後編 私はコレで有給をゲットしたのです!!
神にはランクというものがある。
神の前につく上級・中級・下級の三つがそれだ。
一番下の下級、これはランク最下位を意味し、神として行動するときは紺色の制服を着用する義務がある(神によっては有翼だったり尻尾があったりするのでそれに合わせた制服の改造は可)。
次に中級、下級以上ではあるがいろいろな条件で上級には届かないという神が所属し、神として行動するときは下級の制服をそのまま白くしたものを着用する義務がある。
最後の上級、このレベルになると地上界でも名を知られた伝説級の神であり、制服の着用義務はなく、各々の好みの服装でいることをはじめとして、いくつかの特権を行使することを許されるのだ。
ランク分けの基準はいくつかあるが、その一つに神力の強さが挙げられる。
神力とは神のみが持つ霊的な力であり、つまりどれだけ強い力を使えるかどうかということなのだが、下級は神ならば誰でもなれる。
そこに神力の強弱は関係ない。
中級は最低でも下級神の平均神力の10倍が求められる。
上級に至ってはさらにその10倍、つまり上級になるためには下級神の平均の十の十乗倍の神力が必要になる。
この差ははっきり言って大きく、下級が中級に、中級が上級に勝つのはほぼ不可能といっていい。
いわんや、下級神が上級神に勝つなどというのは…油断しきった隙を突きまくった上で人間種の言うところの奇跡でも起きれば天文学的な確率で可能…かもしれない。
不可能ではないかもしれないが、考えるに値しない確率でまず無理だろうというレベルだ。
だが、ウィズダムとオムのそれは全く話が違う。
確かにオムは調子に乗っていたが、油断していたとは言い難い。
何より、ウィズダムはオムの神剣を真正面から受けて止めたのだ。
オムの神剣の威力はここにいる誰もが知っているものであり、まともに受ければ同じ上級神でもやばいと思うものだった。
そのありえない事の原因が《神鉄》にあるのは間違いはないのだが、そもそもこの神鉄というやつは注ぎ込んだ神力に応じて硬度を上げるという、ただそれだけの代物だ。
つまり、信じられないことだが、少なくともあの一瞬、下級神であるウィズダムの込めた神力が上級神のオムが神剣に込めた魔力を圧倒していたことになる。
しかもその後、神剣を素手の握力で握りつぶすなんて力技での破壊を見せられては理解など追いつくはずがない。
思考などいくらでも停止する。
「お、おのれ、よくもオムを!!」
最も早く正気に戻ったのは火の精霊神、サラマンダーだった。
オムと同じくらいに血気盛んなサラマンダーは、オムとの共通項も多い。
会えば酒を酌み交わすくらいの友人関係であり、友人を沈められて黙っていられるような性格もしていなかった。
理解を後回しにとりあえずウィズダムに仕掛けることにしたようだ。
所詮、コイツも脳筋カテゴリー枠である。
「焼き尽くしてくれる!!」
人間には不可能な大きさで口を開いたサラマンダーの喉奥ではちろちろと炎が踊っているのが見えた。
火を司るだけあって、彼の放つ炎のブレスは地上界に生息するドラゴンのブレスを凌ぐ。
放たれればこんな一室は文字通り炎で満たされるだろう…放たれればの話だが…。
「……」
「ム?ふぐ!!」
次の瞬間、サラマンダーはウィズダムを見失った。
姿が掻き消えたウィズダムを探そうとしたサラマンダーだが、気がつけば天井を見ている自分に気づく。
「…へ?」
ウィズダムを探すにしても、最初は左右の確認からだろう。
確信がなければ真っ先に頭上を確認したりなどしないし、何よりサラマンダーも自分の意志で見上げたわけではない。
しかも何故か顎の下が痛かったりする。
これらから導き出せる答えは…。
「何ふざけてるのですかこのトカゲ…」
「っ!!」
オムと話していた時より一段と冷えた声が聞こえた瞬間…サラマンダーは死の覚悟を決めた。
この時の自分が、目にもとまらぬ速度で距離を詰めたウィズダムのアッパーをくらい、地面から少しだけ体が浮いた状態にあったことを知るのはしばらく後のことだ。
サラマンダーに見えたのは白く大きな翼と打ち据えられる痛み…そして地獄が始まった。
「我!gi!!グ!!!げ!!!!go!!!!!!」
下から打ち上げれば殴られたものは反作用で宙に浮く、簡単な物理だ。
右拳で撃ち上げて左の翼で叩き落とし、待ち構えていたところで左の拳を斜め下から叩き込みつつ右の翼で叩き落として再び右拳…四葉のクローバーに似た軌跡を描きながらウィズダムがサラマンダーをボコボコにしていくエンドレスコンボが成立していた。
強靭で硬いはずの鱗をものともせずに、華奢にすら見えるウィズダムの握り拳と翼の叩き落としの打撃力をサラマンダーの体に叩き込んでいく。
コンボ発動からそろそろ一分になるが、サラマンダーの足どころか体のどの部分も地面に落ちることを許されていない。
最初は本能か理性かしれないが、サラマンダーにも反撃しようという素振りは見えた…のだが、10秒ほどコンボが続いた時点で自発的な身動きをしなくなった。
神というのは結構耐久力に優れているため、物理的な破壊力だけでは神殺しを成し得ない。
オムがそうたように、魔力か神力かを破壊力や武器に上乗せして叩き込む必要がある。
しかし、見たところ今のウィズダムの拳と翼は神力がこもっていない。
その純粋な打撃で神の防御力を突破できるということも信じがたいが、それはサラマンダーにとっての救いではない…むしろ拷問だ。
死なないだけにどれだけ殴られても痛いだけ…っということは、それこそ死んだほうがましな痛みを食らっても死ねず、挙げ句の果ては神としての特性が気狂いになることも許してはくれない…これを拷問と言わずになんと言えばいいのか?
サラマンダーだけでなく、周りで見ている者達の心まで折れそうだ。
現に、上級神たちも含めて周りにいるすべての神がサラマンダーを助けることもできずに顔を青くしてひいている。
未来視の能力を持っていなくても、あの嵐の中に飛び込めば、自分もサラマンダーと同じ末路を迎えるのが容易に想像できるからだ。
「…こんなものでしょうかね?」
実際の時間にしたら二分もたってはいないだろう。
動きを止めたウィズダムの右手に吊り下げられているのはボロ雑巾のようになったサラマンダーだ。
全身を血の赤と内出血の青で斑模様になり、長い舌を口の端からだらんと垂らしている姿は、なんでこれで生きているのか不思議な有様だった。
そして全員が思う…サラマンダーのようにはなりたくないと…。
「…重要書類の散らばった部屋で火を使おーなんて…書類一枚分の価値もないくせに…死にてーのですか?」
重要書類が散らばった原因は、ウィズダムのちゃぶ台返しのせいなのだが、そんな命知らずなツッコミを入れる猛者はもういない。
上級神の中でも武闘派に属する二人を立て続けに相手をし…否、一方的にボコボコにしたのを見れば物申す事の危険性は言うまでもない事実、少なくともここにいる全員は、ウィズダムに心を折られていた。
「さ~て~」
「「「「ひっ」」」」
コテンと首を斜め四十五度に傾けたウィズダムがリュミエールをはじめとした上級神達を見る。
血走った目と三日月の形で嗤う口の取り合わせに、上級神達が物理的な意味で一歩ひいた。
地上界の信者たちが見たら目を剥くだろう。
「皆様~、私達は事務職がメインですので、重要書類を燃やす、濡らす、破く…ましてや踏んで足あとをつけるといったことをやらかしたアホは、容赦なくぶっ殺す所存ですのでーそこんとこ夜露死苦なのですよ」
「「「「あ!!」」」」
上級神達は、そこでやっと自分たちの足の下にあるものに気づいた。
どれが重要書類化はパッと見では分からないが、しっかり踏んでしまって足跡のついた書類達…特に体が水で出来ているウンディーネが踏んでしまった書類は水がしみてもはや元は何が書いてあったのかわからない有様だ。
「つまりこれは…皆様も喧嘩を売っているってーことでいいのです?」
「「「「っ!!」」」」
ウィズダムがそれに気づいたと悟った瞬間、サラマンダーが感じたものと同じ戦慄が上級神達の背筋をなで上げる。
ここはやばい、しかし周りは踏んではいけない重要書類の地雷原…動けない。
「…おや?」
即座に飛びかかってくるかと思われたウィズダムだが、何かに気づいて気がそれた。
室内にいる全員がその視線を追えば、徐々に離れていこうとしている真っ黒な背中が目に入る。
「もうお帰りなのですか、オンブル様?」
「あ、ああ…取り込み中のようじゃしの…1000年後くらいにまた日をあらためて…」
「そうなのですか?ろくなおもてなしもできずに申し訳ねーのです。よければお茶でも入れるのですよ?」
「い、いや…取り込み中のようだしの、ワシのことなんか気にせずそちらを優先してくれていい…むしろ気にするな…」
「オンブルーーー!!」
「のお!?」
こっそりと離脱を図っていたオンブルに、そっくりな白い老人がタックルを仕掛けた。
言うまでもなくリュミエールである。
「お、お主わしらを見捨てて逃げるつもりか!?」
「なんじゃその言い方は!?今は昼でお前の担当であろう?つまりあれも今はお前んとこの部下であろうが、ちゃんとしつけておかんかい!!」
「だってあの女神なんか怖い!!」
「わしだって怖いわ!!」
色違いのそっくり老人が言い合いをしている姿は実に奇妙だ。
「助けてくれてもいいじゃろ弟よ!!」
「兄のくせに弟に頼るでないわこの愚兄!!」
「言ったな、言ってしまいおったな愚弟!!」
実はリュミエールとオンブルは双子の兄弟であり、それぞれが光と闇を司っていたため、二人がそれぞれ昼と夜の半分ずつ神界の主神になったという経緯がある…まあ、今はあんまり関係ない。
重要なのはそんな不毛な言い合いの間にも、ウィズダムとの距離が詰まってきている事実だ。
有言実行に床の書類を全く踏まないのは流石だが、そのゆっくりとした動きが恐怖をガンガンに刺激する。
最早これまでと上級神達が覚悟を決めた時…救いの手は意外なところから来た。
「お、お静まりくださいウィズダム様!!」
今まで外野…いや、はっきり言って目に入っていなかった他の下級神達がウィズダムの前に並んで土下座しつつ拝んでいる。
「これ以上はやばいですよ!!どうか、どうか!!」
「…マーレットさん…書類を大事にしない悪は即斬れが私の方針ですよ…そこにいられるとその神様達殺せねーのです」
壊れた笑みで悪即斬の精神を説きつつ、はっきりと殺すと言い切ったウィズダムは聖母にも似た微笑みを浮かべていた。
「じ、上級神の皆様にも悪気があったわけでは…」
「こんな忙しいのはそこの人達が原因の大半じゃねーですか?同情の余地なしだと思うのですよ?」
「そうですけど、そうですけど!!それでも寝込まれたりひきこもられたりいなくなったらそれはそれで困ったことになります!!」
マーレットの説得にウィズダムが頷く。
ただしそれは理解の頷きではない。
「問題ねーです。そん時は私が《ハイパーウィズダムちゃんモード》になってちゃっちゃちゃーと仕事を片せばいーのです。だからこれ以上仕事を増やされる前に始末するのはこれ正義、つまりジャスティスじゃねーですか?」
「かっこいいコト言ってますけど、それってアレですよね、神力ドリンク《ファイト一発昇天》をダースでがぶ飲みして無理やりブーストかける禁じ手ですよね!!いくら神とは言え寿命が縮みますって!!」
「過労死した神なんて知らねーですよ。せいぜい薬が切れた後でやたらとハイテンションになってこの世のものとは思えないパラダイスが見えちゃうかもしれないな~?で済む程度じゃないのですかね?」
「アウトーーーー!!それ絶対アウト!!前から思ってましたけどあれって間違いなく依存性のあるやばい成分混じってますよね!?」
ウィズダムは聞く耳を持っていないようだ。
今の彼女の目にはリュミエール達は獲物に見えているのかもしれない。
「持ってきましたーーー!!」
そんな上級神達危機一髪な状況に、一人の女神が飛び込んできた。
ウィズダムと同じ有翼の女神だが、こちらの方は燕を思わせる鋭角的な翼で色も鳶色、同じ色の髪をボブカットにしたすみれ色の垂れ目が印象的な女神だ。
服装を見るとウィズダムの来ているのと同じ紺の制服に黒の外套、おそらくは最初からこの部屋に居たが隙を見て抜け出していたのだろう。
彼女は手に持った箱をウィズダムに向けて差し出す。
「独自ルートから入手した地上界のスイーツです!!」
「ぬあんですとー!?」
即座にウィズダムが反応した。
箱を見る目からは狂気が消え、キラキラと星が輝いている。
「エ、エヴァンジェルちゃん?それ本当デス?」
「え、ええ…ぜひウィズダム様に…めし上がっていただこうと」
「マジスカーーー!!」
「っく!」
最後の悔しげなつぶやきこそが本心のような気がする。
彼女も女だ。
甘味の魅力には抗いがたいものがあるだろうに、それを気合で振り切ったのはあっぱれと賞賛すべきだろう。
「え?ちょっと待って、地上界の物を勝手に神界に持ち込むのは法で禁じられているはずでしょう?」
ウィズダム達のやりとりにハッとしたファムがツッコミを入れてきた。
「独自ルートってそれは違法入手…」
「「「「「死にたくなかったら黙ってろ…」」」」」
「…はい」
ファムの失言を、下級神達の睨みと静かだがドスの篭った声が封殺する。
この場で必要なのは法ではないのだ。
「え~でもでも~エヴァンジェルちゃんも食べたいんじゃねーのですか?」
「そ、それは…でも、いいんです!!いつもお世話になっているお返しです」
「エヴァンジェルちゃんマジ天使!!」
「いいえ、これでも女神です」
何かを振り切ったエヴァンジェルの顔には輝く笑みが浮かんでいた。
その目尻に輝く一粒のダイヤこそ彼女の勲章だ。
「そ、そこまで言われたらしゃーねーですね~♪」
ニヘラと笑うウィズダムに、周りの下級神達が床の書類を集め、テーブルと椅子を用意し、紅茶まで入れて準備を整える。
ワクワクとしたウィズダムの目の前に用紙されたのは生クリームの白といちごの赤で構成された柔らかそうな三角形。
「地上でショートケーキと呼ばれるものです」
「お、おお~」
ショートケーキを前にしたウィズダムは感動に打ち震えていた。
添えられたフォークを手に取り、おずおずとすくい取るようにショートケーキの一角を削り取り、口元に運ぶ。
「ん~~~~~♪」
美味しいと言いたいけど口の中のショートケーキを吐き出したくないという二律背反に挟まれた声が出た。
顔には満面の笑み、背中の翼もパタパタと羽ばたいて軽くウィズダムが浮き上がっている。
とても微笑ましく嬉しそうだ。
点数をつけるなら100点満点だろう。
見ているだけで幸せになれそうなリアクションだ…例え頬をはさんでイヤンイヤン状態の両手に血の跡があったり、純白だった翼が赤と白のストライプになっていようと、微妙にショートケーキの色に似ていようと、そんなもんは見なかったことにすりゃいいのである。
「おいすぃ~じゃねーですか~疲れた脳細胞に甘さが染み渡る~この糖分のために仕事しているって気がするですよ~」
一口一口を味わって食べ、その度に全身で喜びを表現するウィズダムを見ることが出来れば、作った職人も感無量な気持ちになれるだろう。
ただし、限りあるものはいつかなくなるのが運命…ショートケーキの最後の一変を味わい尽くしたウィズダムは紅茶を飲みながら満足の溜息を吐いた。
「神界に甘いものがないのか?」と聞けばはっきり言って「ない」という答えが返ってくる。
それどころか食料以前に食材と呼べるものさえめったに存在しない。
そもそも、神という存在は食事を必要としない…大気中のマナを自動で取り込み、エネルギーにすることができるので空腹すらないのだ。
しかし、ウィズダムがケーキを食ったように、ものが食べられないというわけでもない。
味覚は存在しているので味を感じることはできるし、肉体操作で対毒能力を押さえればちゃんと酒で酔っ払うこともできる…のだが、食事からのエネルギー摂取は効率が悪いので、基本的に嗜好品扱いになる…食べない神は全く物を食べない。
食べることができないのではなく食べないのだ。
食材も無く、食事の必要もないと来れば料理文化が育つわけがない。
もし、どうしても欲しかったらそれこそエヴァンジェルのように神界の法を犯してでも地上界から入手するしかないということになる…尤も、違法とは言えバレても大した罪にはならないので、ザル法化しているのが現実だ。
「そ…そんなに甘いものが好きなの?」
ようやくショックから立ち治った女神・ファムがウィズダムに話しかけてきた。
同じ女神ということで話しやすいだろうというほかの上級神達の無言の圧力に負けたのだ。
「そですねー、スイーツにこだわらねーですよ。やっぱり神界にないこの味わいみたいなモノがなんとも、叶うなら一度でいいから地上に行っていろいろ見て周りたいと思うです」
ショートケーキを食べてホクホク顔のウィズダムからは、地上界に対するあこがれのようなものが感じられた。
だからこそ、ファムが次の一言で口を滑らせる。
「そんなに興味があるなら地上に降りればいいじゃない?」
「……ちっ」
上機嫌だったウィズダムの顔が忌々しいものへと急降下しつつ、目をそらした。
周囲の下級神達も舌打ちしたり顔を逸らしたりしている。
「さすがは上級神様、とんだブルジョア発言じゃねーですか…いつの間にかファム様はどこかの女王様になっていたようなのです」
「え、ええ?…あ」
ウィズダムが何を言いたいかに思い至ったファムがまずったーという顔になる。
神界の神が地上界に行く方法は二つある。
一つ目は転生、二つ目が降臨だ。
転生は長期に渡って地上に関わる時に行われる方法で、生まれるというプロセスを経て地上界においてひとつの生き物として生きて死ぬ。
その間、神であった記憶は封印され、死んだ後に自分が何者だったかを思い出すのだ。
記憶はなくしているが、なにをやるべきかは生まれる前に魂に刻み込んでいるため、無意識にそれに沿った人生を送ることになる。
俗に言う賢人や英雄など、所謂“使命を持って生まれてきた”とされる者の正体はだいたい神の誰かだ。
そして降臨、これは神が直接地上界に赴く事を意味する。
当然記憶は持ったままだし、転生による力の減退もない完全な状態である。
ただし、これは中級神以上に限定される。
中級以下の名も無い神が降臨しても力が足りなかったりして、逆に地上界に悪影響をもたらす可能性もあるからだ。
そのため条件が厳格に定められている。
中級神だと神力などの問題から、他の神の補助を必要とするのだが、これが上級神となると自力での降臨などが可能になるため、オム辺りはちょくちょく違反し、それでも反省も後悔もせずに地上に降臨していた…主に遊びという名の浮気のために神の力を無駄遣いしていたのだ。
そんな現在壁画男の罪状はともかく、ウィズダムの地上に行きたいという願いを叶えるためには転生では都合が悪い。
地上界でいくら食べ歩きしようとも、それを思い出すのは神界に戻ってからだ。
それでは味わったのではなく単なる記憶の一つでしかないので、文字通りの意味で味気ない。
降臨にしても、一応?下級神であるウィズダムはたとえ有事でも許可が下りない、ましてや食べ歩きなど理由として論外である。
それ以前に、ウィズダムはオムと違って法より自分の欲を優先させるような節操なしではない。
「……………認めよう」
「は?」
重くなった空気の中、いきなり意味不明な言葉が聞こえてきた。
見ればいつの間にか兄弟喧嘩を終わらせたリュミエールが威厳たっぷりに立っていた。
殴り合いをした名残らしき青アザを顔につけたままなのに、威厳を纏えるあたりはさすが主神だ。
ちなみにその足元にはオンブルがうつ伏せで倒れていたりする。
なんとか兄としての面目は死守したようだが、いくら双子の兄弟とはいえ自分と同じ主神を床に沈めたことが知られたらとんでもなくまずいことになることを、この爺は忘れているか思いついていないのか…とりあえず本人は妙にドヤ顔だ。
「…リュミエール様、今…なんと?」
「ウィズダムの地上降臨を認めるといったのだ」
「「「「「ナンダッテーーーー!!」」」」」
級の上下を問わず、神々が一斉に叫んでいた。
見事な異口同音である。
「い、行っていいのですか?」
「うむ、有給もとらせよう。どんと百年でどうじゃ?」
「百年も!!」
百年という時間は、神を持ってしても決して短い時間ではない。
しかも有給…給料をもらいながらの休みであり、何より諦めていた地上界への降臨まで認めてもらえたのだ。
ウィズダムにしてみれば、こんなに幸せになっていいのかしらという思いである。
「「「「「反対!!」」」」」
地上界巡りバカンスに思いを馳せていたウィズダムではあるが、待ったコールを聞いて正気に戻る。
反対人物を睨んで見れば、この場にいる下級神のほぼ全てであった。
これにはウィズダムも意表をつかれる。
「あ、貴方達?」
「行かないでくださいウィズダム様!!」
「ウィズダム様がいなかったら、何かあった時にどうすればいいんですか!?」
「あなただけが頼りなんです!」
「ウィズダム様、見捨てないでください!!」
聞けば聞くほど情けない気がする。
特に最後の男神など、雨の日に捨てられた子犬を連想する目で斜め下から見上げてくるという高等テクニックを駆使していた。
はっきり言ってあざといが…本心なのだろう。
これがショタ系ならパーフェクトだが、ゴリラみたいな男神が泣きながらにじりよってくるさまはゼロを通り越してマイナスが入る。
「……仕方ねーですね」
やれやれと、わずかに寂しそうにウィズダムは微笑んだ。
ここまで期待されておいて、地上界へバカンスなどと言い出せるわけがない。
千載一遇のチャンスだったが…仕方があるまいとウィズダムが諦めかけた時…。
「ちょっと待ちたまえ君たち!!」
苦笑して行かないと宣言しようとした所で、待ったコールが入った。
振り返ればマーレットが神妙な顔でウィズダムと彼女にまとわりついている同僚たちを見ている。
「ウィズダム様を…行かせて差し上げよう」
「な!!」
ウィズダムの地上行き…マーレットはそれに反対しなかった数少ない者の一人だった。
「ちょ、本気かマーレット!?」
「これはチャンスなんだ!!」
「っ!!」
マーレットの怒声が反論をカウンターで打ち返した。
「考えても見ろ、影でケチ神と呼ばれているリュミエール様がとうとうボケて100年の有給なんて気の迷いを口にしたんだぞ!!」
「え?ケチ神?君らワシのことを影でそんなふうに呼んでいたのか?っていうか気の迷いっておい!!わしはまだボケては…」
誰かがマーレットの演説に口をはさもうとしてような気がするが、みんな気のせいだろうと聞き流した。
誰の声か気づいた者も無視していいだろうと聞き流した。
無視されて部屋の隅でいじけ始める光の主神なんて見えないし聞こえない。
「俺はウィズダム様にはこの機会に十分に羽…ではなく翼を伸ばしてきていただきたい。今こそウィズダム様に恩を返す絶好の機会じゃないか?みんなウィズダム様には常日頃お世話になっているだろう?覚えがないとは言わせんぞ?」
「し、しかしマーレット、この前の戦争もようやく終わったんだぞ、今また何か問題が起こればウィズダム様無しに処理しきれるとは…」
ちらりと、下級神が揃って上級神達を横目で見れば、少なくない心当たりのある上級神立ちが背筋を伸ばす。
後ろめたく思う心はあるようだ。
「大丈夫だ。有給を出したのはリュミエール様なのだから、きっとウィズダム様の空いた穴のフォローにだって協力していただけるはずだ。ですよね?」
「え?わし…あ、そうじゃね…」
完全に無視されていたところに話を振られ、リュミエールは思わずイエスと返答してしまったが、とっさでなくても同じ答えを返していただろう。
下級神のくせに上級神を簡単にひねる|わけのわからない怖い女神だが、それでも下級女神であることには変わりない。
ということは、一度地上界に送ってしまえば自力では帰ってこれないということだ。
つまり何が言いたいのかというとこの爺…「これって100年の島流しみたいにできるんじゃね?しかも大義名分が目の前に勝手に用意されてあるじゃん!!」などと考えているので、この申し出は諸手を挙げてカモン!!だったりする。
「そう…だな…」
光を司っているくせにやたらと腹黒い爺の言質をとった下級神達は互いに顔を見合わせ合い、その瞳の中にある決意を確認し合って頷く。
「もう…独り立ち…しなきゃな…」
「そうだ!!だからこそ、ウィズダム様を安心させて送り出そうではないか!!」
「「「「オオーーーー!!」」」」
体育会系ノリなマーレットの言葉に、全員が拳を突き上げる。
既に心は一つな感じだ。
「み、みんな…」
その全てを最も近くで見て聞いて感じたウィズダムの目には、涙が滲んでいる。
「ウィズダム様、俺たちはもう大丈夫です」
「私達だけでやってやりますよ。信じてください」
「100年間、完璧にやり遂げてみせます」
「お土産、期待させてくださいよ」
「楽しんできてくださいね」
「か、管理課の皆は最高じゃねーですか!!」
もはや限界だった。
泣くウィズダムを中心に円陣のように囲み、さらにはウィズダムの胴上げが始まった。
小柄なウィズダムは何度も空中に放り上げられ、落下してはまたみんなの手で空中に放り上げられた。
「「「「「ワッショイ、ワッショイ!!」」」」」
「あははーやりすぎじゃねーですか?でもどさくさに紛れてスカートの中の中とか覗くんじゃねーのですよ?」
「「「「「ワッショイ、ワッショイ、アハハハ~!!」」」」」
みんな楽しそうに笑っている。
この光景を絵にして、題名をつけるならば《青春》という言葉以外にはないだろう。
「え?なんじゃこの空気?わしって主神じゃろ?なんかあの小娘の方がよっぽど主神っぽく見えるのはなぜじゃ?」
「「「「……」」」」
リュミエールの呟きに、残りの上級神達は答える言葉を持たなかった。
下級女神ウィズダム、地上界における100年の有給ゲット。
これが後に様々な伝説の立役者となるウィズダムが地上界に降臨した顛末である。
…しかしそれはまだ、語られることのない物語。
■パララディ
エルフ・ドワーフ・獣人・魔物・魔法など一通り揃った所謂、異世界というやつ。
パララディの特徴として地上界と神界が重なって存在する二界構造という作りをしている。
地上界にの生物はバラエティに富んでいるが、神界には神しかいない。
■神
地上界に生きる者より高次の存在。
そうでなければ神界で存在することもできない。
様々な属性を持ち、魔法によく似た神術という力を使える。
その姿に統一性はなく、やたらと個性が豊かな性格の神もいるので千差万別。
神は最初から神として生まれる者と、自分の持つ階位を上げて上り詰め、神界に至る二種類がいるがどちらが優れているとも言えない。