第漆話 女神の疑惑
レギオスがウィズダムの説得を成し遂げたのとほぼ同時刻、別の場所でも動きがあった。
場所は冒険者ギルドの一室である。
「う~ん」
両手を挙げて背をそらすミロワールの上げた声に、艶めいたものは全くない。
むしろひと仕事終えた後の開放感のようなものが含まれている。
そして片付けた問題は間違いなく難問だった。
「ギルド長~ミロワールギルド長~」
「おう、ランクスか?女の部屋だが遠慮なく入れ」
「女の部屋って…」
やれやれという呟きと共に、扉を開けて入ってきたのは大山猫の獣人だ。
人間の顔にネコミミではなく、猫の顔をそのまま大きくして人間の体につけたようなリアル獣人である。
「ここはあんたの部屋以前にギルド長の部屋でしょう?」
「そのギルド長が私なのだから問題あるまい?」
そう言うとミロワールは懐からキセルを取り出すと、近くに置いてあったタバコ箱を引き寄せる。
香草は既に仕込んであったのか、キセルを口に加えてタバコ箱から取り出した着火の魔道具で火を付ける。
息を大きく吸い込み、紫煙を吐き出すミロワールの姿にランクスが半眼になる。
「あと、何っつー格好してるんですか?」
「いいじゃないか、セクシーだろう?」
「その格好とこの部屋の惨状にはオスの本能も萎えます」
ランクスの指摘通り、ミロワールの格好は凄かった。
床に敷かれた絨毯の上に直に座り、ミニスカートなのに胡座をかいている。
おかげで少し身をかがめれば中身が見えかねない有様だ。
しかも、座った彼女の周りには辞書のような本が数冊と書類、水晶玉が無造作に散らばっている。
腐海一歩手前で踏みとどまっている室内の、その中でキセルを蒸すミロワールの姿はズボラ・乱雑・自堕落といった単語がよく似合う。
言葉使いも適当で、ウィズダムに対応していた時と同一人物とは思えない。
「カウンターにいる時とこの部屋にいる時のギャップが激しすぎませんか?」
「女には外向けの顔と内向きの本性があるんだよ。覚えとけ」
ランクスは反論しようとして…止めた。
似たようなことは何度も注意してきたが、一向に改善されないのは見ての通りである。
「もういいです…空き部屋の掃除が終わったので報告に来ました」
「そうか、ご苦労。年頃の娘を汚れた部屋に案内してさあどうぞというわけには行かないからな」
「そんなに期待のルーキーなんですか?」
「ん?何の事だ?」
「加入手続きを終わらせたとたん部屋に引っ込んで何かを調べ始めたのもそうですけど、宿泊費を出世払いなんて高待遇過ぎません?何かあると思わないほうがおかしいでしょう?」
「ああ…」
ランクスが何を言いたいのか理解したミロワースは頭をボリボリとオヤジ臭い動作でかいた。
これまたギルドの受付に立つ彼女しか知らない冒険者の連中には見せられない姿だ。
確実に幻想が砕ける。
「ちょっと違う」
「違う?」
「そう、私は彼女を特別扱いなんてしていない」
「え?でも…」
「私がしたいのは警戒と監視だよ」
さらりと言われた言葉に、ランクスの目が細くなる。
わりと長い付き合いでこれは真面目な話だと察したのだ。
「聞きたいか?」
「詳しく…」
「私が彼女を警戒する理由は三つだ。この目のことは知っているな?」
「勿論」
ミロワールがギルド長をしているのはある程度以上ギルドにいる者なら誰でも知っている。
しかし、彼女がただのエルフではなく、ハイエルフであることを知る者は少ない。
ウィズダムの目はミロワールに多くの精霊が群がっているのを見たが、もし彼女が事前にほかのエルフを見知っていたならミロワールの異常性に気づいただろう。
相当数の精霊を引き寄せる特異性がハイエルフの証とも言える。
そしてハイエルフであるミロワールの目についてはこのギルドにおいてランクスしか知らない。
精霊の力を宿したハイエルフの目は視界に映るものの本質を見破る。
マナの流れ等も看破できるため、変身魔法など突き破って正体を見極めることが可能、ミロワールが自らカウンターに立つ理由の大半がこの目で不振人物を見つけるためだ。
「そんな私の目でも、あのウィズという少女をはっきり捉えられないんだ。輪郭が微妙にぼやける」
「それはご自分の言ったとおり加齢によるかすみ目…うお!!」
咄嗟にのけぞったランクスの目の前を一筋の銀線が通っていった。
「ノーモーションでペーパーナイフを投げないでくださいよ!!扉に刺さったじゃないですか!!何より自分で言った事なのにこの仕打ちは納得できません!!」
「覚えておけ、私は仕事モードとプライベートモードを混同しない」
「つまり?」
「仕事ならスルーするが、プライベートでは地雷になることもあるから気をつけろ」
「最悪の地雷はあんただ!!」
ランクスの心からの叫びだった。
「話を進めるぞ」
そしてミロワールは気にしなかった。
「確かにこれだけなら偶然、万に一つということもあるが…ランクス、これを持ってみろ」
「はい?」
そう言うとミロワールは水晶玉をランクスに放り投げた。
ウィズダムに触らせた魔道具だ。
今度はノーモーションというわけではなく、事前に指示も出ていたのでランクスは危なげなく、しかし緊張しながら投げられた水晶玉を受け取った。
実はこの魔道具…ギルドの月予算の三ヶ月分程の価値がある。
はっきり言ってミロワールの金銭感覚を疑う杜撰な扱いだ。
「これがどうしたんですか?」
ランクスが両手で持った水晶玉は、ほどなく白く濁った。
それを見て何かを納得したミロワールが頷く。
「やはり故障じゃないよな」
「そう、ですね…それが何か?」
「故障じゃないのにこの魔道具が透明なままというのはありうると思うか?」
「ない…んじゃないですか?」
この魔道具は冒険者ギルド本部にある本体とリンクしており、その中に登録されている犯罪者の記録と触った者を照合する機能がある。
該当しなければ白く濁り、該当したら黒く染まるといった具合だ。
「例え誰であれ、コイツに障ったなら白か黒の反応が出るはずです。実際、こうやって俺が持ったら白く濁りましたからね」
「うん、私が持っても白く濁った。我々が揃って真っ当に生きていることが証明されたのは喜ぶべきことだが、確かに私の目の前でウィズ嬢はこれに触った。そしてなんの反応も出なかったということを確認している」
「……故障じゃない…んですよね?」
ようやく理解ができたランクスの問いかけに、ミロワールが首を縦に振る。
「場合によっては私が減棒になって弁償する事になるからな、内部まできっちりと検査したとも」
「ギルド長はどう考えておられますか?」
「……認識阻害…だと思う。しかし意図的ではないだろう。状況からして、おそらく自分に使っているものの副次的影響が魔道具の認識を狂わせたんだ」
「そんな…ありえないでしょう?」
確かに、魔法の中には他人からの認識を誤魔化す魔法が存在する。
だが今回の場合、魔法を使っていないことは断言できるだろう。
ほかならぬハイエルフのミロワールが目の前にいたのだ。
継続的な魔法など、その両の瞳が見破っているはずだ。
「あまり買いかぶられても困る。こうやって実例がある以上、方法は必ずあるはずだ」
「魔法以外の方法…加護ですか?」
「その可能性が最も高いな…」
神の加護ならばハイエルフの目を欺くことも可能かも知れない。
ミロワールは指を一本立てて見せた。
「しかしここで一つの問題がある」
「何ですか?」
「あの子が加護持ちだとするなら、正体を隠したいというのはわからなくもない。加護持ちが忌避される今の時代、目の魔法陣は見られたくないだろうしな。そこに認識阻害なんて能力があればそれは使うだろう。でもな、認識阻害って…地味じゃね?」
神の加護は地上界に生きる者達への神の愛情である…っというのを本気で信じているのは宗教家達の中でも信仰厚いごく一部だ。
そうでなければアヴァール王のような奴は現れなかっただろう。
この世界の神というやつはもう少し泥臭い。
お気に入りというのも目をかけているのも間違いではないが、それだけでもないという事…言い方は悪いが、加護持ちは神の力を誇示して信者を増やすプロパガンダ的側面もあったりする。
そのため、炎の塊を打ち出すとか、空を自由に飛んだりとか…わかりやすくて派手なものが多い。
そして加護持ちの条件として、加護を与える神は一人につき一柱、与えられる加護の数はひとつ限定である。
つまり認識阻害という加護を得たなら、それ以外の神、あるいは同じ神でも別の加護は受けられない。
「確かに認識阻害ってのは強力だ。それこそ喉にナイフを突き立てられても気づかんかもしれんし、丸一日おはようからお休みまで対象の目の前でのストーカー行為も簡単だろう」
「前半も後半も別の意味で恐ろしく使える能力ですね」
「だろ?でもこれらは全部暗殺とかそっち向きだ。これでは加護を与えた神の名が広まらない…いくら実力が確かでも、自己主張の激しい暗殺者ってどう思う?」
例えば、予告状を出してモノを盗み出す怪盗とか…。
「ありえませんね」
そんなことを本気でやれば、神の名を貶めることはあっても高めることにはならないだろう。
「一応、可能性がゼロというわけではないからな、そういうことをしそうな酔狂な神がいないか調べてみたんだが、該当しそうなのは一柱もいない」
ランクスが首をかしげて困惑している。
どうやら部屋に散乱している本の半分はそのための資料らしい。
ミロワールが自分と同じように頭を痛める同志が増えたのを確認して、疑問の三点目を開示した。
「極めつけが…コイツだ。とんでもないシロモノだぞ」
「これは、ギルド証登録用情報を記載する書類…何ですかこれ?」
ランクスは書類がなにかは理解できた。
しかし、書かれていることは理解できなかったのだ。
「文章も文法もめちゃくちゃで間違いだらけ、もはや原型のない文字もありますね、そのウィズっていう子は正しい筆記を習ったことがないんでしょうか?」
「違う。彼女はこの上なく正しい文字と文法を使って書いている。間違っているのはランクス、お前のほうだ」
「え?しかしこれは…読めませんよ?」
ランクスだってギルド職員だ。
読み書きは勿論、算術だって多少はできる。
そんな彼が分からないというのに、間違っているのはお前だと言われればそれは理解できずに困惑するのも仕方があるまい。
「だろうな、この書類はコネサンス神文字で書かれているからな」
「っ!!」
思わずランクスが息を呑んだ。
コネサンスとは《文字》を司り、最初に文章や筆記の概念を作り出した神とも言われている。
それがコネサンス神文字であり、はるかな昔には地上界でも使われていたらしい。
しかしこのコネサンス神文字、もともと神が使うことを前提に考えられたもので、地上界の者が使うには少々難解であった。
そのため、長い時間をかけてコネサンス神文字を元に簡略化…要するに改悪したのがいま地上界で使われている文字だ。
その後、歴史の中でコネサンス神文字は廃れていき、神話級の古書か神事における魔法陣などでしかお目にかかれない。
そんな経緯があるが、現代文字とコネサンス神文字のどちらが正統かといえばコネサンス神文字となる。
なにせ神の作った文字であり、現代文字の源流であるのだから当然だろう。
ウィズダムの書いた書類は完璧ではあったが、いつもの書類処理の癖で地上界の文字ではなく、神界のスタンダードであるコネサンス神文字で作成してしまっていたのだ。
「書いている時にコネサンス神文字だってのは気づいたんだが、解読まで至らなくてな、思わず身を乗り出して書きかけの書類を覗き込んだら思いっきり不審者を見る目で見られたんだ。あ~失敗した。きっと彼女には変な女と思われただろうな…」
「ギルド長の外面はともかく中身は充分変な女ですウオオオオ!!」
ランクスの軽口は途中から悲鳴に変わった。
またもやノーモーションで投げられた先の鋭くて物によく刺さりそうなペンがブリッジしたランクスの腹をかすって背後にある扉に刺さる。
「猫のくせにブリッジとか、体の構造的に大丈夫なのか?」
「猫背は関係ないでしょう!!いい加減修理費を給料から差っ引きますよ!!しかも今、避けるのが難しい体幹を狙ってきたでしょう!!尻尾の毛が思いっきり逆立ったじゃないですか!!」
「安心しろ、死んだら《獣人ランクス、ペンに死す》と墓石に刻んでやる。・・・なんか文学者っぽいと思わないか?」
「実行しそうなのがこええ!!」
「そんな些事はひとまず置いといて・・・」
「殺獣人しかけといて些事とかありえないこと言ってるよこの人!!」
「ほらこれ、処理頼む」
ランクスの訴えを完全無視したミロワールは一枚の書類をランクスに差し出す。
当のランクスはまた何かとんでもない代物かと恐る恐る書類を見た。
「・・・なんです。これ?」
「見て分からんものを口で言って理解させるのはなかなか難しいな」
「これがギルド証発行のための登録用書類だっていうのはわかりますよ。物自体はさっき見せられたのとおんなじですからね、でもなんでこれはコネサンス神文字ではなく現代文字で書かれているんですか?」
「翻訳して私が清書した」
どうやら周囲のに散乱していう本のもう半分、特に辞書の山はそのためでもあったようだ。
「何のために?」
「いざと言う時に読めるやつのいない書類に何の意味がある?書類に不備がなかったのは翻訳した私が保証する」
「いやそうでなく、こんなに怪しい所だらけの人物・・・人間種かどうかも定かではない相手を登録していいんですか?」
「それなんだがな・・・」
ミロワールが難しい顔で頬杖を付いた。
胡座を継続中の姿とあいまって何処か悪童が不貞腐れているようにも見える。
「監視や警戒までならともかく、ウィズ嬢と真っ向から対立するようなことはしないほうがいいような気がする」
「それは・・・アレですか?エルフ脳的な?」
「多分、そうだと思うが、いい加減そのバカみたいな呼び方はどうにかならんかな?」
精霊との相性がいいハイエルフは、まれに直感が働くことがある。
本人にも説明ができない感覚なのだが、失敗するような事案を前にして忌避感を抱いたり、逆に良いことがある時は気分が高揚したりといった具合だ。
エルフ特有の脳に来る能力を訳して、俗にエルフ脳と言われる超直感力・・・おそらく、精霊が何かを警告しているのだろうというのは理解できるのだが、好悪程度の理性しかない下位精霊に聞いても答えが返ってくるわけがなく、結局のところ精霊の訴えが何を意味するかは起こってみるまでわからないと来ているので、信頼し過ぎたり依存し過ぎたりするのはあまりよくないという微妙なシロモノだ。
そして今、ミロワールの超直感がウィズダムとの対立は全力で回避しろと訴えかけてきている。
初めて感じる程、具体的な直感・・・どうやらこの一件は慎重に対応しなければならないらしいと理解するには十分だ。
「レギオスもなついているようだし、今の時点であまりおおごとにはしたくない。とりあえずウィズ嬢の扱いはそういうことで、他所で喋るなよ」
「簡単に世間話にできる内容じゃないでしょう」
呆れながらもランクスが了承したことで、ギルドのウィズダムに対する対応はとりあえず近場において様子見と決まった。
…開けて翌日、まだ早朝と言える時間でありながら、ウィズダムとレギオスは向かい合ってたっていた。
「おはようございます!!」
「はい、おはようなのです」
ふたりが立っているのはギルドの裏にある広場である
そこはギルドに所属する冒険者たちの訓練場になっている。
修行や、クラス認定試験にも使われる広場で、魔法の使用も想定されているのでそれなりの広さがあった。
その中心でウィズダムは、ギルドで訓練用に貸出している木剣を持っていた。
「・・・さて、何度も言ったですが、私にはレギオス君に剣を教えることは出来ねーです」
「はい」
「そこで・・・」
レギオスの見ている前で、ウィズは木剣の剣先で地面を刺すと、その場で一回転した。
動きに沿って木剣の剣先が地面に轍を刻み、円の中心にウィズが立っている事になる。
「とりあえず、私をここから出すところからはじめるですよ」
「え、それって・・・」
「剣の使い方なんて知らねー私がレギオス君を鍛えるにはこの方法しかねーですよ」
つまり、ウィズを仮想敵と想定し、経験をつめということだ。
後はレギオス次第で強くなれるだろう…しかしこれはやはり教えではない。
勝手に強くなれという投げっぱなしに近いだろう。
「・・・レギオス君?」
「は、はい」
「辞めるのは何時でも良いですよ」
「・・・いえ」
ウィズダムに剣の心得がほとんどないのは純然たる事実だ。
師匠と呼ばれることさえ本当は分不相応と思っている。
「…行きます」
そんなウィズダムの思いはレギオスには通じなかったようだ。
レギオスは緊張したまま、自分の剣を構えた。
――――――――――――――――――――――――
レギオスは剣を構えながら弟子入りを申し出た女性を見る。
彼女…ウィズは木剣を正眼に構えたまま動かない…円から出ないという縛り付きなのだからこれは当然だ。
本当なら彼も木剣を用意すべきところなのだが、なんというか真剣だろうが木剣だろうがウィズ相手には変わらない気がした。
改めて見るその姿はこう…レギオスから見ても隙だらけに見える。
本人の言うとおり、剣の素人にしか見えないがしかし、油断はできないとも思う、彼女はこの姿からフォレストウルフを三頭屠ったのだ。
「行きます!!」
同じ言葉をもう一度、気合を込めて足を前に出すきっかけにする。
一歩目から全力疾走、そして真正面からの振り下ろし、それしか考えていなかったレギオスの意識は…そこで一回切れた。
「…はっ!?」
急速な目覚めと共に、目で空の青さを見た。
ついで感じるのは自分が寝ているようだという事、頭の下に感じる感覚…。
「…なんか、枕が硬い」
「何を男子垂涎のシチュに喧嘩売ってるのですか?」
「ほあ!!」
いきなりウィズの顔が視界に入ってきた。
不満そうな顔と、その顔の位置からようやく自分の状況を理解した。
これはいわゆる一つの…。
「膝枕ですか!?」
「正解、枕より固くてほんっと申し訳ねーです」
「すいまっせんでしたーーー!!」
全力で飛び起き、全力で土下座した。
理由はない。
敢えて言うならそうしなければいけないという強迫観念?そんなものがあったからだ。
「はあ、それで?」
「光栄の至りでございました!!」
「んーなこたー聞いてねーですよ。体におかしなとこはないかって聞いてるです」
「ええっと…」
とりあえず痛みがあるかどうかを確認し、ちゃんと動くかどうかを確かめる。
結果は異常なし。
「大丈夫みたいですけど…」
「それならいいですよ。ちょっとやりすぎたんで回復術をかけたですが、ちゃんと治っているようで良かったよかった」
「え、回復術?師匠は回復系の魔法を使えるんですか?」
「魔法…まあそんなところですよ」
「っていうか俺…回復魔法を使われなきゃならないようなことになっていたんですか?」
「…ああ成る程、あんまり綺麗に入ったもんだから記憶が飛んだですね」
「え、何…が?」
ウィズは黙ってギルドの建物を指した。
その指先をたどっていくと、ギルドの壁に何かが刺さっているのが見える。
なにか見覚えがある形をしていると思ったら…自分の相棒だった。
「あ…」
そこで漸くすべてを思い出した。
剣で斬りかかった瞬間、ウィズは木剣を払った。
それを剣で受け止め、鍔迫り合いにすれば体重と腕力の差で勝機がある…などと思ったのがそもそもの間違い。
木剣が目の前を通り過ぎたと思った瞬間に、手の中にあった重みが消えた。
次いで壁に何かが刺さる音がしたが、それを確認する時間はレギオスにはなかった。
容赦なく振り下ろされた木剣が頭の中心を打ち据え、脊髄を通って尾てい骨から抜けて行くと共にレギオスの意識も肉体を離れた。
「まだ手加減が足りなかったですかね?失敗失敗」
「……」
木剣を振って具合を確かめるウィズの、その剣先で風が舞っている。
あんなものを食らったらゴシャァァァァ!!とかグシャァァァァ!!とか人体が立ててはいけない音が出るのではないだろうか?
実際、レギオスの体が立てたかもしれないが…記憶にはない。
ウィズの回復魔法の能力が高いことを、レギオスは何か色々なものに感謝した。
「レギオス君?」
「は、はい!?」
「剣、早く取ってこないと再開できねーですよ?」
やっと自分の剣がまだ壁に突き刺さったままだったのを思い出したレギオスが慌てて剣を回収した。
「さて、まだ心は折れてねーですか?」
「もう一回お願いします」
「結構、何時でもどこからでもどうぞ」
円からどころか足を上げさせることもできるとは思えないが、必ずやり遂げる。
とりあえず手加減を失敗したいと言われなくなるように…その決意を胸に、レギオスはウィズに向かって再びバスターソードを振り上げた。
この日から、ギルドの訓練場では剣が弾き飛ばされる音と生々しい何かが潰される音、そして人が倒れる音が何度も聞かれるようになる。