俺の名前は
先客は湯気に隠れて姿は見えない。
「誰だ!? こんな時間に、風呂場にはいつも誰もいないはずだぞ!」
驚いてつい大きな声をあげてしまったクレインの耳に聞こえてきた弁明をするその声は、誰がどう聞いても女子の声だ。
「申し訳ありません! 旅の途中で賊に襲われてしまい、ここに辿り着いたのですが、汚いから入れとラブロにしつこく言われてしまいまして……気分を害したようなら今すぐ出ていきます。」
声が聞こえてきた方を見ると、ピンクの髪に高そうな模様入りの翡翠のイヤリングをつけた少女がいた。年は16ぐらいだろうか。こういう風呂に入るのがはじめてなのか恥ずかしそうにタオルで体を隠している。
背中を見せないように深く湯に潜るとクレインは顔だけを横に背けた。
「いやいーよ。別段気にしてな……ん? ラブロ? ラブロてここのオーナーだよな。あんたの知り合いなのか?」
「ええ、父の友人です。賊に襲われた後、通りかかったラブロとその従者が助けてくださいまして。あ、申し遅れました、私はエクレーム・フォン・エンハンブレと申します。あなたは?」
「ああ、俺はクレイン。ただのクレインだ。えーっと、エクレーム・フォン・エンハンブレ? 長いな、エクレで良いか?」
そう聞くと彼女はぶつぶつと「エクレ・・・・・・うん、うん。」というと顔を輝かせてこちらを見る。
「エクレ、良いですね! 私こういう風に呼ばれるのはじめてなんです! ええ、これから私はエクレです!」
「そりゃ良かったな。で、俺ちょっと向こう向いてるから着替えて出たらどうだ? このままってのもおかしいだろ。」
いまこのまま自分が出たら背中が見えてしまうかもしれない。それだけは避けたい。だから彼女に出ていってもらおう、そう考えて発した言葉は彼女が行動を起こす前に突然の乱入者によって防がれた。
「クレイン!? 大変です! アルフェリオからの緊急の連絡です! 至急上がって下さい! って女性と混浴!? いったい何してるんですかクレイン君!今そんなことをしている場合では……」
「アインスこそ落ち着け。別に混浴したくて一緒な訳じゃないし。それより連絡ってのは?」
「アインス? もしかして……アインス・ケントニスです? お父様の副官だった……行方不明と聞いてましたがもしかして……」
二人に質問され、どうしようかとアインスは大きく深呼吸をする。
「一周回って落ち着きました……。ともかく早く出てくださいクレイン君。お嬢さんも聞きたいことがあるなら私どものテントへどうぞ。たいしたおもてなしもできませんが、それでよければ。さぁ、話はそれからにしましょう。」