店主と翼共。
今回は毛色がちょっと違います。
浮気/報われない。等、合わないかたはご注意下さい。
ここは王都の裏路地の一角、細々と営業する一軒のバー『ネリネ』
少々古めかしい内装の店内はきれいに清掃されている。
まだ朝方だというのに1人の客が来ているようだ。
今日の飾りは愛斧のハンドアクス(貰い物)のようだ。
「今日は早いな仕事はどうしたんだ?」
こいつはマルムネック・ショーニス。
歳は15歳。
俺の店の常連では最年少だ。
珍しい鱗族と翼族のハーフだ。
翼族のように体は人、ではなく黄色の鱗で覆われている。
だが羽と頭が翼族らしく鳥のような造りをしている。
鳥の種類はハワイオウムか?おそらくその類だろう。
つぶらな瞳に上は白、下は黒の嘴。
色彩も豊かで頭は赤だが羽は赤、黄、青と目立って仕方ない。
背丈は150cmほどと小さいが、本人は気にしていない。
愛称は『マルム』だ。
「それが聞いてくださいよテンチョー!新しく雇ってもらった所なんですけど…
なんと!クビになっちゃいました!…テヘッ!」
イラッ!
と来た俺は間違ってないと思う…
こいつがなぜ店長と呼ぶか。
それはこいつが13歳になったばかりの頃、1か月ほど。
ここで寝泊まりしながら手伝いをしていたからだ。
もちろん払える給金なんぞ無いから宿泊飯付きで。
まぁ、仕事探しの間のお手伝い程度だったのだが。
「これで通算10回目のクビか…祝杯でもあげるか?」
「やだな~。せめて100回の大台じゃないと、その時は盛大にお願いします!」
皮肉すら通じないのかこいつ…
それ以前に100回クビになる気か?
翼族は『巣』を作る。
いや、文字通りの巣ではなく職を手に持ち定住することで翼族はそれを『巣を作る』と呼ぶ。
まれに、こいつみたいなハーフやイーナのような冒険者、定住を拒む者等が居るがそういう者は『渡り鳥』と呼ばれる。
こいつの場合は『渡り鳥』にもならず『巣』も作らない『半端者』として周囲に認識されている。
「アホウ、まずクビにならない様にしろ。で?今回は何でクビになったんだ?」
「今回はですね、『太陽と俺亭』に行ったんですが…」
『太陽と俺亭』はこの王都でも結構有名な他種族をターゲットにした宿兼レストランだったはずだ。
店主は元ランクCの翼族の冒険者で同じく翼族の奥さんと三人の娘さんが居るそうだ。
この場合『太陽と俺亭』がこの店主の『巣』となる訳だ。
『渡り鳥』から『巣』を持つのは珍しくはない。
そういえば、以前のやめた理由といったら、
「店主の体臭が…」とか
「もっとこう、運命を感じたい…」とか
「僕はこんな事をしたかったんじゃない!」などなど。
聞いていると一番最初の『店主の体臭』がまともに聞こえてくるほど、イタイ理由ばかりだ。
「店主の…」
また体臭か?そう思いながら続きをうながす。
いつものへらへらとした笑顔とは少し違うか…?
嫌な予感しかしない。
「奥さんと娘さん達に手を出しちゃったんですよね~」
「バカか!」
反射的に返したが、『奥さん』と娘さん『達』だと?
何でこいつ生きてココにいるんだ…?
「何で生きてるんだ?お前。それ以前にあそこの娘さん、一番下は7歳くらいだったよな?本気で手を出したならお前を衛士に突き出さなきゃならんのだが?」
実際戦闘になると冒険者でもないこいつに負ける事は、魔法を使えばたぶん無いと…思いたい。
「やだな~、流石にマイナちゃんには出してないですよ。可愛かったですけど。それに何ですか?生きてるって。ガイナのとっつあんにバレて奥さんがいきなりクビだって…真面目に働いてたのに、酷いですよね~」
あははははっと笑いながら答えるマルム。
いや、ひどいのはお前だ。
間違いなく。
奥さん、こんな奴その場でご主人にたたっ斬ってもらえばよかったのに…
「ふぅ、俺はお前を忘れない。」
「いきなり何言ってんですかテンチョー?」
こいつはご店主の事を知らんのだな…
さすがに常連が一人消えるのは嫌だったので、俺の知っている情報をマルムに与える。
「えっと、マジっすか?ランクCだったって、普通のおっさんでしたよ?」
「あぁ、間違いない。ここによく来るディザスターのおっさんは知ってるだろ?獣族の。あのおっさんと一時期組んでたからな。その頃はうちにも顔を出してた」
赤い羽毛が青くなるほど顔色が悪くなるマルム。
まぁ、当然か。
翼族は身体能力が人族よりも高いといわれている。
だが一般人であるマルムが、元とはいえランクCの冒険者に命を狙われているかもしれないのだから。
「いい機会じゃないのか?」
「い、いい機会って何が!オイラ死ぬかもしれないのに何がいい機会なんすか!」
「そう怒鳴るな、いい機会って言うのは『渡り鳥』になる機会のことだ。まあ、他の町に行った所でお前の止め癖が治る訳じゃないが、少なくとも『巣』を持つご店主に追われる事は無くなるな」
お前が他の町で手を出さなければ、だが。
と、付け加えさせてもらった。
こいつが冒険者にでもなれば話は早いのだが、以前勧めた時
「冒険者?あ~ダメダメ。もっとエレガントで優雅な仕事じゃないと…」
といって断っていたのを思い出した。
結局、その時に就いたのは食堂のウエィターだったが。
「それしかないんすかね…」
こいつも、この王都に愛着を持っている。
即決はできないだろう…
「選択肢はあまり無いぞ?正直に頭を下げるにしても『奥さん』にまで手を出したお前を許すとは思えんし。娘さんにしても1人ならまだ『責任』を取らせる、位で終わったかもしれんが2人…いや、奥さんを入れて3人か。詰んだな。別の形で『責任』を取らせられかねん」
何とか選択肢をひねり出そうと口に出しながら考えるが、逃げの一手以外に思いつかなかった。
もうすでにバレていることも考えれば時間もないだろう。
へたを打てば本当の意味での『首を斬る』になりかねん…
ガイナさんが『渡り鳥』に戻る可能性も考慮に入れると一般人のコイツでは分が悪すぎる。
「どうする?そろそろカリュートが来るから頼んでやっても良いが…」
「……お願いします」
そう言って頭を下げるマルム。
状況の悪さをこいつも理解したらしい。
しかしこいつのまともな敬語は初めて聞いたな。
それほどに切羽詰まっているという事だ。
そんな時タイミングを計ったかのようにカリュートがやってきた。
「おはようございます。コウイチ殿!」
「あぁ、おはようカリュート。早速で悪いんだが頼みがあるんだ」
「コウイチ殿からの頼みをこのカリュートが断るはずもございません。それで、何でしょうか?」
後ろの方では若い獣族が荷卸しをしている。
「こいつ…マルムネック・ショーニスと言うんだが、今日他の町に行く予定の商人が居たら同行させてくれないか?」
「マルムネック・ショーニスです!お願いします!」
マルムは割と必死だ。
「ふむ、彼が…『ネリネ』の常連でしょうか?」
これは、事情を知ってるのか?それとも『半端者』のほうか?おそらく後者だろう。
そう当りをつけて話を進める。
「一応2年程前からの付き合いで、一時期はうちに居候してた事もある。今回少々込み入った事情があってな。相談されて、急遽『渡り鳥』になる事になったんだ」
事情については後で説明するよ。と言いながら俺は「頼めるか?」と卑怯な聞き方をする。
返ってくる返事は分かり切っていた。
「もちろんです!お任せください!丁度新人が隣町まで物を売りに行く所でしたので。」
え~~~!と荷卸しをしていた獣族から声があがった。
どうやら新人とやらは彼の事らしい。
その声に苦笑しながら返事を返す。
「助かるよ、後のことはマルム…マルムネックと相談して決めてくれ。ただ、なるべく早い出立の方が良いかもな。マルムにとっては、だが」
最後は何時もどうり丸投げだ。
出立についてはマルムへの忠告のつもりだったのだが、カリュートの方が神妙に頷いていた。
その後カリュートに事情を説明し、この後の事を打ち合わせをして解散となった。
「はい、ではそのように。それでは準備も有りますので。これで、失礼いたします」
そう言ってカリュートと新人、そしてマルムは出て行く。
この先の事を思いつつ、荷ほどきに取り掛かるのであった。
バー『ネリネ』
他の店が慌ただしく動いているのに反し、一番忙しい時間帯の筈がココだけは緩やかに時を刻んでいる。
キュッ、キュッ、とあまり使われないワイングラスを磨く音が響く。
「ふぅ…」
次はウィスキーグラスに手を伸ばした時、ドアが開いた。
「久しぶりだな、コウ」
全身完全武装の『太陽と俺亭』店主ガイナ・マッコイ(42)がいた。
俺は引きつった頬を誤魔化せただろうか。
「い、いらっしゃいませ」
「おう、いらしゃったぞ。さあ、話して貰おうか!あの『半端者』が何処に居ったのかを!」
あ~…完全に俺が逃がした事に気づいてらっしゃる。
どうしたもんかね。
「ガイナさん『巣』はどうしたんで?」
「今のおれは『渡り鳥』だ。店はかみさんに任せてきた。奴に『責任』を取らせねば、おれの気が済まん」
『渡り鳥』に戻ったのか…
これはマズイな。
しかし『責任』…ね。
浮気した『奥さん』に任せてきたって…本気だな。
ガイナさんの目を見ればわかる。
ガイナさんの今の格好はまさに歴戦の冒険者といった風貌で、彼の『虎の子』でもある魔法を付加した投槍を持ってきている事からその本気度がうかがえる。
ガイナさんはカラスの翼族でガッチリとした肉体に漆黒の羽根とカラスの頭を持つ。
そして、翼族はすべからく店の床に優しくない…
それに本来、彼が使わない『物』も持っていた。
その腰に下げてる鎌は何を刈り取るんでしょうか?
とてもじゃないが怖くて聞けない…
それに気になる事を言っていたな。
「俺のって事は、奥さんや娘さん達は許してるってことですか?」
そう言うとバツの悪そうな顔で…
「あいつ自身は仕事は真面目だったし、かみさん含め3人とも自分から誘ったと言っている。他の従業員から裏がとれたのがキツイところだ…」
「それはまた…」
何と声を掛けていいのかわからず。
数秒、無言の時が過ぎた。
……まさかのあちらからの浮気であった。
酔って愚痴られることは有るが、素面で言われたのは初めてだ。
酔っぱらいは自分のことをツラツラと愚痴って帰る。
ただ聞いてほしいだけ、だからだ。
そして、それを聞くのが俺の仕事。で、正直浮気や結婚、恋愛のたぐいにアドバイスをした事は無い。
だって、結婚どころか彼女もいないのにどうアドバイスしろと!?
あちらに居るときはそれなりにエロ本も読んだし今だって別に仙人なわけじゃない。
性欲だって人並みにはある。
しかし、相手が居ないんだよ!
『サクランボ』に恋バナは辛いんだ!
……失礼、話を戻そう。
「あ~、あいつは目立つから門番辺りが情報源ですか。此処は今日中ぐらいは大丈夫だと思っていたんですけどね」
俺は苦しいが話題を変えるという選択をした。
もともと若造のアドバイス何て望んでいなかったのだろう。
すんなりと話題に乗ってきた。
「確かに出て行った時はそうだ。そして王都と言っても浮浪者は多い。金さえ掴ませれば、此処までたどり着くのさ。さあ奴が何処へいったか教えてもらおうか」
自慢げに言っているが門番からどこの馬車に乗っていたか聞いていれば、此処でこんなに時間を潰すこともなかっただろうに…
まぁ、カリュートが俺からの頼みで情報を漏らすとはとても思えんが。
しかし、どうしたもんかな…
このまま送り出すのも何だかおかしな話だし。
かといってこれ以上留めても置けない。
…ふむ。
「そうですか、納得しました。ですが俺もどこに行ったかまでは知らないんですよ。知り合いに頼んだだけですから」
「その知り合いとは誰のことだ!教えてくれ、今すぐに!」
さあ、さあ!と急かしてくるガイナさん。
必死な様を見ていたら、何か俺が悪役のような気がしてきた…
実際、誘われたとはいえ3人を手籠めにしたマルム。
その被害者であるガイナさん。
本来ならガイナさんの味方をすべきなんだろうが…
先に来たのが常連のマルムだった、今回理由はそれだけなんだよな。
「知り合いは『カリュニス商会 王都支部』に居いるカリュートなんですが…」
ここから先は時間稼ぎだ、といってもカリュートが来た時にも伝えてある事だが。
何日、いやこの勢いでは数時間留められるかわからない…
朝の打ち合わせ時に事情を説明して、カリュートにはアポなしで合わない事、アポをとっても1日居留守を使う事や、暴れられるとどうしようもないのでその兆候が見えたら言ってもいいなどをいい含めてある。
最長で、マルムと一緒に行った新人君が戻って来るまでは稼ぎたいが、無理だろう。
マルムにはカリュート経由で時間稼ぎの事は伝わっているはずだ。
これで逃げてなかったら、自己責任である。
「『カリュニス商会 王都支部』のカリュートだな。分かった…邪魔したな」
「あ、ガイナさん1つ聞きたいことが」
なんだ?とガイナさんは振り返る。
「その鎌は、なんに使うんですか?」
俺は勇気を振り絞り聞いてみた…
「これか?刈り取るのさ…」
ニヤリと笑い、そんなことをのたまうガイナさん。
「だから何をですか…」
あくまではっきりと『何』かとは言わないが、おそらく『ナニ』の事だろう。
違う事を切実に祈る…男として。
とりあえず何とかマルムには逃げ切って欲しいが、捕まったら自業自得と諦めてもらおう。
それから3日ほど時間を置いてガイナさんは王都を出たと聞いた。
思ったよりももったな…
これからマルムとガイナさんの鬼ごっこが始まる。
いつ結果がでるのかは、誰もわからない。
あぁ、それとガイナさんが出て行って数日で『奥さん』が若いツバメを数人囲ったそうだ。
もともと浮気癖のある人だったらしい。と『ネリネ』に来る常連達が言っていた。
救われないなぁ、ガイナさん…