カノンの過去と
カノン・アンティアは暗殺者だ。とある貴族がアンティア族と遊んだ結果として生まれ、捨てられた。幼い頃からスラムで長い間過ごしてきた彼女たちはハニー・ビーという裏ギルドですべてを学んだ。人の殺しかたも、アイテムの種類や使い方も、人との関わりかたも。魔力回路が無いアンティア族はただでさえ普通の人より劣っていると言われ蔑まれる。ハーフである彼女も例外ではなかった。
双子だった故にそれぞれ自分を見てもらえることは少なく、幼い故にただ利用され、使われた。ただのカノンとして、ただの暗殺者として。カノンとカインの違いなど、使用する側にはなかった。
手から血の臭いは途切れず、肉を切った感触は未だに忘れられない。
今でも夢に見るのは暖かい家庭。拾われた5歳からずっと、一年前まで。漸く見なくなった夢は絶対にそれが来ないのだという確信とともに炎に包まれたギルドハウスに捨てられた。
ようやく手にいれた紛い物の温もりは、炎に包まれ消えていった。依頼で外に出ていて巻き込まれずにすんだことは、今でも幸運だったのか疑問に思う。裏ギルドで働いていたみんなは、カノンとカインを残して空へと旅だった。
結局、まともな温もりも、人との関わりかたもまともに教わったことはなく……カノンとカインは14の年までなんとか生き延びてきた。合言葉は二人で一つ。それだけを信じて離れないようにした。いつかこの家業から抜け出したら……そんな妄想をしながら背中合わせで。
だからこそ彼女たちは決めた。いつか自分をちゃんと見てもらおう。見てもらった人に、区別をつけてもらえた人に一生涯仕えようと。それこそが自分達の幸せに繋がるだろうと。
背中合わせの二人にとって、はじめて区別されたその人は……あったばかりにも関わらず、トクベツになった。
「……だからさ、心配しなくても大丈夫だって。ボクたちはエクレに手を出したりしないよ。そんな依頼も受けてないし……なにより受けるつもりもないし。ボクたちはこれからちゃんとエクレに仕えてく。エクレが嫌がっても、守る。……もうこれでいい? アインス。そろそろエクレを着替えさせに戻りたいんだケド。」
階下の一室に呼び出され、アインスから質問を受けていたカノンは退屈そうにいった。
エクレが朝食の続きをしている間、アインスにつれてこられたのだ。二人しかいない部屋はしんと静まり返っていた。
「ふむ……まあ、いいでしょう。すみませんね、長時間。アルフェリオからの使いとはいえ何故ここまでついてきてくれたのか疑問に思ったものですから。……あの貴方が変わるものですね。そんなにエクレは大事ですか?」
「ああ、大事だね。エクレを殺したり傷つけたりしたら許せないくらいに。だってそうでしょう? ボクたちにとってははじめての、認めてくれた他人だ。ボクを、ボクたちをボクらとして見てくれたはじめての人だ! 絶対に、危険な目なんて合わせない。例えどんな手を使ってでも……守り通して見せる!」
狂気をおびはじめたカノンの顔を、アインスは観察するようにただ眺めていた。
アインス・ケルニコスが狂った人間を見るのは初めてではない。寧ろ研究所に居た長い期間からか慣れている方だ。どのくらい狂っているのか、何となくだが肌で感じていた。
研究所で働いていた科学者が活きの良い実験動物を見つけたときのような顔だ。いやそれよりまだましか。あっちの方が嬉々としてメスを手に取る分質が悪い。十数年前自分を眺めてきたあの目を思いだし、うっすらと背筋に怖気が走った。
「ん、アインス、どうしたのさ? 大丈夫? 顔色悪いけど。」
「いえ……少し昔の事を思い出しただけですよ。それより殺気をしまいなさい。珍しく漏れ出てますよ。私にも感じられるほどに。」
「あれ、気づかなかった。ごめーんね♪」
「かわいい声と顔で誤魔化されませんからね。……着替えてきます。いつまでも闘技場のこんな格好では示しがつかない。ああ、カノン、調べておいてもらいたいことがあります。……エクレにも関わることかと。」
「……わかった、今すぐ超特急で調べておくよ。カインがね」
「弟さん、でしたっけ? 良いように使われて……同情しますよ。あなたも着替えたらどうです? その格好、この村では目立ちます。」
ショートパンツにギリギリまで肌を露出しないような黒いハイソックスはともかくとして、へそを出し胸だけを辛うじて覆っている青い上衣は露出が多すぎる。王都外れの田舎村にこんな派手な格好の人はいない。
「良いじゃん別に。こーんなの一杯いるって。あのさ、エクレと一緒に町いきたいんだけれど。お洋服買いにいきたい! エクレと一緒にお買い物! ねーいいでしょアインス~。お願い~!」
「ついでにエクレの靴も買ってきてください。クレインを荷物もちにつけましょう。今日明日でいってくれば明後日から遺跡に行けるはずです。早く、彼女を楽しませてあげましょう。クレインもあのバカなりにそれを望んでいるようです。」
「んじゃカインの手伝いしてくるかな。今日の夕方から出掛けるよ。明日のあさ馬車に揺られながら着くように。馬車の手配よろしくねー。」
「やれやれ、高く付きそうですね。やっておきますよ。……お願いしますよ、あの件、事によっては大変なことになる。アルフェリオがなにか考えているでしょうが、どうなるかわかりませんからね。出来るだけ多く、早めに新鮮な情報をお願いします。」
コクりと頷くと、駆け出していった。馬に飛び乗り、鞍もつけずに嘶かせ猛スピードでだ。
アインスは心のなかでこっそりと、カノンの無事を祈った。
(聖ルシアのご加護がありますように……)
「はぁ、らしくないですね……私が神に祈るとは。……頼みましたよ、カノン。」
毎度遅くなってすみません!
書いてるうちにごっちゃになってきたのでここでカノンくんorちゃんの説明をします、読み飛ばしてくれて構いません!
カノン・カイン
アンティア族というマナゲートが無い(魔法が使えない)特殊な一族と人間のハーフ。貴族の父とアンティア族として父に仕えていた母との間に生まれたが、役立たず扱いされ四歳のときにはスラムで暮らしていた。五歳のときに暗殺・諜報・潜入・薬等を扱う裏ギルド「ハニー・ビー」に拾われ暗殺者としての訓練を受ける。十歳の頃には幹部候補になるほど成長していた。十二歳のときアルフェリオ主導のギルド連合による裏ギルド粛正にあい、ハニービーは壊滅。カノンとカインだけが残った。青緑色の髪を持つ双子の暗殺者。
アンティア族
マナゲートがないため、魔法が使えないが小さいからだとすばしっこさで諜報に向いていると貴族に囲われることが多い。とがった耳が特徴。人よりも聴覚、嗅覚、視覚が優れる。
読んでくれてありがとうございます!