勇者召喚
二話目投稿です
田中吐夢は困惑していた。
ログアウトした筈なのに、左目の視界が元に戻らないのだ。
服装もちゃんとゲーム内の装備ではなく、ゲームを始める前から着ていた部屋着に戻っているというのに。
「ていうか、ここ何処だ?」
トムはいつの間にか石畳のような床の上に立っていた。彼の他にも四人の男女もそこに立ち困惑していた。
トムを含む五人の立つ石畳は、彼らを縁が同心円上に囲むように出来た円形の床であった。
いや、正確には“祭壇”であろうか。
石畳の周りに燃え盛る炎が灯された聖杯のような置物が備えられ、それらを囲むように黒いフード付きのローブを羽織った面妖な集団が佇んでいた。
五人は立ち尽くし、集団は放心したように沈黙を貫く。
「……勇者召喚は成功した……!」
静寂が続く中、突然集団の内の一人がそう嘯いた。
「ゆ、夢ではないのだろうな……?」
それに続くように誰かが呟いた。
「いや、現実だ。これは現実だ……!」
「…………やったんだ…………!」
「…………や、やった。これで我が国の繁栄は磐石じゃ……!」
『ワァァァァアアアア』
老人らしき嗄れたその声を皮切り集団は各々歓声を上げはじめる。
「……ちっとも状況読めねぇ……」
トムは呟く。
「……あ……あはは……。俺も解らねーや……」
四人の内の一人の男子が呟いたトムに応えるように呟く。
それに気付いたトムがそちらを見ると、驚く程の美少年であった。モデルが真っ青になるぐらい端正に整えられた顔のパーツと配置。
「うふふ……そんな事も解らないの貴方達?」
そんな二人を嘲る、というよりは小馬鹿にしたような口調で笑ったのは途徹もない美少女であった。
腰まで伸びた烏の濡れ羽色の長髪を惜し気もなく晒し、その微笑みは妖艶な色気を放つ。
しかし、微笑みから一変する。
「これはどう考えても“勇者召喚”でしょうが!私達は選ばれたのよ!この世界を救う為の“勇者”としてね!」
「は、はぁ……」
頬を紅潮させて必死に語るその姿は容姿を台無しにするレベルで興奮しているのが解った。それにたいしてトムは見た目とのギャップに軽く引いた。
「何よ!一体どうなってるっていうのよ!早く家に帰しなさいよ、アンタ達!」
ヒステリックにそう叫んだのは、これまた凄い美少女であった。赤髪のポニーテールを揺らしながら集団に対して訴える。
「召喚直後に説明を事欠いて申し訳ありません、勇者様方。……ん?、五人?……まあ、良いでしょう。一人多い事に越した事は無いわ」
赤髪ポニーテールに答えたのはローブのフードからプラチナロンドの綺麗な長髪を覗かせ、そのままエメラルドを嵌め込んだような綺麗な碧眼を持った超美少女であった。
その雰囲気に圧されたのか、僅かに赤髪ポニーテールがたじろぐ。
「な、何なのよ、アンタ……!?」
「私はリルナース皇国の第二王女であり貴方達を召喚したA級魔道士、セシリア・ファル・リルナースで御座います」
「り、りるなーす?なんだそれ?」
ドラゴンファンタジー24内にいるのかと思ったトムは聞いたこともないような用語に疑問をもつ。
「リルナース皇国とは、この世界アウタースにおいて、ダルベニカ大陸全域に国領を置き、優れた魔法技術を持ち尚且つ膨大な資源にも恵まれた、まさにアウタースを真に統べるべき素晴らしき国です」
「そ、そうなの……」
(そりゃ、大陸全域統べてたら資源もガッポガッポだよな……)
余程、自国を誇っているのかセシリアの熱弁はとまらなかった。その標的となった赤髪ポニーテールには御愁傷様というほかない。
その間にトムは周りを見渡そうとすると、召喚されたもう一人の存在を忘れていることに気付いた。
見た目は長身でキリッとした鋭さを持つ眼の奥に水面のように静かな冷静さを宿す美丈夫だあった。無口だからか、状況把握に忙しかったトムはそれまで彼に気付かなかった。
(コイツもイケメンかよ……。何か、俺だけ浮いてなくね?)
己の平凡な容姿に嘆くトム。
熱の入ったセシリアの語りに本腰が入ってきた時に彼女の背後から声が掛かる。
「お姉さま、そろそろ本題に入られては……」
その声は鈴の鳴る音のように透き通った声であった。そこにいたのは周りと同じく黒いローブを纏った少女であった。フードに隠れて顔は見えない。恐らくは、お姉さまと言うからにはセシリアとは姉妹の関係であり王女の内の一人なのであろう。
しかし、それに対してのセシリアの反応はというと──。
「貴方、誰に向かって口を聞いてるの?落ちこぼれが私に指図をするとは偉くなったものね。勇者召喚の場に立ち会えただけでも良かったというのに。ホント、もう少し御自分の立場を考えたらどうなの?」
「も、申し訳ありません!」
(偉く風当たりが悪いな。姉妹なんじゃねーの?)
しかし、それに対して特に思うところはトムには無かった。自分も弟や妹達には偉そ振ってるからである。
「まあ、良いわ。癪に障るけど喋り過ぎたのは確かのようね……。では、説明を始めましょうか。まずは自己紹介して頂けると宜しいのですが」
「あ、じゃあ僕からで。鶴ヶ峰竜仁です」
「天童佐奈です」
彼に続くように黒髪ロングが答える。
「猿神祐子よ」
赤髪ポニーテールもぶっきらぼうながらも答える。
長身の青年は答えるつもりがないのか、強制的にトムの出番になる。
「た、田中吐夢です……」
「ぷっ。変な名前ね」
赤髪ポニーテールが笑いをこぼす。
「はぁ~。無理してでも詐称でもしとけば良かったぜ……」
項垂れるトム。
「あの、勇者って何なんですか?」
鶴ヶ峰が問う。
それに対してセシリアは待ってましたとばかりに熱弁し始める。
「ふふふ。ではお答えしましょう。我が国の長年の研究により編み出された召喚学の叡智の結晶「勇者召喚」、これによって異界より呼び出された超人的な力を持つ人達の事を勇者と言います。勇者には膨大な魔力容量と神の加護が込められし神器「聖武装」を伴って召喚されます。そして、貴方達にはその力を使って国に仕え共に世に蔓延りし邪悪な魔族共を討伐して頂きたいのですわ。、我々はその為に貴方達を召喚したのです」
「その、魔族っていうのは悪い奴等……なんですか?」
「……悪いかどうかはまだ解らないのですが。少なくとも人に対しては友好的ではないのは窺えます。それに……驚く程強い……。我が国の軍も奴等の犠牲になった数は少なくありません」
先程までの高飛車な様子から一変して、悲壮感をだし始めるセシリア。
「……そうなんですか……」
「お願いします!このままではリルナース皇国は奴等に手も足も出せずに敗れてしまう!それは絶対に許される事ではありません!どうか……」
セシリアの懇願を聞いた鶴ヶ峰は暫し黙考する。
そして、決心したかのように表情を引き締める。
「困ってる人達がいるのならば助けなければならない。それが出来る力を持っているのならば尚更。父にはそう言われて育てられてきました。引き受けましょう、その役目!」
強い意思を持って少年は答える。
「ふ~ん。そういう事情ならしょうがないわね。この様子だと私達って結構強いんでしょうね。だったら、たまにはこういう非現実を楽しむのも良いかもしれないわね!」
勝ち気な様子で承諾する猿神。
「ふふふ。断然、私は引き受けます。勇者とかマジで俺得です」
それに続き、天童も承諾する。
「…………都合の良いことに俺に帰る場所はない。なら、その役目。俺も引き受けよう。俺の名は鉄額剣だ」
これまで口を開くことが無かった青年、鉄額も承諾の答えを出す。
「……………………………………………………………………」
(えー。何でぇや。普通は元の世界に返せ!だろが、アホ共が。どうしてこうも揃いも揃って皆承諾しちゃうんですか!?俺も承諾しなきゃ駄目……?)
「………………はぁ。引き受けます」
トムの溜め息にセシリアの眉間がピクリと動く。
「貴方だけ他の面々の方々に比べて見劣りしますわね……」
「あ、あのぅ。それ関係ないですよねぇ?」
「貴方、本当に勇者なのかしら?」
「いや、こうして召喚されたんだから勇者なんでしょう?」
「いいえ。本来、理論的にはイレギュラーでも無い限り勇者の数は四人の筈なのですが。認めたくはないのですが、必ずしもイレギュラーが起きないという確証もありません。……そういえば、勇者には聖武装があると言いましたわね。本当に勇者ならば聖武装を身体に宿す筈です。確か『聖武装召喚』が聖武装を引き出す為の記号であった筈。お手数ですが、皆様確かめてくれませんか?」
「解りました。『聖武装召喚』……うわっ」
真っ先に確かめた鶴ヶ峰の手に黄金に輝く剣が現れる。
その後もトム以外の三人は聖武装の発現に成功する。鉄額が槍、天童が杖、猿神が弓であった。
「薙刀なら使えるんだがな……まぁ良い」
「キタコレー!んん、これはチート魔法をバンバン打てという神託ですな!」
「弓?何か微妙だなぁ……」
「僕は剣か……。一応、全国大会は制覇したけど。剣道がこっちでも通用するものなのかな……?」
「……………………こーるせいんとー!」
皆が各々の得物を確認する中、トムは未だに聖武装の発現が出来ずにいた。
セシリアはそんなトムを汚物を眺めるかのように見下しながら、僅かに顔を歪めた。
本来、勇者召喚を成功させただけでも凄まじく誉められようものなのだが、彼女はあまりにも神経質であった。
己が成功させた勇者召喚においてこのような役立たずまで召喚したことが露見するという事は、自分の評価に不純物が混ざるようなもの。というのが、彼女の考えであった。
(……まあ、お父様への謁見が始まる前に処分すれば良いだけのことでしょう。彼らへの言い訳など、それのようなものを何か考えて誤魔化せばいい……)
セシリアの中で考えが纏まる。
「勇者様方には謁見の準備が整うまで各自の部屋で待機してもらいますので、彼らが案内するので付いていって下さい」
セシリアの背後に佇む少女は、セシリアの恐ろしき考えを見抜いたのか否かは定かではないにしろ、彼女が従者に指示をする様を静かに眺めていたのであった。
執筆を急ぎ過ぎて質が落ちたような気が……