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最強女神の有給休暇  作者: 夢一夜
第壱章 最強女神大地に立つ!!
6/22

第四話 女神の挫折

 なにか損をしたような気持ちを引きずりつつ、降臨した地点まで戻ること三十分、そこからさらに歩き出したのとは反対方向に歩いて三十分…途中で「ここが中央大陸ってのはわかるのですがどのあたりになるです?」などというウィズダムにとっては真面目な、このあたりにいる人間なら当然過ぎる質問でレギオスの目を丸くさせながらも、ここが中央大陸にある4王家の一つ、シャルル王国の端であることを知ってようやく自分の大体の居場所を知ることができた。

 おかげで一歩前進である。

その後も旅の恥はかきすてとばかりに気になったことを何でもかんでも質問していると、彼が拠点としている城壁で囲まれたウォールにたどり着いた。

そして現在…ウィズダムは地上界において最初の試練に直面している。


「え?身分証明?」


 街の中に入るための門、それを守る衛兵二人に身分証の提示を求められたウィズダムは困惑していた。


「ま、街に入るためにはそんなものが必要ですか?」

「ん?知らんのか?」

「え、え~っと、身分証の持ち合わせは…無いですよ」


 厳密には、ウィズダムは嘘をついたことになる。

 身分証とは文字通り身分を証明するものだが…ないわけではないのだ。

ただしそれは神界から持って来た地上管理課の身分証明証だ。

まさかこれを見せるわけにも行くまい。

 そもそも神界の身分証なんて地上界の人間が見ても理解できないだろう。


「そうか…困ったな」

「こ、困ったのですよ…」

「…ちなみに、身分証がないなら荷物検査をした上で仮許可証を発行できるよ」

「で、ではそれで…」

「銀貨二枚ね」

「お、お金がいるのですか!?」

「当然でしょう?」


 地上界では当然かもしれないが、神界からの旅行者であるウィズダムにとってはとんだカルチャーショックである。

 どうやら身分証がなければお金を払うというのは、わざわざ言うまでもない基本知識だったようだ。

 ウィズダムの顔が羞恥で真っ赤に火照る。


「数年前からこっち、こういう身分証の提示は必須になっているからな…悪いね」


 衛兵がやれやれと頭を掻いた。

 困らせている現況は自分なので申し訳ないとは思うのだが、衛兵の言ったことに気になる事があったウィズダムが衛兵に喋りかける。


「数年前…ってゆーと、もしかして…」

「そう、あの《加護戦争》からチェックは厳しくするようになった」

「あ~」


 余りにも予想通りの答えに、ウィズダムが顔をしかめる。

 数年前まで地上界はそのほぼ全てを巻き込んだ戦争の真っ只中にあった。

 それが加護戦争である。

 そもそも加護というのは神が地上界の生き物に与える恩恵だ。

 力が強くなったり、芸術的感性が花開いたりとその効果は千差万別、同時に加護を受けた者は加護持ちと呼ばれ、神から注目されている証明でもあるので一種のステータスとして扱われていた。

 ただそれだけであった加護持ちと呼ばれる彼らの扱いが一変したのが十年前…中央大陸から南東方向に行ったところにあるスプランディエット大陸にあったグロワール帝国という国の当代国王アヴァール・ログ・グロワール三世が血迷った事に始まる。


……彼は所謂…世界征服というやつを本気でやろうとしたのだ。


 それだけなら、少年が一度は夢見る妄想で片付いたのだが、とても残念なことに、そして世界にとっては不幸なことにこのアヴァール王…案外頭が良かった。

 それこそ、彼が国政に本気で取り組めば賢王として地上界の歴史に名を残したかもしれない程度には優秀であったのだが、方向を間違えれば悲劇を生むという見本のようになってしまったのは皮肉と言うしかない。

頭はいいものの誇大妄想家であったアヴァール王、それに加え、当時のグロワール帝国は強大で富んでいたという事、どちらかがかけていれば後に起こる戦争は回避できていたかもしれないがしかし、現実は非情である。

重なってはいけない二つの要素が合わさってしまった時、悲劇の門は人知れず開いてしまったのだろう。

 彼は王の座に着くなり国政を後回しにして、まず加護持ちを集めた…理由は言うまでもないだろう。

一応、神の加護を受けた者を醜い戦争に巻き込まないという地上界において暗黙の了解と化していた原則はあったのだが、アヴァール王はそれをあっさりと破ったのだ。

 ウィズダムも資料として読んだことがあるが、アヴァール王の加護持ち達に対する勧誘というやつは苛烈を極めたらしい。

 金銭、食べ物、地位、名誉、異性で懐柔するのは当たり前であり、最も穏便なやり方だったようだ。

 拒否の意思を示した者には家族、恋人、友人など近しい人間を投獄、人質にしていうことを聞かせ、それが通じない者には麻薬の類まで使用したらしい。

 まさに神をも恐れぬ所業である。

 最初こそグロワール帝国民達の中にもアヴァール王のやり方と世界征服という野望に反対する者がいたのだが、その全ては例外なく粛清され、マトモな者達は処刑されるのを恐れて口を閉ざすか国を捨てた。

最後には国民達も無駄に理詰めで聞こえの良い言葉を吐く王のカリスマに酔い、統一された世界の頂点に自分達が立つという妄想を共有するようになった…この時点でアヴァール王は帝国の隅々に至るまでを掌握、彼を止めることが出来る者は帝国内にはいなくなった。

着々と、嫌な意味で堅実に世界を相手にした戦争の準備を進めていくアヴァール王…神界が帝国の…というよりアヴァール王の動きに気づいた時にはすでに相当数の加護持ちが帝国に見えない鎖で繋がれていたようだ。

 中には欲に負け、自発的に協力していた加護持ちもいたらしい。

 そうして、十分に戦力を揃えたところでグロモワール帝国は世界に向けて宣戦を布告、スプランディエット大陸を出たグロモワール帝国軍は中央大陸に上陸し、近場の国から手当たり次第に蹂躙していった。

 戦闘系の加護持ちを前面に出した兵はそれだけの突破力を見せつけたのだ。

 侵略された側の国々は慌てて同盟を組み、連合軍を設立してこれに当たったが、その結果として世界は混乱の度合いを深め、戦火は拡大し、毎日のように戦死者が量産された。

更には連合軍側にグロワール帝国の勧誘を免れた加護持ち達が融資として参戦、加護持ち同士がかち合った戦場では地上界の地形が何度も変わるほどの破壊が起こり、加護持ちが加護持ちを殺めるということが頻発した。

泥沼にはまった加護戦争がグロワール帝国の消滅・・によって終戦を迎えたのが数年前、開戦から終戦までの期間は一年に満たないものの、その間に地上界の人口が二割程減少したと言えばその壮絶さがよくわかるだろう。

 しかも、物語なら悪の首魁が倒れたということでめでたしめでたしというところだろうが、残念なことに、そして残酷なことに現実には未来がある。

 戦後数年にわたって世情不安、食糧不足、人口減少、国を失った難民、グロワール帝国軍の残党刈りなど、戦争の反動という負の遺産が復興の足を引っ張ることとなり、その間にも新たなる悲劇が繰り返され、たかが数年でその混乱の全てが収束されたわけではない。


「わかってくれたなら話は早い。あの戦争で国がいくつも滅んで戸籍なんかもあやふやになっちまったからな。特に街から街へ移動する奴は権力者やギルドの身元保証が必須になっている」

「違法な薬物や物を持ち込まれたら困るし…その、加護持ちとかだと…な…」


 衛兵たちが何を言いよどんだのか…ウィズダムは知っている。

 戦争以来、地上界で加護持ちの人間を危険視されているのだ。

 グロワール帝国の尖兵として前線に出ていたということもあるが、帝国は事もあろうに戦争を嫌がる…逃げようとする加護持ちに対して、とある薬品・・・・・を投与した。

 その結果、投与された加護持ちが暴走し、民間人だけでなくグロワール軍人まで虐殺するということが何度もあったため、加護持ちは戦争に参加した敵味方問わずに恐れられることになったのだ。

 もちろん本人の意思ではなかった事は知れ渡っているのだが、中には自発的におこなったものも少数ではあるがいたため、加護持ちを危険人物としてみる風潮が生まれてしまった。

一度植えつけられた恐怖はなかなか拭えるものではない、完全に加護持ち達の恐怖を払拭するためには自然に記憶が薄れるのを待つほかに方法がなく、何回か世代を経る必要があるだろう。 

今の時代、地上界の加護持ちは生きにくい時代を迎えているのは間違いない

 当然だが戦争の主犯であると共に、薬品の投与を命じたアヴァール・ログ・グロワール三世の名前は地上界史の中でも一級の極悪人犯罪者として、歴史の続く限り語られつづけるだろう。


「…とりあえずは加護持ちかどうかだけ調べさせてくれるか?」

「はい、どうぞ」


 ウィズダムはメガネを外し、衛兵達に見えやすいように目を大きく開いた。

 加護持ちとそうでないものを見分ける一番簡単な方法は、その相手の両目を見ることだ。

 普通の人間には自分を見ている相手の姿が映り込むだけだが、加護持ちの場合、その目に加護を与えた神の象徴である魔法陣が浮かび上がっている。

 要は自分が目をつけているというマークである。

 ウィズダムの藍色の目はどこまでも深い色をしているが、神を示す魔法陣はない。

 本人が神の一柱らなのだから当然だ。

 ちなみに彼女の丸メガネは伊達である。


「ふむ…加護持ちではないようだな、疑って悪かったね」

「いえいえ、むしろお仕事ごくろーさまなのです」

「さて、ではいよいよお金の問題なんだが…」

「ち、地上界は世知辛いのです」

「後、仮身分証代とは別に、入街料が銀貨一枚、計三枚かかるからよろしく」

「ナンデストーー!?」


 思わず新手の特殊性癖持ちみたいな物言いになってしまった。


「ここに来てさらなる値上がり!!何故に!?」

「はあ?身分証はともかく、まさかそれも知らないのか?」

「入街料の徴収は戦争の前から行われているんだぞ。どんだけ田舎から出てきたんだ君?」

「空の上より遠く、となりよりも近い場所ですけど何か!?」


 これまた地上界の常識だったようだ。

 そろそろウィズダムのメンタルがマイナス方向に振り切れて堕天しそうになるがなんとか踏みとどまる。

 身分を隠しているとは言え、女神のプライドはあるのだ。


「お金…お金の代わりならあるのですよ」


 ウィズダムはリュックを漁ると小さい袋を取り出した。

 指を突っ込んで中身を取り出すと、緑色の小さな石を摘んでいる。


「サファイアの原石ですよ。地上界では宝石もお金として使えると聞いたのです!!」


 ウィズダムはドヤ顔でサファイアを差し出した。

 神界の金銭が地上で使えるとは思えない。

 なので地上界も神界も関係なく使えるだろう宝石を持ってきたのだがしかし・・・。


「地上界?さっきからいっていることが所々よくわからないけど、残念なお知らせがあるんだ」

「な、なんでしょーか?」


 不吉な言い回しに、ウィズダムの背筋を冷たいものが流れていった。

  

「うん、実はねその支払い方法…ダメなんだよ」

「ぬあぜに!?」


 聞き間違いようのないダメ出しに、いつもより三割増くらいに変な言葉遣いになった。


「君みたいに手持ちがなくて、入街料を宝石とか貴重品でって言う人もたま~にだけどいなくはないんだけどね…」

「でもしがない衛兵二人が宝石の鑑定のスキルなんて出来ると思うかい?」

「がーん!!」


 あまりに正論過ぎて反論できず、心の衝撃が声となって出た。

 確かにそんなスキルを持っていたら衛兵なんかよりよっぽど実入りのいい仕事についているだろう。 

 もしあえて衛兵をやっている奴がいたら、そいつはとんだ才能の無駄遣いをしている。

 

「それに、仮にそのサファイア(仮)が本物だとしても…」

「本物なのですよ!!」

「うん、本物なら尚の事、お釣りとか払えないんだよね」

「え?」

「詰所に用意してあるつり銭用の硬貨、全部でも足らないかもしれない。入街料で街に入ろうとする人は君だけとは限らないからね、硬貨をゼロにするわけにも行かないんだ」


 宝石が高価なことがアダになった。

 しかしそんなことを予想しておけという方が酷というものだろう。


「そ、それならこのサファイアをどこか両替ができる所に…」

「ちなみにこの街には宝石商の店はない」

「がーん!!」


 宝石はお金に変えなければ何の役にもたたない綺麗なだけの石である…つまり、今のウィズダムは無一文に等しいということだ。

 余りにも厳しい地上界の洗礼に、ウィズダムの膝が折れた。

 どんなに高い書類の山を目の前に積まれても、ちゃぶ台返しはしても折れなかったウィズダムの心が銀貨二枚の入街料が払えなくて折れたのだ。


「どうしたんですか、ウィズさん?」

「レ、レギオス君…」


 崩れ落ちたウィズダムに、レギオスが駆け寄ってきた。

 この街を拠点としているだけあって、毎回身分証を提示していたレギオスは衛兵達にも顔パスで先に街に入っていたのだ。


「なかなか街に入ってこないからおかしいと思って戻ってきてみれば、何があったんです?」

「ええっとですね…」


 状況説明中…………………終了。


「はあ!?身分証を持っていなくて、仮身分証の代金と入街料が払えない!?」

「うう…」


 驚きの声と哀れみの眼差し…ぐさりぐさりと目に見えない刃が心に刺さる。

 何百年も生きているが、ここまで自分の無力を感じたのは初めてだった。


「…わかりました。ウィズさんの仮身分証代金と入街料は僕が払います」

「え?レギオス君?」


 後光が差して見えるレギオスの笑顔に、思わずウィズダムの瞳が潤んだ。


「そ、そんないくらなんでも…。」

「大丈夫です。フォレストウルフのおかげで懐は暖かいんです」

「レギオス君マジイケメンじゃねーですか!!リュミエールの爺よりよっぽど頼りになるです!!思わず拝んでしまいそうなのですよ!!」

「う、嬉しいですけど…光の主神様を呼び捨てにしてその上より良いなんて…宗教家の人に聞かれると説教されますから気をつけてくださいね」

「私に説教ができる人なんて滅多にいねーと思うのですが…」


 たとえ最上級の司祭であろうが、本物の女神であるウィズダムと比べれば埋めがたい壁があるのだ。

 そんな女神様ウィズダムはレギオスに迷惑をかけて本当に申し訳ないという思いと、年下の男の子に助けてもらうというシチュにウィズダムの内心はうれしはずかしである。


「いや~レギオス君にはどれだけ感謝しても足りないのですよ」

「最初に俺のほうが命を救ってもらったんですが…それに」

「それに?」


 なんだろな?と首をかしげるウィズダムに、レギオスはとてもいい笑顔を返した。


授業料・・・って考えれば安いものですよ。師匠・・

「…ソウデスネ」


 一瞬でレギオスの後光が黒くなった気がする。

 なんの授業料かは聞かなくてもわかる…どうやらレギオスは諦めていなかったようだ。

 しかも助けてもらった上に先立つものを肩代わりしてもらっている…これは断りづらい…っというか断るにはウィズダムの良心が豆腐メンタルすぎる。

案外レギオス少年は策士でもあったらしい。

 何はともあれ、ウィズダムは最初の難題クエスト、ウォールの街への入街ミッションに成功した。


 なお、翼を出してこっそり空から侵入すればよかったのでは?などという反論は倫理的な問題で受け付けない。

 世の中清く正しく生きるのが大事なのだ。


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