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最強女神の有給休暇  作者: 夢一夜
第壱章 最強女神大地に立つ!!
5/22

第参話 女神の弟子

 拝啓、神界地上管理課の皆様方。

相変わらずのご多忙のことと愚考いたしますが、皆様ご壮健でございますでしょうか?

そんな中、一人だけ地上界に来てしまい、少々後ろめたく感じる今日この頃でございます。

しかし、皆様総出で送り出していただいた以上、地上界を満喫し、帰還の際には多くの土産話を語ることこそ恩返しと考えているしだいです。

さて、有給初日兼地上界初日を経験中のワタクシでございますが、なんと地上界の少年に弟子入りを申し込まれてしまいました。

先程自己紹介を聞いたところ、彼の名はレギオス君というのだそうです、中々に勇ましい名前ですね。

13歳だそうです。

まだ成長しきっていない元気さと若さがそばにいて眩しいほどです。

彼から私に向けられる期待のこもった眼差しを見ていると、嘗て指導員として後輩の皆様を指導させていただいた時の事を懐かしく思い出してしまいます。

地上界からは手紙を出すこともできないのが不便きわまりありませんが、どうかお体にお気をつけて業務にお励みください。


追伸

リュミエール様・オンブル様をはじめ、上級神の皆様方にはこの機会に自分の行いが世界にどのような影響を与えるのかきっちり理解していただくよう、山のように仕事を押し付けていただきますよう熱望いたす次第です。



敬具

========================


「…はあ」


 地上管理課へのお手紙式現実逃避というなかなか高度なテクニックを終了させたウィズダムはため息を吐いた。

 いくら目を逸らそうとしても現実が変わることはない。

 レギオスが自分に弟子入りを言い出したことだって覆る様子もないと来ている…ため息の一つも付きたくなるだろう。

 そんなウィズダムのため息の元凶、レギオスは狼…フォレストウルフの毛皮を剥ぎ取っている。

 話を聞けば案の定、毛皮それが目当てでここに来たはいいが、最初の一頭が仲間を呼んでしまい、ピンチに陥っていたようだ。

 討伐したのは五頭だが、そのうち三頭に関してはウィズダムが考えなしに真っ二つにしてしまったので大丈夫かと聞くと、値が下がるかもしれないがそれはそれで使い道があるから大丈夫だろうという話だった。

 レギオスにしてみれば予想外の臨時収入になるのでホクホクだろう。

 嬉々として剥ぎ取りをしている姿は多分それが理由のはずだ。

 決してウィズダムは関係ない…はず。


「ん?どうかしましたか師匠?」

「…弟子にした覚えはねーのですよ?」


 ウィズダムを師匠と呼ぶことから始め、地味に外堀を埋めに来ている気はするのは気のせいだろうか?

 自覚してやっているならなかなかの策士だ。


「そもそも何で…剣の師匠なのですか?」


 レギオスの剣を借りて使ったのはあくまで成り行きだ。

 全く使えないというわけでもないのだが、基本的に見よう見まねで覚えたようなものだし、かなり我流が入っている。

 はっきり言って他人に教えるほど上等なものではない自覚がある程度の腕だ。


「こういうことはどちらかといえば知的な私より脳筋オムあたりの担当じゃねーですか…あ、でも今頃は使い物にならなくなっているだろうから無理かも…本気で役に立たねーのですよあの男」


 オムが使い物にならなくなっているであろうその原因は、言うまでもなくウィズダムのせいなのに凄い言いようだ

 ちなみにストレスの溜まり過ぎでカッとなって八つ当たり気味にオムを潰してしまった事をウィズダムは全く後悔していない。

 妻であるファムには同じ女として若干思うところがないでもないが、地上界の女性全般の貞操と平和のためにはむしろGJだったかもしれないとすら思っている。


「え、どうかしましたか?」

「レギオス君には関係ねーこっちの独り言です。気にしねーで剥ぎ取りを続けてくれて問題ねーのです」

「そうですか、分かりました」


 他力本願が良くないのは分かっているのだが、なら目の前にいるレギオスにどう対処していいかわからない。

 だからといって、時間をかけたからってどこからかご都合主義気味にヒントが出てきそうもない。

 さてどうしようか?


「え~っとレギオス君?」

「レギオスと呼び捨てでいいですよ師匠」

「だから師匠じゃねーですって…剣を教えて欲しいなら道場に行くなり剣士の人を見つけて師事するがいいのですよ。こんな素人捕まえてなに無茶言ってるデスカ?」

「素人?師匠が?ははは、ご謙遜を」


 あれはこちらの話を全く信じていない反応だ。

 まあ素人が結構強いらしいフォレストウルフを三頭、ありえない剣さばきで切り捨てるのを見れば仕方がない。

 むしろ素人じゃないという説明に無理があると自分でも思う。


「とにかく師匠と呼ぶのはやめてほしーのです」

「はい、わかりました師匠、ではなんとお呼びすればいいでしょうか?」

「……」


 本当に師匠扱いをやめるのか…どうにも疑わしいが、いちいち言っても埒があかないかもしれないと考え直した。

 何はともあれ、レギオスは先に自己紹介を済ませている。

 ウィズダムもそれに答えるのはマナーだ。


「ウィズ…ウィズでいいのですよ」


 あえて名前を端折ったのは一応ではあるが神の身分を隠すためだ。

 地上界における知名度は無いに等しいウィズダムだが、万が一ということもある。

 安易ではあるが、ウィズダムの地上界での名が決まった。


「はい、ウィズ師匠」

「……はあ」


 ただの師匠が名前+師匠に変化しただけだった。

 かなり強引にグイグイ来る少年だなとウィズダムは何度目かのため息を吐く。

 誤魔化しの為に剣を借りるのではなく、化物認定されるのを覚悟してでも拳を振るうべきだったか?と軽く後悔の念が湧いてくるのは本気でどうしたものだろうか?


「あ、剥ぎ取り終わりました」


 会話している間も地味に手だけは動かしていたレギオスの剥ぎ取り作業が終わったようだ。

 どうやらレギオスの予定では一頭、多くても二頭程度仕留めるつもりだったらしく。

それが単純に2.5倍になったものだから、彼が背中に背負った自前のリュックからは、入りきれずに無理やり詰め込んだらしき毛皮が隙間からこぼれ落ちそうになっている。

 しかも、そんな彼の足元には皮を剥がれた元フォレストウルフの亡骸がグロいことになっている…そんなスプラッターのど真ん中でニコニコ笑っているレギオスが猟奇的過ぎる。

表には出さないがウィズダムもちょっと退いた。


「…残りはいいんです?」

「はい、フォレストウルフは特に肉が美味しいわけではないですし、骨とかも素材になったりしませんから」


 流石、若いとは言え本職の冒険者はよくわかっているようだ。


「魔法が使えれば焼いても良かったんですが、俺は魔法が使えませんし、それにこのまま放っておいても森の動物が後始末をしてくれると思います」

「…そうですか、じゃあとりあえず街道まで出るのですよ」

「はい」


 このままここに居続ける理由はないし、必要のない殺生をする理由もないウィズダムは血の匂いに惹かれて来る他の魔物とエンカウントする前に、さっさとこの場を離れることを提案した

 レギオスも異論は無いようでウィズダムの後を付いてくるが、地味に三尺下がって師の影踏まずを実践してたりするからウィズダムとしては「何この子怖い」とか怯えていたりする。


「えっと、それでレギオスくんはなんで私に剣を習いてーのですか?」


 正直、気が進まないにも程があるが、何かしら教えないままにこの少年が引き下がるような気がしない。

 ウィズダムも、意地悪をしているわけではない。

 地上管理課の仕事に含まれることなら、一家言以上にいろいろ語れるし、指導できる事もあるのだが、業務内容に剣術という実技項目が含まれていなかったのがひじょうに悔やまれる。

 もしくは剣技ではなく拳技ならばまだどうにかなったかもしれないのだが…。


「はい、返してもらった剣を見て確信したんです。剣を教わるなら貴女しかいないって!!」

「あの剣を見て?そういえば随分じっくり見ていたような気がするですが、なにか付いていたのですかね?」

「いえ、何もついていなかったからです」

「ええっと…」


 会話がすれ違ったようだ。

 理解できなかったウィズダムが首をひねる。

 

「剣にはなにもついていなかったんです。フォレストウルフの血も脂も、俺が最初に倒した奴の分も含めて」

「ああ、そういう…」


 レギオスの補足で、ようやく彼が言いたいことが理解できた。

 やはり要点を明確にするのは会話において重要だなと思う。


「あれはきっと、余りにも高速で剣を振った事によって血糊がくっつくより早く切ったからに違いありません。その時に先についてた分も剥がれたのでしょう!?さすがはウィズ師匠!!どういう修行をすればそんな事が出来るようになれますか?」


 純粋な身体能力の差だが、女神補正のおかげですとバカ正直に答えるのがまずいことくらいはわかる。

同時に、ウィズダムははっきりとレギオスに言わなければならない。


「う~ん、情けないと思うかもしれねーですが、やっぱり私にレギオス君に剣を教えることはできねーみたいなのですよ」

「っ!!そんな!!」


 絶望したようなレギオスの表情に良心が疼くが、ウィズダムに退く気はない。

 未熟者であるウィズダムが、レギオスの言う速度で剣を触れるのは、彼女があくまでも(チート)であるからだ。

正体を隠すため、大分力を封じた状態ではあるが、神と人間との差は大きい。

ウィズダムとレギオンの外見が同じくらいの体型に見えても、それは文字通り見えているだけであって、内包しているものに猫と獅子くらいの違いがある。

神と人間の基本的なスペック差を埋める方法なんて、ウィズダムは知らない。

つまり、彼が求める答えをウィズダムは持っていないし、教えられる事が何もないということだ。


「……っ!!」

「人に剣を教えることができるほど自分の腕に自信がねーですよ。もっとふさわしい先生を探したほうがいいと思うです」


 出来る事を出来ないというのは怠慢であり、出来ない事を出来るというのは傲慢だ。

そのどちらも出来ないウィズダムは、せめて徹底的に、冷淡に、拒絶を込め、論じる暇を与えずに畳み掛けて少年の希望をへし折る…拒絶する。

 フォレストウルフとレギオスの戦いを見てもわかるとおり、この世界における剣の技術というのは直接的に命に関わってくる。

 弱ければ死んで食われるという弱肉強食の掟がまだ生きているのだ。

命に関わることを、素人が感覚と思いつきの生兵法で教えていいとは思えない。


「万が一、自分が適当に教えたことが原因でレギオス君が命を落とすなんてことになったら申し訳ねーのですよ」

「お、俺は気にしません!!」

「…レギオス君じゃなく、私が気にするのです」

「そ、そんな…」


 誰かを教え、導くならばそこには否応なく責任が発生するとウィズダムは思う。

 少なくともウィズダムにはそれを無視することはできない。


「分かりました。…ウィズさん…」


 内心での葛藤があったのだろう。

 しばらく黙って俯いていたレギオスがウィズダムを呼んだ。

 そこには師匠が含まれていない。


「申し訳ねーのです」

「いえ…最初から俺が一方的に言い出したことですし…こっちこそすいません」


 意気消沈…今のレギオスの姿はそれを体現している。

 その姿に罪悪感が疼くが、同時に不謹慎だとは思いつつもウィズダムはホッとしていた。

確かに、戦闘力という点だけ見ればウィズダムは高いものを持っているが、剣に関してはほぼ素人なのだから…これが正しい…元から畑違いの申し出だったのだ。

そのあとは互いに無言…多少の気まずさを感じながらも足を動かし続けていると、ほどなく森の境界線にたどり着いた。


「ようやく街道に出たですね」


 森を抜けた先にあったのは見覚えのある街道だ。

 短いはずなのに、色々と密度の濃い時間だったが、ようやく元の場所に戻ってこれたらしい。


「はい、フォレストウルフに囲まれた時には戻って来れるとは思っていませんでしたけど、ウィズさんのおかげです」

「大したことはしてねーのですよ」

「いいえ、この御恩は必ず返しますよ」


 ここまで言われてると遠慮する方が気が引ける。

 ならばとウィズダムは提案した。


「それじゃあ、どこか美味しいものが食べれるところでも紹介してほしーですよ」


 元々、それも地上界に来た理由の一つだ。

 レギオスがそれを知っているのならありがたい。


「ああ、それなら良い店を知っていますよ。案内しましょうか?」

「マジですか!?」


 地上に来て初めての食事という単語にウィズダムが反応する。

 美味しいものの食べ歩きもこの有給旅行の醍醐味の一つであるのは変わらないのだ。

 

「じゃあまずは一番近い街に行きましょう。俺が拠点にしているところです」

「え?」

「どうかしましたか?」

「あ、いや…街ってそっちにあるのですか?」


 レギオスが向かおうとしているのはウィズダムが歩いてきた方向だ。

 少し考えた後、ウィズダムはレギオスとは反対方向を指さす。


「…こっちの方向には街はねーのですか?」

「は?ありはしますけど、馬車を使っても三日はかかるくらい遠いですよ?歩いて行くなら一週間くらいかな?魔物も出たりしますから、実際はもっとかかると思いますけど…どうかしたんですか?」

「い、いや…なんでもねーです」


 ウィズダムは自分の髪と同じ色の空を見上げた。

 地上に来て初めて知ったが、どうやら自分の直感や験担ぎというものはあまり信用しないほうがいいらしい…そんなことを考えながら、ウィズダムはレギオスに続いて自分が歩いて来た道を逆に辿り始める。

 その背中が若干煤けているように見えたが、それに気づいたものはいなかった。


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