってくればいかがです?」
「本当です!? 本で読みました、水の街アスデルン! 噴水と海があるんですよね? 楽しみです!」
パッと表情が明るくなり、声音も明るくなる。少しばかり暗かったのだが明日の買い物で頭が一杯なようだ。階段を上がってくるクレインにも気づかずに、浮かれている。
良い傾向だ、とアインスは思った。今まで神託や王家の事を考えすぎて表情が暗かった。
エクレがこんなに喜ぶのなら……と考えてしまいそうになり、その思考を脇にどけた。自分らしくないと思ったからだ。
どうも今日はおかしいなと感じるのはまだ癒えない傷の性なのか、それとも熱の性なのか……それとも……と思考を巡らせている時、タイミングよくクレインが上がってきた。
「さあ、やりましょうか、ルール説明お願いしますねクレイン君。」