休日と魂
少し空いてしまったけれど、読んで下されば幸いです。
ミスター
ここは王都の裏路地の一角、細々と営業する一軒のバー『ネリネ』
少々古めかしい内装の店内。
今日は定休日のため客は入っていない。
ちなみに今日の飾り『変わり種』を今から取りに行くところのようだ。
先日カリュートから「コウイチ殿の好きそうな剣が入ったのですがどうでしょう?」と声をかけられ、今から『カリュニス商会 王都支部』へと出かけるところだ。
カリュートには俺の趣味である『変わり種集め』に協力してもらっている。
基本的に予算がないため休日に見に行って、買わずに一緒に茶だけ飲んで終わる。
という迷惑この上ない事が習慣化しつつある。
「今日は予算内に収まると良いんだが…」
財布をのぞき、そんなことを一人呟きながら店を出る。
しばらくしてカリュートの店が見えてきた所で、店の前で業者と話していたカリュートがこちらに気づいて挨拶してきた。
「おぉ、コウイチ殿!いらっしゃいませ」
こちらも片手をあげて、挨拶を返す。
「おはようカリュート。『変わり種』の剣を見に来たよ」
決して買いに来たと言わない所がミソだ。
「中で待たせてもらってもいいか?剣はそっちが終わってからでいいから、今日は休みだから時間はあるんだよ。それにカリュートが仕事ほったらかして俺の相手をすると業者さんも困るだろうし、商人の信用もなくなるぞ?」
「しかし、コウイチ殿を待たせるなど…」
今にも業者を放置して案内しようとするカリュートに先に釘をさす。
「いえ、分かりました。これも仕事です。きっちりこなしますとも!」
業者も俺も苦笑いだ。
しばらく店内で商品を見ているとカリュートが戻ってきた。
業者とのやり取りは終わったらしい。
「さぁ、お待たせいたしましたコウイチ殿。奥の部屋へどうぞ。すぐに『変わり種』を持ってこさせますので」
そう言うと店員に何か指示して奥の部屋へと歩き出す。
しばらく待っていると布に包まれた剣らしきものを抱えて店員が入ってきた。
「これがコウイチ殿にお見せしたかった『剣』でございます」
そういって店員から『剣』を受け取り布を解いていく。
「どうでしょうか?鉄でできているのは分かるのですが、名称までは分かりませんでした。しかし現存の剣のようにモンスターの血を打つ時に入れなかったのでしょう。刃は鋭いのですがおそらくショートソードにも打ち負けるのでは無いでしょうか。実に美しいので観賞目的で作られたのではないかと」
武器や武具のたぐいは必ずモンスターの血が入っている。
それにより強度が跳ね上がるのだ。
モンスターのランクにより強化の度合いも違ってくる。
まあ、そんなことより…
「……『刀』それがこれの名称だ」
そう言って刀を手に取る。
刃渡り60cmほどで綺麗な曲線を描いていて、
鍔は黒地に白で菊が彫られている。
鞘は黒漆、長く野晒しだったのか鍔共々ところどころ剥げている。
刀は日本人として好きではあるが物の良し悪しがわかるほど調べたわけじゃない。
俺がこっちにトリップしてるくらいだからこんな小物も来ててもおかしくはない…か?
「は~それはカタナと言うんですか、流石は『賢者』様よく御存じで。しかし使えもしない剣をなぜ作ったのでしょうな?」
俺は『賢者』と言う言葉に我に返りながら、言葉を返す。
「使えないわけじゃないさ。ここの剣は基本両刃で切れ味よりも頑強さに主眼を置く。それはランクの高いモンスターが固いからであって低い者はあまり関係ない。それに魔力を扱えるものなら武器に纏わせ戦うことも可能だろう、効率は悪いが」
「これを売りに来た冒険者は魔法剣士でしたが、とても使えたものじゃないと言っていましたが?」
魔法剣士はその名の通り魔法と剣技を使う。
武器に魔力を通すのは魔法剣士には当たり前の事なのだが。
「おそらく刀が技で斬る剣だからだろうな。現存の剣は重さで押し切るものが多いし、高ランクになるとモンスターがフルベ(バターの様な物)のように切れる。おおよそ刀で使う斬るための技術は使わないだろう。それこそ砂漠の民たちの曲刀が一番近いんじゃないか?」
要するに冒険者達は力いっぱい振れる剣が好きという事だな。
そのための頑強さという訳だ。
「なるほど…そういえばコウイチ殿も最初曲刀をお探しでしたな?ははぁ、もしかしてカタナをお探しでしたか?」
俺は苦笑をうかべながら答える。
「よく覚えてるな、確かに刀を探していたんだが使える技術もないしあっても手に余っただろうな」
「技術がないですか?それほどお詳しいのに」
「知っているだけさ、使えるとはまた別の話だよカリュート」
「それもそうですな、それでどうします?」
いきなり話を振ってきたな。
「どうって?……あぁ買うかどうかか、話ていて忘れかけてたよ」
俺の言葉に苦笑を浮かべるカリュート。
「これは俺のもう帰れない故郷の剣だそれに刀は特別なんでな。買うよ」
「ありがとうございます、それではお会計を済ませまてしまいましょう。『ネリネ』まで届けさせましょうか?」
そういうカリュートに断りを入れ俺は『日本刀』を腰に差す。
「いや、このまま持って帰るよ…戦えないのに刀を差して歩くのも変かもしれんが、譲れないよなここは」
最後は独り言になってしまったが、日本人として譲れない。
…なんか中二臭いが気にせず行こう。
カリュートは不思議そうな顔をしてこっちを見ている。
「そのカタナに何か意味があるので?」
ストレートですねカリュートさん。
意味か・・・
「刀は俺の故郷では過去のものだが、その過去に意味がある。刀は故郷の平和を創ってきた偉人たちの魂であり、そのために亡くなった人たちの魂でもある。俺はもう戦えないがその魂ぐらいはここに持っておきたいんだ」
そう言って心臓のあたりを叩く。
「そうですな、よくわかります。我々鱗族も誇りを大事にする種族ですから」
そう言ってウンウンと頷くカリュート。
確かにカリュートは商人に誇りを持っている。
それが俺に適用されないだけで…
「それじゃ、そろそろ行くよ。また何か入ったら教えてくれ…買えるかどうかは別にして」
「はい、わかりました。お知らせいたしますね、ではまたのご来店を」
カリュートが見送る中、帰路につく。
軽くなった財布と重くなった腰。
刀の柄を触りながら、戦えなくなった体に初めて『魂』が入った気がした。