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最強女神の有給休暇  作者: 夢一夜
第壱章 最強女神大地に立つ!!
8/22

第陸話 女神の決意

「お、どうしたレギオス?えらいベッピンさんを連れてるじゃねえか」

「イノサン、彼女は恩人なんだ。もっと褒めてあげてくれよ」

「とうとうレギオスにも春が来たか、感慨深いね~」

「バーヴァル…男と女が歩いているだけで何でも色恋につなげるのはどうかと思う。発想力が貧困、30点だよ」

「おいこらレギオス!!なんでお前がモテてんだよ!!」

「ストゥピット?人に文句言う前にこのあいだ二股がバレた女の子たちに謝りに行け。お前はそこからだろう?」

「チクショーーーー!!」


 二股男(仮)のストゥピット君が泣きながらどこかにかけ去っていくと、それを見送った順に大爆笑が起こる。

 やたらと濃いキャラクターだった。

 ギルドを出て市場のほうに向かったウィズダムとレギオスだが、さっきからこんなふうにほぼ三歩ごとにヤジを飛ばされていた。

 安易だがウィズダムとレギオスが付き合っていると思われているようだ。


「すいません師匠」

「別に気にしねーのですよ」


 ウィズダムの実年齢を考えればこの辺にいる連中は全て赤子以下だ。

 子供の冷やかしに本気で怒る大人がいるかと言われれば、大抵の場合で否だろう。

並んで歩いていたことで恋人扱いされた程度のことで不愉快になるほど大人気なくはない。

むしろ市場のざわつきとか力強さが新鮮で面白いくらいだ。


「それにしても、レギオス君の顔の広さにはちょっとびっくりなのですよ」

 

 よくもまあこれだけ休みなく声をかけられるものだと思う。

しかもレギオス…さっきから一人一人名前を呼んで対応しているところを見ると、冗談でもなんでもなく、このあたりにいる人間の名前を全部記憶しているのかもしれない。


「このあたりは知り合いが多いんですよ。もう何年もこの街で過ごしていますから、単に地元民のなれです」

「何年も?その前はほかの所にいたのですか?」

「ええ、まあ…あ、連れて行きたかったのはあの店です」


 何かを言い淀んだレギオスだが、ウィズダムはあえてそれには触れずに流した。

 言いたい事があるなら言うだろう。

 言わないというなら言いたくないということだ。

 それを無理やり語らせる必要をウィズダムは感じない。

それよりも今はレギオスの指が示す方向にある屋台だ。


「ジャル爺さん!レスペ婆さん!!」

「ん?おお、レギオスじゃないか」

「今帰ったのかい?」

 

 レギオスが名前を呼ぶと、屋台についていた老夫婦が気づいて顔を上げる。

 自分をよんだのがレギオスと知ったジャル爺さんは、作業の手を止めて手を振り、レスペ婆さんはにっこり笑っている。

 その姿はまるで、帰宅した息子を迎える歳をとった父と母のようにも見えた。


「どうしたレギオス?」

「今から、いいかな?」


 そろそろ日が暮れ始めている時間帯、明らかに閉店作業をしている老人に、レギオスが本当に申し訳ない顔で注文オーダーする。

 普通なら怒るか、そこまで行かなくても不愉快な顔にはなるだろう.

しかし老人の反応はそのどちらでもない。


「危なかったな、レギオス?最後の売れ残りが二つ分あるぞ」


老人はレギオスがウィズダムを連れているのを見ると、何かを察したかのように片目でウィンクして、片付け始めていた道具をいそいで元に戻していく…どうやら彼もまた盛大な勘違いをしたようだ。

 レギオスもそれに気づいたようだが、勘違いがどうあれ、片付けかけていたところに無茶を言ったのが心苦しかったのだろう。

 レギオスが老人の手伝いを始めた。

素人が手伝って邪魔になるのもなんなので、手持ち無沙汰なウィズダムは屋台の準備が終わるまで少し離れたところで立ち尽くすことになる。


「レギオスとはいつ知り合ったんだい?」

「はい?」


 そんなウィズダムに、レスペ婆さんの方が話しかけてきた。

 どうやら準備は男どもに任せたらしい。

 女は女同士でおしゃべりしようということだろう。


「今日なのですよ。色々と成り行きで…」

「そうかい?あの子がここに誰かを連れてくるのは初めてなんだよ」

「そうなのですか?」

「ああ…あの子もいろいろとあってね、今ではあんなにいい子だけど、いっとき荒れていた時期もあったんだ」

「…そ、そうなのですか?」


 なんと言えばいいんだろう?

この付き合っている男の両親に交際していると紹介されているようなシチュは…レギオスに声は届いていないようだが、これはウィズダムが聞いてもいい話なのだろうか?


「あの、私とレギオス君はそーいう関係じゃねーのですよ?」

「あっははは、そんなの見りゃわかるよ」

「おぅ…」


 歳の取り方がいいとモノを正しく見ることができるらしい。

 逆に旦那の方はあまり良い歳の取り方をしなかったようだ。

 ジャル爺さんの方は完全に勘違いしているようで、レギオスに何やら耳打ちしつつ、バンバンと背中を叩いている。

 とぎれとぎれにきこえてくる言葉を拾い聞きすると、どうも碌でもない事を吹き込んでいるらしい…13歳の子供に何を教えているんだあのオヤジは?

 エロ関係における年寄りの助言ほど答えに困るものもあまりないが、テンションの上がった老人に叩かれているレギオスが痛そうなのに我慢しているのがいろいろご愁傷様だ。


「でもね、あんたが恋人じゃなくても、あの子がここにあんたを連れてきたってことは、あの子にとって大事なことがあると思うんだ」

「大事なことですか…」

「心当たりはあるんだろ?」

「はぁ…まあそうですね」

 

 やはり剣の事かなとは思う。

 ちらりと横目で見たレギオスを見るレスペ婆さんの目に、寂しげな色が浮かんだ気がするのは…気のせいだろうか?


「それが何かは知らないよ。でも…あの子の親代わりとしては心配しちまうのさ」

「親代わりとしての言葉ですか?…って事は…」


 嫌な予感にウィズダムの目が細くなった。

 思えばまだ13歳の少年が保護者もなく森に入って魔物を狩ろうとしている時点で変だ。

 本人もランクが上がったばかりと言っていたし、保護者なり護衛なりがつくのが当然だろう。

 そうでないなら、そこには何かしらかの理由がある。


「ああ、今の時代は珍しくもないが天涯孤独ってやつだ」

「…そうですか」


 そっけない返事になってしまったが、ほかに言えることもない。

 レギオスが見た目と実年齢に比べて精神的に成長しているように見えるのは、ハードモードな人生に由来するようだ。

 さっきの荒れていた時期があるというくだりもその辺に原因がありそうな気がする。


「あの子も、この街に来た時には死んだような目をしていてね…ほうっとけなくていろいろ構っていたら、本当の息子みたいに情が移っちまった」

「本当の息子さん?」

「戦争に送り出されてね、私たちも戦火から逃げてあっちこっち流れて、最近ようやく故郷であるこの街に帰ってきたんだ」


 どうやら彼女も爺さんも、戦争の被害にあったようだ。

 しかも今の話の中に、気になる単語が混じっていた。


「故郷…っということは…」

「ああ、この街がウォールって呼ばれる前に、私達は此処で店を開いていたんだ」


おそらくこの街が襲われた時に、店や財産をまとめて無くし、焼け出されたのだろう。

戦後の地上界では珍しくない。

それこそ石を投げれば、似たような境遇の人間に当たるほどありふれた物となっていたと地上界の状況をまとめた報告書で読んだ覚えがある。


「旦那も私も帰ってきて、小さいがまた屋台みせも持ったってのに、どこで寄り道してるんだろうね、あの子は」

「そうですか…」


 ウィズダムは言葉を選んだ。

 戦争が終わって十年、未だに帰ってきていないということは…生存は絶望的だろう。

 ジャル爺さんもレスペ婆さんも…分かっていないわけではないだろうに、それでも待っているのだ。

 そんな人間の強さに、ウィズダムは心の中で敬意を感じていた。


「だから、義理で勝手に思っているだけだけど、可愛い息子の願いはできるだけ叶えてやって欲しいと、親代わりのおばちゃんはお願いするのさ」

「…って言うかその理屈は、私の都合とか完全無視しているのですね?」

「そうだよ。私はあんたよりあの子の味方だからね」


 ここまで開き直られると、逆に清々しささえ感じてしまう。

 ニッカリと、そういう擬音がつきそうな笑いを残して、レスペ婆さんは未だにレギオスになにか吹き込み続けている旦那のもとへと歩いていった。


「いつまでレギオスを引き止めてんだいこの爺!?お嬢さんが退屈してるだろうが!!」

「コヒユ!!」

「おお~レスペ婆さん、いい仕事してるですよ!」


 死角から接近してからの理想的なリバーブロー…一発でジャル爺さんが白目をむく。

 理想的すぎる角度のえぐり込みに思わずウィズダムの歓声と拍手がでた。

 崩れ落ちるジャル爺さんを左手でホールド、反対側の手で屋台を引くと「あとは若い人たちだけで~」といった笑いとともにレスペ婆さんはそそくさと消えていった。

 なんとなくわかっていたが、少しパワフルすぎるおばあさんだ。


「すいません、お待たせしてしまって」


 二人を見送ったレギオスが戻ってきた。

 その両手に一つずつ持っているのは…。


「ホットドック?」

「はい、安いですけど、俺が一番うまいと思う食べ物です」


 それは家庭の味とか、懐かしい味とかそういうものも入っているのだろう。

 ウィズダムとしても、下手に高いとこよりも、そういったものを選ぶあたりに好感が持てる。


「遠慮なくいただくのですよ」

「どうぞ」


 本当に遠慮なく行った。

 がぶりと噛み付けば、パンの柔らかさを感じる。

 さらに歯を押し込むことでパンに守られていたソースの風味が口の中に広がった。

 メインであるソーセージを噛みちぎると、肉の甘味が濃縮された旨味エキスが解放され、先のソースと混じり合って新たな味覚を作り出していく。


「そしてその全てを吸い込むパンの優しさが聖母の包容を…」

「…師匠?」

「は!?申し訳ねーのです。なんかここじゃないどっかにトリップしていたよーなのです」

「そ、そう…ですか…」


 どうやら相当に妙な顔でブツブツ呟いていたようだ。

 目をそらすレギオスのリアクションが地味に痛い。


「ところでレギオス君?」

「な、なんですか?」

「そんなひかなくてもいいじゃねーですか、ちょっと聞きたいことがあるだけなのですよ」

「はあ、なんですか?」


 ここまでしてもらったのだ。

 だからこそウィズダムから一歩を踏み込むべきだろう。


「レギオスくんはなんで強くなりてーのですか?」

「……」


 ホットドックをほおばろうとした姿勢でレギオスの動きが止まった。

 ウィズダムはそんなレギオスの答えを待っている。

 いい女は男の迷いを急かしたりはしないものだ。

 なので、その間にするべきは手にある食いかけのホットドックを食べきることである。


「…レスペ婆さんになにか言われました?」


 ウィズダムが最後のホットドックのかけらを飲み込むとレギオスが話しかけてきた。

 タイミングを計っていたのかもしれない。


「言われたのですよ。できればレギオス君のお願いを叶えてやって欲しいって…」

「やっぱり…婆さんはいつもおせっかいを焼いてくれるんですよ」


 やく・・ではなく、やいてくれる・・・・・・…そう言ったレギオスの顔にはハニカミの微笑みが浮かんでいた。

 老夫婦からだけでなく、両親を亡くしたらしいレギオスにとってもあの二人は親のように思える存在なのかもしれない。


「それに、そpろそろ累積恩が利子込みでとんでもないことになりそうなのです。これでも私、義理堅い性格をしていると自認してるのですよ」

「何ですか、累積恩って?」

「心に溜まった罪悪感なのです」


 レギオスが苦笑しながらウィズダムを見た。

 ウィズダムも応じてレギオスを見る。

 ここからは茶化しや誤魔化しの入らない真剣な話だ。


「殺したい奴がいます」


 ストレートに殺人目的だと告白してきた。

 合わせた視線が揺るぎない。

 これは本気の目だ。


「それは何故?」

「…復讐のために」

「復讐ですか・・・それはレギオス君・・・・が、しなければいけない事・・・・・・・・・・なのですか?」

「・・・どうでしょう。そいつは今、賞金首として手配されています。だからいずれは何処かの誰かに討伐されるかもしれない。でも俺はこの手で・・・・あいつを殺したいと思うんです」


 レギオスは額の鉢金に手を触れながら黙った。

 ウィズダムも無言になることで間を置く。

 急ぐ理由も必要もない。


「・・・否定しないんですか?俺・・・人を殺す方法を教えてほしいって言ってるんですよ?」

「否定して欲しーのですか?」

「その・・・正しいかどうかで言えば・・・間違ってるんだろうなって・・・思っています」

「正しいかどうかはともかく、レギオスくんは正直者なのですよ」


 間違っていてもなお…という事なのだろう。

 決心は硬そうだ。


「・・・このホットドック、美味しいでしょう?」

「え?・・・そう、ですね?」


 妙な話の振られ方に聞き手のウィズダムがちょっと混乱した。

 ウィズダムの分はとっくに食べてしまったので、レギオスの持っているホットドックに目が行く・・・お世辞ではなく確かに美味かったと思う。


「秘密は特性のソースにあるんです。ジャル爺さんとレスペ婆さんに、そのソースの作り方を教えてやろうか?って言われたことがあったんですよ」

「それは・・・おめでとうございます?」

「でも条件があって、復讐なんて忘れてこの街で屋台を引いて一緒に生きていこうって、たとえ復讐が成功しても誰も帰ってこないって・・・そう言われました」

「……」


 レギオスの選択を聞くのは野暮だろう。

 今レギオスが持っているのはソース用の鍋ではなく、一本の剣…それなのに、あの老夫婦はレギオスを息子のように扱っているのだ。


「・・・お願いします」

「・・・・・・」

「俺は強くなりたいです」


 レギオスの願いは聞いた。

 ならば答えを返すのはウィズダムの義務だ。

 彼はきっと、ここでウィズダムが断っても、ほかに強くなる方法を探すだろう。

 レギオスは復讐と言ったが、既に彼の中でそれは義務に近いものになっているように思える。

 13歳の少年に、ここまで覚悟を決めさせたのが何かは分からない。

 重要なのはウィズダムがどうするか、彼に対して何をしてやれるかということだ。


「くどいのですが…レギオス君、私には君に剣を教えることはできねーのですよ」

「はい、そうですね・・・」

「でも…」


 落胆しかけたレギオスを、ウィズダムの言葉が引き戻す。


「え?」

「ただ単に強くなるのを望むなら、多少なりともお手伝いくらいは出来るかもしれねーのです」


彼が諦めないのなら、その業のいくらかなりとは代わりに背負ってもいい。

 そのくらいのことはしてやりたいと、出会って一日も経っていない少年に対して、ウィズダムは思ったのだ。


「ほ、本当ですか?」

「レギオス君次第なのですけどね」


 おそらく、自分ウィズダムの考えているやり方は修行としては下策もいい所だろう。

 教えられることがそもそもないのだから仕方がないが、少なくとも指導とは言えまい。

 それでもウィズダムがレギオスのために何かをしようというならその方法しかなかった。


「ではよろしくお願いします。ウィズ師匠!!」

「師匠と呼ばれるほど大した者じゃねーですが、よろしくお願いするのですよ」


 これが後に、伝説となる師弟関係が結ばれた瞬間であった。





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