表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

なれてきた日常

 「ふっ、てやっ、はぁっ!」

 鋭く剣が舞う。闘技場の縁はあと少し。ここから落とせば自分の勝ちだ。一気に方をつけようと上段に構えて降り下ろした剣を弾かれた。剣は転がり数メートル離れたところまでいってしまった。他に自分の武器はない。首元に突きつけられた剣先を見ながら両手を上げた。

「参った、降参だアインス。剣を下ろしてくれ」

 言われた通り剣を下ろすアインスと呼ばれた青年はため息をつきながら呆れたように言う。

「これが実戦だったら死んでますよ、クレイン君。全く元貴族様は。一週間後には貴方も闘技場に出るんですよ? 」


 クレインと呼ばれた16才くらいの少年はこの国では珍しい黒髪に後ろ髪に一房銀髪が混じった髪。この容姿はよくも悪くも目立ちやすいが、闘技場という目立ってなんぼの場所では重宝される。人付き合いのよさと持ち前の技量、ノリの良さで今まで何事も乗りきってきた少年には、闘技場の試合で生き残れるかもわからない。わざときつい言葉をかけながらアインスは支給されたボロい剣を鞘に戻した。

 クレインは前髪をかきあげ、軽く結んでいた後ろ髪をほどくとアインスから渡されたタオルでごしごしと大量の汗をぬぐう。


「それはわかってるけど、俺だって好きでこんなところ来た訳じゃない。目的が達成されれば出るまでにとんずらできるだろ?」


 クレインが家を追い出された直後、王都で出会った初めての友人アルフェリオは今や出世を重ね王国重鎮の一人から直々に依頼をされる五大ギルドの一つ、シュヴィーグザーブのギルド頭となっていた。今回の依頼もその重鎮からだと聞いていた。アルフェリオからほとんど無理矢理押し付けられたナーリオ闘技場の調査という仕事も、その重鎮からだと聞いていた。


 クレインとアインスが所属するギルド、山猫の巣は依頼に文句を付けられない中小ギルドだ。五大ギルドの長の命令は絶対やりとげなければいけない。


 今回の依頼は闘技場に潜入し、オーナーであるラブロの不正を暴くことだ。今までの無理難題より遥かに楽だったこの依頼は簡単に進み、この一ヶ月以上の調査で大分証拠が見つかり、後は現場を押さえるだけとなっていた。


「そうですけど、もう一ヶ月経つのにラブロの不正現場を押さえることなんて出来てなくて、この一週間何も進展がないじゃないですか。このまま調査を続けるなら闘技場に出るはめになるかもしれません。やれるべきことはやっておいた方が良いと思いますし。さて、今日はこのくらいにしてテントに帰りますか。行きますよクレイン君。」


 地べたに落ちたクレインの剣を拾うとアインスは割り当てられた天幕まで歩き始めた。背筋をピンと伸ばし、衣装をピシリと着こなす彼の印象は闘技場という場所でも、闘技場の派手すぎる服を着ていても、真面目の一言しか浮かばない。


「そいや、今日の夕飯なんだか知ってるかアインス。ユーチェリアが食事当番だそうだ。覚悟しといた方がいいぞ。」

 ここに来てもう何日も経ち身に付けた教訓の一つに食事当番表は必ず確認するというのがある。特に気を付けるのがユーチェリアとリフィレンが料理当番の時だ。ユーチェリアは見た目も味も匂いも食べられそうな予感がしないし、リフィレンはレシピ通りに作ればちゃんとしたものを作れるというのにオリジナリティをだそうとしてすごいものを出してくる。リフィレンの料理を一回だけ出されたことがあるが、酢飯のレモン詰めオーロラソースがけというとんでもないもので、一口食べてクレインは気を失ったと後でアインスが教えてくれた。以来ユーチェリアとリフィレンが当番の時は理由をつけて行かないようにしている。


「……あの方々の料理は一体なんでしょうね。何をいれたらあんな味になるんでしょう。」

「さあな。……それで、今日の報告は来たのか?」


 アインスとクレインがこうしてだらだらとしている今も、ハイドと呼ばれる特殊部隊が後方支援部隊として各地で様々な情報を集めてきてくれている。王国の限られたものにしか使うことのできない彼らの専門は情報収集だ。何処でも誰でも成りすまし、決して存在がばれることないその腕前は王国所属の国家部隊の最高峰に位置する。

「もうすぐ鳩が来るはずですよ。後はやっておきますので汗を流してきたらどうです、クレイン君。今のこの時間帯なら人もあまりいないでしょう。闘技団の風呂の場所わかってますか?」

「わかってるよんなこと。じゃあ、後は任せた、アインス。行ってくる。」

 肩に掛けたタオル一つをもって闘技団の風呂場へ向かう。正直他人に肌を見せるのはあまり好きではないが、昼食時のこの時間帯なら他の団員は町へ食べに行ってくるなり、食堂テントに行くなりしているはずで、人は余りいないはずだ。



 風呂場は魔晶石が埋め込まれているお陰でいつでも熱いお湯が出ている。国営騎士団寮でもこんな贅沢はない。つくづくここは金があるなと思う。ラブロは自分の懐にもっと金をためているのだろう。ここエンハンブレ王国でさえ相次ぐ海賊ギルド『海獣の爪』の被害の対応に追われて資金も底をつきかけているというのにここだけは別世界のようだと感じた。

 予想通り誰もいなかった風呂場に服を脱ぎすてるとかけ湯をしてからざばんと湯に浸かる。汗が引いて少し寒くなってきていた体に熱いお湯が染み込んで気持ちいい。久し振りに気を抜けると、大きく伸びをしたところで先客に気がついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ