目覚め、動く
遅くなりました!
言われた通り下に降りようとベッドの上から靴を探してみると、きれいに揃えられて置かれていた。そうだ、と思い返してアインスの方を振り向く。
「アインス、アインスも一緒に行きません? 多分クレインたち心配してると思います。昨日無理したって怒ってましたもの。」
動く気配のないアインスにエクレは誘いを掛けてみる。アインスは少し困ったような笑みを浮かべた。
「その申し出は有り難いんですけどね。動けないんですよ、昨日無理したからって今クレインたちにベッドにぐるぐる巻きにされちゃってまして。起き上がることすらできません。」
「ええ!? それは大変です! ほどいてもらえるようクレインに頼んできます!」
急いで靴を突っ掛け、小走りで入り口横の階段から降りようとしてーー器が色々と載った盆をもって上ってきたクレインとぶつかりそうになった。すみません、と謝りながらエクレは体をずらし道を開けた。
「なあ、エクレ、もう大丈夫なのか? 体とか痛くないか? 昨日早かけしたから」
「ええ、もう平気です。こう見えても正教会の公務で色々出掛けたりしてますもの。」
「そっか、そりゃよかった。あ、飯持ってきたんだ。アインスの分と一緒に。冷めないうちに食っちゃおうぜ。」
盆をもってない方の手で部屋の中を指し示す。さっきまでエクレが寝ていたベッドの上に二人して座り、間に盆を置く。載せられた2つの小ぶりな鍋の上からはもうもうと湯気が絶え間なく上がっている。小ぶりな椀に鍋の中のシチューをよそってスプーンと一緒にエクレに渡す。
お腹がよっぽどすいていたのだろう、はふはふと美味しそうに食べるエクレを見て、クレインは微笑んだ。もう一つの鍋から粥をよそるとシチューをかけアインスの口元に持っていく。
「ほらほらアインスあーん。」
ぷいと顔を背けてアインスはスプーンを避けると、詠唱もせずに木製のスプーンを灰にした。
相当苛立っていたのだろう。それでも感情を圧し殺して微笑みながら彼は言った。
「ねぇ、クレイン君。もうあれは使いませんからさっさとこれほどいてくれませんか? 今なら怒りませんから。ね?」
「良いから寝てろよクソバカアインス。お粥ならあーんしてやるか・ら・さ。」
怒り心頭に達している様子のアインスに、わざとらしくふざけた口調でクレインは言った
大体昨日無理したアインスが悪い。そう思っているクレインにアインスの怒りは無視できる。
二人が静かに争っている様子をみて、エクレがおずおずと喋り出した。
「あの……クレイン、もう勘弁してあげたらどうです? 何をやったのかは私にはわかりませんが、アインスも怒ってますし……それにこのままじゃアインスは餓死しちゃいます。」
「じゃあ言うけど、あの森の中こいつがぶっ倒れるまでやったことはわざと自分の中の魔力を暴走させることだぜ?」
「……どういうことです?」
魔力とは生物の体や空気中に漂う、魔術を使うために必要なエネルギーのことだ。空気中にあるマナを自分の体を媒介にして集め、自分の持つマナと混ぜ合わせ、自分のものと設定し操りやすくする。そして操りやすくした状態で詠唱し魔術を使うのが今の主流のやり方だ。自分のマナを空気中を漂うマナより多く使うため
マナの量と消費を押さえることは実力に直結する。
魔力で煮炊きし、明かりを灯し、機械を動かすこの世界にとってマナは無くてはならない存在だ。マナ不足は生物の死に直結する。そして、それが暴走すると言うことは。一時的に許容範囲を越えたマナが体にはいるとマナの大量摂取により体がバランスの崩壊を起こし、最悪死に至る。
「……俺が所属するこの山猫の巣って言うギルドは曰く付きのやつばかり集まっててな、人外が集まってるんだよ。……俺は、昨日みたろ、ユリウスの呪歌。聖ルシアに逆らい反旗を翻した帝国の将軍ユリウスがルシア率いる正教会軍に敗れる直前、世界に広めた今でも伝わる呪いの歌。呪われた者が使うと髪の色が白くなってゆき、黒い靄のようなものが辺りに撒き散らされる。正教会が発布した見分け方全部当てはまってるもんな。で、アインスは昔弄られたらしくて。貴族のお抱え研究者に。身体中にあるマナの取り込み口でも一番大きな目に他の人より大きなマナの取り込み口が有るんだ。そこから大量に取り込んで魔術と言う魔術をランダムに撒き散らす。昨日の爆発音の正体だ。カノンは人殺しだし。あの年齢で数年前まで裏ギルドの幹部やってた。」
「その説明ではわからないと思いますよクレイン君。王家の娘は大抵の場合殆どの事を教えられません。政略結婚の道具ですから、下手に知識を持たれると困るという理由で。多分聖ルシアやユリウスの事はわからないと思います。マナの事も知らなかったんじゃないですか?」
「ええ、そうなんです。はじめて聞きました。私は今まで特別な事情がない限り城から出ることは許されなかったんです。たまに出れるのは導師のお陰で……ルシアの神託で、18の歳に聖地ゴルドマーレへ行き、神に仕えることが決まってましたから、聖ルシアの話や治癒術の事は教えられてましたし、慰問として近くの村に行くことも出来ました。私はまだいい方で……四つ上の姉などは礼儀作法以外何も教えられなかったそうです。今の夫に嫁ぎに行くときはじめて外の世界を知ったと喜んでいました。こんなにも外が良いものだとは知らなかったと。」
それを聞いて、クレインは考え込むように俯いた。正直なところ、彼はそこまで王族に自由がないことを知らなかったのだ。王族というものはいい食事を取り、自由に暮らすと思っていたクレインにとって衝撃だった。
「……マジかよ。……おい、アインス。これからどうするんだ。このままエクレを城に帰して良いのか? この状態で帰したら、俺頭悪いから間違ってるかもしれないけど、まずい気がする。……俺、なんか間違ってるか?」
「いいえ、間違ってはいませんよ。正しい反応です。いやぁ人をぐるぐる巻きにして動けなくした張本人からまともな言葉が聞けるとは……狂ってなくて何よりです。」
「おいアインスてめえ! ……あー、わかったよ、ほどけばいいんだろ。今やるから待ってろ。」
「その必要はないですよ。」
マナに鈍感なクレインでもわかるほどの濃いマナが動いているのがわかった。バチリとした音が響き微かな煙が上がる。縄が焦げ、自由になったアインスは起き上がると軽く屈伸をし、調子を確かめた。
「おいアインス! 無茶は……」
「してませんよ。大体こんな状態で会話に参加しろと言う方がおかしいんです。さて……カノン、いますか。いるなら出てきてください。話し合いたい。」
眼鏡を押し上げ、表情を隠しながら静かに言う。冷静になった部屋の空気をぶち壊し、カノンが天井裏から飛び降りた。
「いぇ~い! 呼ばれてなくても飛び出るつもりだったカノンちゃん参上! エクレ元気? あ、なんだアインス生きてたの。クレインも無事そうで残念だねー。あれ? エクレ! 怪我してるじゃん! 服もボロボロ! 着替えないと! あーもうこれだから男子は困るね! 後で町へ買い物いこ! エ~クレ!」
いつも通りのハイテンションでくるくると表情を変え、カノンはエクレの側に腰かけた。
昨日出会ったカノンとは違う様な違和感をエクレは感じ、少し困った顔をした。
「カノン……です? 昨日と全然違いますね、何でです? 昨日は男の子でした。今日は女の子です。それに顔が違います。もしかして、カノンのお姉ちゃんです? 兄妹そっくりです。」
エクレの言ったことにぎょっとして顔を見合わせるアインスとクレイン。当事者のカノンは困ったように微笑んだ。
「……何でばれちゃったかなー。今までクレインとアインスはともかくアルフェリオ達にもばれなかったのにー。うん、そうだよ、お姉ちゃん。双子なんだ、ボクたち。良くわかったよね、エクレ。……それはそうとさ、ボクの事はいいから話戻そうよ。これからどうするのさ。いつまでもここにいるわけいかないでしょ。」
「そ、そう言えばここはどこなんです?」
エクレの最もな質問に答えながら、まだ呆然としている男たちを脇において会話は進んでいく。
「ヨーク村、の外れ。王都からするとザール山脈に近い右っかわかな? ここはアインスの生まれた家だよ、なんだ、そこのダメ男コンビ伝えてなかったの? ダメダメじゃん。不安になっちゃうでしょ? 早めに伝えてあげなよ。……でさ、エクレはこれからどうするのさ。ボクはしばらく休暇もらったからエクレがどんな選択しようとついていくよ? 今の雇い主はエクレみたいなものだし。……それにボクエクレについていきたいし」
最後の方は恥ずかしかったのだろう、俯きながら言うカノンの質問に、エクレは悩まず告げた。それはエクレがずっと持っていた願い。城の中に閉じ込められながら、絵本を読んで願った夢。どうしても、叶えたかった。
「……私を、近くでいいんです。冒険につれてってください。それが終わったら、城に戻ります。そして聖地へ行きます。だから、どうか……お願いです。私は城や聖地に赴いたら、もうそこから出られなくなります。この機会が最後なんです。……どこでもいいんです。外をみたい。誰かと一緒に、短くてもいい、旅に出たい。」
懇願しながら告げる言葉は真摯だった。その言葉は、その場にいたもの全てに静かに響いた。
「……いいぜ、叶えてやる。世の中のすべてが叶えられないとしても、世の中から外れた山猫達がその依頼、お受けします、だ。……アインス。」
「……ここから近いのはスーミア遺跡ですね。そこまで行きましょう。カノン、でいいんですよね? 彼女……エクレに旅装を。私達は支度が出来次第、村の入り口にいます。クレインは武器のメンテを、私の分までお願いします。さあ、動きますよ。」
パン、と乾いた音が鳴る。それぞれが動き出した。
……正直受験生がこんなんやってていいのかという突っ込みはなしで。
遅くなってすみません、最近忙しいですが、出来うる限り一ヶ月に一回は更新したいと思ってます。