表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

雛飾り➁

作者: 森本有介
掲載日:2026/03/03

赤い毛氈の上に並んだ雛人形は、幼い僕にはどこか恐ろしい存在でした。

けれどその日の記憶は、甘酒の温もりとともに、今も静かに胸の奥に残っています。

一段目には内裏雛(だいりびな)雪洞(ぼんぼり)


二段目には三人官女。


三段目には五人囃子。


四段目には左大臣と右大臣。


五段目には三人上戸(さんにんじょうご)と桜と橘。


六段目には箪笥や鏡台や茶道具。


七段目には御駕籠(おかご)と御所車。


道具は少しくすんでいたが、どれも細かな蒔絵が施されていた。


だが僕には、それらの顔がただただ恐ろしく見えた。


身がすくむ。


「怖い?」


その女性(ひと)が笑って言った。


「おばちゃんもちっちゃい頃、このお人形すっごい怖かったんよ」


「そうなん?」


「でもねぇ、これ、おばちゃんの宝物なんよ。おばちゃんのおばあちゃんが生まれた時に、おばあちゃんのお父さんが買ってくれたんだって」


「ふぅーん」


「さあ、座って座って」


いつの間にか座卓には雛あられや菓子が並んでいた。


細長い硝子の容器には白く濁った液体が入っている。


「ちょっと飲んでみて」


その女性(ひと)は小さな器にそれを注いだ。


一口飲む。


どろりとした液体が口の中に広がった。独特の香りがした。ほのかに酒の匂いもする。


僕と弟は顔を見合わせた。


「甘酒っていうのよ。初めてでしょ」


僕たちは照れたようにうなずいた。


もう一口飲む。


身体の中がじんわり温かくなった。


母とその女性(ひと)は昔話に夢中になっていた。


僕と弟は甘酒を飲みながら菓子をつまみ、古びた雛飾りをいつまでも眺めていた。



その女性(ひと)の家も、母の実家も、今はもうない。


どちらも洒落たテナントビルに建て替わり、あの細長い石畳の通路も、黒光りする柱も、怪しげな香りのする部屋も消えてしまった。


けれども三月が近づくと、時々思い出す。


薄暗い部屋の奥で、赤い毛氈の上に並んでいた、あの古い雛飾りのことを。


そして、ほんのりと酒の匂いのした、初めて飲んだ甘酒の味を。

失われた風景は戻りませんが、記憶の中の雛飾りは今も変わらずそこにあります。

読んでくださり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ