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『好きだ』も『愛してる』も聞きたくない

作者: 海堂莉子

 幼馴染なんてものは、存外厄介なものである。

 幼い頃から常に行動を共にしているからして、自分のことよりも相手のことの方が理解できてしまう。

 その幼馴染が、異性であるのならなおさらに厄介なものとなる。

 身近な男女であるのだから、恋に発展することも珍しくはない。しかし、あまりに近い距離にいるため、それにすら気づいていないこともままあることだろう。

 何が厄介だって、それが二人の関係を変えてしまう可能性があるからだろう。お互いに関係を変えたくないと思っていればいるほど、気持ちが絡まりすれ違っていくのだ。


「聞きたくないっ」

 早足で歩き、追いつこうとする足音を感じながら振り返りもせずに叫んだ。

 チラチラと舞い散る雪が、全てを消してくれさえすればいいと願いながらも、私は拾おうとするのだ。風に乗って漂うその言霊を。

「好きだっ。どうしてちゃんと聞いてくれないんだ」

 登校時、周りには同じ高校に通う学生が大勢いる中で、奴は宣言するように大声を張り上げる。

 雪であろうが、雨であろうが、風であろうが、雷であろうが、その声を消し去ることは出来ない。

 私に聞かせるために張り上げた声を、耳を塞ぐことでシャットアウトした。

 見知った人も含めて、周りが面白がってジロジロと見ているのを知っていて、奴は面白がるようにさらに声のボリュームを上げる。

「好きだ、好きだ、好きだ、好きだっ。お前以外考えられないっ」

 耳を塞いでも、その耳元で大声を張り上げているので、その声は否応なしに入ってくる。

 聞きたくない。

 そう言っているではないか。

「あんたなんか恋愛対象外だっ。あんたは幼馴染以外の何物でもない」

 奴がさらに何かを言う前に、私は大声で捲し立てる。

 寂しそうな瞳が目に入るが、それを見たらおしまいだ。それが奴の手なのだ。

 小動物のようなその目に見つめられることが昔から弱い私を知っていてそれをする。

 いくら可愛らしくて、撫でまわしてやりたいと思っていても、それをしたら付けあがると知っている。

「俺のこといつになったら好きになってくれる?」

「あんたのことは好きにならない」

「ええっ、何でぇ。俺はこんなに愛してるのに」

 背後から私の首に纏わりついて、耳元で戯言を言う。前半は拗ねたように、後半は囁くように。

 本気にしてはいけない。奴の言葉は単なるパフォーマンスであり、心など籠っていないのだから。

 聞きたくない、心無い言葉など。

 聞きたくない。

 動揺してしまう自分が情けない。

 聞きたくない。

 表情を隠せなくなるから止めてっ。

 聞きたくない。

 どうせ好きなのは、私だけなんでしょ?

 聞きたくない。

 幼馴染ではいれなくなる。

 いっそのこと全てぶちまけて、終わらせてしまおうか。

 こんな不毛な毎日を続けるのなら、一息に終わらせる。

 今時、幼馴染で恋愛ごっこなんて馬鹿げてる。だから、もう止めよう。潮時なのだ。片方が好きだと自覚してしまった今となっては、幼馴染としての均衡が取れなくなってしまっているのだ。

「ねぇ……」

 奴の手を振りほどいて、振り返って奴の口を両手で塞いだ。これ以上余計な口をきかないように。

 奴の驚く顔に、薄く笑った。

「もう、聞きたくないって言ってんでしょっ。あんたの『好きだ』も『愛してる』も」

 奴は私の手の中で口を開こうとした。もぞもぞと動くので掌がくすぐったい。だが、発言を許すつもりはない。

「あんたの気持ちのない言葉はもう聞きたくないっ」

 俯いて小さく息を吐いた後、顔を上げ、奴の瞳を射抜いた。

「……好きだよ。愛してる。……言葉ってこうやって伝えるもんだよ。解った?」

 私の口から発せられた言葉に奴は目を瞠っている。

 私の心からの告白を受け取ればいい。そして、せいぜい動揺すればいい。でも、もうあんたの言葉は受け取らない。

「人を好きになったこともない奴が、『好きだ』『愛してる』だなんて言ってんじゃないよ、バーカ」

 奴を力いっぱい睨みつけたあと、踵を返した。

 終わったのだ。初恋も大好きな幼馴染も失った。これで、ジ・エンドだ。

「好きだ。愛してる」

 私の背中に投げかけられた言葉に、私は憤りを感じた。何故解ってくれないのかと。そんな言葉は聞きたくないと再三言ったではないかと。

 勢いよく振り返った。掴みかからんばかりの勢いで。

 そして、捕らわれた。本気を剥き出しにした獣に。

思い立って短い短編を書いてみました。

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