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命令

 何やら物騒な目付きで自分を見つめてくるトムから危険な気配を感じ取った妹君はゆっくりと後退った。しかし、彼女が距離を開けた分だけトムも距離を詰めるので、両者の距離が開くことはない。むしろ、徐々にだが縮んですらあった。


「ま、恨むなら己の不運だな」


 トムは掌を開閉させて調子を確かめる。特殊な筋操法によって指の関節が全て限界まで引き締められているので、彼の指が駆動する度に関節は歪に摩擦音を響かせる。


「……っ」


 彼女にはその耳障りな音がとても恐ろしくて、聞くだけで臓物が締め殺されそうな思いであった。何せ音の振動の一つ一つから目の前の男が乗せてるであろう殺気を感じ取ってしまうのだから。

 たったそれだけの情報で彼女はトムが自分を殺す気なのだと直感で理解した。


「お、お願い……命だけは助けて……」


「いや、本当に怖がらせて悪いとは思っているんだ。でも安心してほしい。痛覚情報が脳に行き届く前に君を殺しきる自信が俺にはある。だから、死の痛みは気にするな。何なら脳を先に破壊してやってもいい」


 実際、本音であった。いくらどうでもいい相手だったとしても、目の前にいるのは紛れもなく生きた人であり、ある程度の感受性を備えているのである。それなりに相手を気を遣う程度の優しさ(?)をトムは持っていた。

 しかし、彼女にはそれが逆効果であった。

 避けられぬ死を強調する結果となり、彼女の恐怖心はより煽られる。 


「……い、いやぁ……」


「全く。聞き分けがないぜ。こっちはわざわざする必要もない気を遣ってやってるのに」


 唐突に妹君の背中に何かがぶつかる。曲がり角の壁である。気を張り詰めて目の前の男にばかり意識を集中していた妹君は、それだけで驚く。絶体絶命の状況でありながら、条件反射でつい背後を振り返ってしまう。

 彼女が気づいた時には、万が一にすら満たなかった彼女の命運は既に尽きていた。


「……あ」


 恐ろしすぎて振り返ることこそできなかったが、感触からしてこめかみと後頭部に手を直接添えられているのがわかった。直に触れてるということは、念のためだとは思うが被っていたフードを剥がされているのだろう。実際、彼女のフードに覆われていた綺麗な赤い髪は露になっていた。

 今、トムがその気になれば、彼女の頭はコロのように回転して、ねじ切れて、胴体から分かつことになるだろう。

 一目離しただけで一切の気配すら感じさせずに生殺与奪の権利が奪われた。状況を把握しきれず呆けた声をあげる妹君。

 だが、そもそも気遣い無用であればいつでも殺せた。ここまで直ぐに殺さなかったのは、せめて自分が終わる瞬間だけは認識させてやろうかなという、確かに相手の精神を尊重した(つもり)のトムの気持ちだった。ほとんど他人事なのだが。


「言い遺すことは?」


 何の気なしに今際の人の心情に興味を抱いたトムがそう聞いた。

 彼女はというと、絶望しきった結果、全てに諦めたのか動揺は失せていた。徐にその口が開かれた。


「……そ、その二人だけは助けてくださいぃ……っ」


 精一杯、死力を尽くして絞り出したのであろう震え声は、殊勝にも他者を慮った願いであった。


「おう、任せろ」


 勿論、嘘だ。自分を殺しにきた相手だから殺さない義理もないし、死者との口約束を律儀に聞く義理もない。だから、二人は殺す。

 そして、彼女の想いなど届くことはなく、トムはその手を動かした。

 だが、ふと彼は彼女を殺すことに躊躇し、その動きを止める。


(そういえば、顔見てないな)


 今になって、今から殺す彼女の顔がどうなっているのかき気になったのだ。なんというか、本人的には、さっきからずっとフードで隠してる感じがミステリアスっぽくてそそったらしい。


(殺す前に顔だけでも拝むか)


 トムは妹君の横顔をチラッと覗きこんだ。


「――っ!!!!!!」


 その瞬間、あまりの驚愕と歓喜でトムは妹君から手を離して仰け反ってしまう。

 妹君は、トムが手を離したことを不思議に思い、振り返ると、そこには鼻息を荒立ててこちらを血管の浮き出た目で見てくるトムがいた。


「ウッソだろ、オォイ……。なんでこの世界にメルレナさんが……!」


 メルレナとは、ドラゴンファンタジーに出てくる女性キャラである。基本的にトムはドラゴンファンタジーのことを主人公側も敵側も皆総じて愛している。例に漏れずメルレナもその対象なのである。

 そして、目の前にいる女性はまさしくそのメルレナの生き写しであった。いや、メルレナは架空の人物なので、正確には生き写しではない。イラストで描かれたメルレナと凄く酷似した容姿の女性である。そのまま実写化するとこのようになるのであろう。キャストとかの問題で現実では叶わないだろうが。

 トムにとってはこの状況、愛する人物のそっくりさんが現れた状況であった。

 ちなみにトムは、物語の主要人物だけでなく、それ以外のモブキャラのことまで、一人余さず愛している。というか、モブとすら思っていない。名前被りしていようが、グラフィックが同じであろうが、全員を全員、個人として識別しちゃうのである。この辺りが彼のドラゴンファンタジーへの愛の凄まじさを表す。


「……私、メルレナじゃないんですけど……」


「くっ、こんなの……こんなの……殺せる訳ないじゃないかぁ~……っ!」


 妹君は、助かった安堵よりも目の前の男の急激な態度の変化に対しての唖然とした気持ちが上回って、ついつい相手の言葉を否定してしまう。

 しかし、周りのことを気にするだけの余裕を失っていたトムにはその言葉など届かず、自分だけの世界に浸っていた。フラフラと壁にもたれかかり、顔を掴むように掌で覆う。


「お、俺は、夢を見せられているのか……。こ、これは、幻覚、いや、あれ?ぽーるまっかーとにー?……あはは……ははははははははは……」


「え、えぇ……」


 意味不明な言語をつぶやいたり、突然笑い始めたり、今のトムはすごく不気味であった。


(こ、この人、別の意味で怖い……!)


 妹君は内心で戦慄する。


「……ふぅ」


 幾分か発狂して落ち着いたのか、トムはようやく正気を取り戻す。


「侮っていたよ、この世界を。まさか、ドラゴンファンタジーの登場人物に酷似した人物を実現するとはね。見直してやるよ。えぇ、見直してやりますとも。あぁ、見直すさ、凄く……な」


 噛み締めるようにブツブツ呟くトム。


「おい、お姫様の妹君さん」


「は、はい」


「今日のところは見逃してやる。だから、このことは口外するな」


「わ、わかりました」


「といっても、口約束では不安がある。……数限りあるからアイテム使いたくなかったんだけどなぁ……。《コール・テイムストーン3つ》」


 トムの手に3つの藍色の石が現れる。

 これはテイムストーンといって、気に入ったモンスターを調教という過程を省いて仲間にするテイマー御用達のアイテムである。原理は、強制的に契約して支配する術式であるのだが。


「説明文では人間は駄目って書いてる訳でもないんだからいけるよね……。《汝らに契約を課す、拒否は出来ぬ》」


「うっ……」「ぐおっ……」「がは……」


 その場にいたトム以外の3人が苦悶の声をあげながら全身から薄い光を放ち出す。光が止まったときには二人の暗殺者も意識を取り戻していた。


「契約完了だ。では、《汝らに使命を課す、我のことを一切周りに漏らすな》。……よし、これで一件落着だな。しかし、これ現実だとかなり使えるな」


「きっ貴様……一体何を……」


「これからは俺の言うことには逆らえない」


「なっ……!」


 呆然としている相方にトムの気が取られてると思ってか、もう一人の暗殺者は静かにトムの背後に巧みに回り込む。

 そして、手に持ったナイフをトムの頸動脈を切り裂くように突き立てた。が、予めその行動を読んでいたトムが僅かに首をそらすことで頸動脈から外れたところに突き当たる。ナイフは、見た目以上に頑丈な筋肉に阻まれて、首の皮に切れ目を付けるだけの結果に終わる。


「くっ、化け物め」


「いや、見事。あっちの世界では十分に超人として通用するよ」


「目玉を狙えばよかった……!」


「残念ながら、視界外から目玉以外の急所を突くのと目玉を突くのとでは難易度が一億倍は違うから、あまりオススメはしないよ?《隻眼》、割と厨スキルだから」


「くっ……これで最後のチャンスを……」


 暗殺者は瞳を絶望の色に染めながら、ナイフを取り落として膝を突き、項垂れた。


「まあ、でも、せっかく異世界きたんだから、ある程度は余興も欲しいな。ということで、今回は見逃してあげよう。こちらに攻撃することも禁じない。俺から受けた支配に怯えながら今後を過ごすか、支配という恐怖を打ち消すために何かをするのか。好きにするといい」


 二人の暗殺者は口こそ開かなかったが、その瞳に僅かに光を取り戻した。


「……………………」


「精々俺を楽しませて欲しいところだね」


 そう言うと、トムは再び妹君へと振り返った。


「妹君は……そうだなぁ……。《コール・呼び鈴》」


 トムの手にベルが現れる。


「これ持って」


「あ、はい」


 言われるがままにベルを受けとる妹君。


「《これを肌身放さず常に携帯すること、何か身に危険があればこれを鳴らすこと、以上の二つの使命を守れ》。よし、こんなもんか」


「あの、これは……?」


「ああ、俺を君が呼ぶためのアイテム。俺の愛する人物の生き写しである君に、少し情が湧いたんだ。これも何かの縁だ。死にそうな時だけ助けてあげるよ」


「は、はぁ……」


「さて、それでは行くとするか。フンッ」


 トムが全力で壁を殴ると、壁の石材は木っ端微塵になって埃を撒き散らしながら遠くへ吹っ飛んでいった。


「ふむ、確か、全ステータスの1の値は一般人の平均値だった筈。であれば、今の俺は普通の人の千倍の腕力。うっかりで加減を間違って人を殺すかもしれないな」


 穴の空いた壁の淵に足をかけて下を見下ろすと、城下町を見下ろせた。


「それでは諸君、また会おう!」


 そう言うと、トムは穴の向こうに身を乗り出し、城下へと落ちてしていった。

 それを見届けた妹君は、あまりにも濃密な時間を過ごしたからか、安堵した瞬間、急に体が疲れてその場にへたりこんだ。


「……異世界人は危険。知らせないと……」


 しかし、それが叶うことはない。

 そして、決意半ばで彼女の意識は闇へと沈んだ。

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