第4話:奏との出会い
雨上がりの施設。庭にはまだ水たまりが残り、草の葉に滴が光っている。
葵は臆病な犬を肩に乗せ、そっと毛を乾かしながら手を差し伸べる。
その時、施設の奥から一歩、淡い光の中に一人の少女が現れた。
「その犬、君の?」
柔らかい声に、葵は一瞬息を止める。
振り向くと、長い髪が濡れて揺れる少女――奏が立っていた。
雨に濡れた制服が、光を受けて淡く輝き、目は静かに優しく澄んでいる。
葵の心臓が小刻みに跳ねた。犬の温もりが肩に伝わり、鼓動が胸の奥で重なる。
「え、あ…違う、でも…あの…」
言葉がうまく出てこない。犬の鼻先が微かに動き、葵は犬の小さな信頼に応えようと手をぎゅっと握る。
奏は静かに微笑む。
「怖がっているね。初めて見る人が多いのかな」
その一言に、葵の胸が少し軽くなる。誰かが自分たちの状況を理解してくれているという感覚。
亮が横から小さくうなずき、葵に目で合図する。
「大丈夫、話してみよう」
その瞬間、心の奥に小さな勇気が芽生えた。
奏は犬に近づき、しゃがんで静かに手を差し伸べる。
犬は最初、後ずさりするが、奏の落ち着いた呼吸と手の温もりに少しずつ心を開く。
鼻先を奏の手に押し付け、目を細める。
「ほらね、怖くないでしょ」奏の声は柔らかく、自然に心を溶かす。
葵はその光景を見て、胸の奥に小さな震えを感じる。
恐怖も孤独もまだ残るけれど、この瞬間、信じることの温かさが心を満たした。
犬の呼吸、鼓動、毛の感触――すべてがこの静かな午後の時間を包む。
「名前は何ていうの?」奏が訊ねる。
葵は少し迷いながら、犬を見つめる。「まだ決めてないの…でも、一緒に考えよう」
亮もそっと頷き、三人の間に静かな笑いが生まれる。
小さな出来事が、友情の芽をそっと育てる。
午後の光が水たまりに反射し、犬の濡れた毛を金色に照らす。
空気には雨上がりの清らかな匂いが漂い、庭の木々が風に揺れる音が心地よく響く。
葵は犬を抱きながら深呼吸する。胸の奥に、まだ小さな勇気と希望が芽生えているのを感じる。
「明日も、一緒に遊ぼうね」葵がつぶやく。犬は小さく鼻を鳴らし、肩に顔を寄せる。
奏も亮も、その瞬間を静かに見守る。言葉は必要ない。
ただ、この小さな命と新しい仲間の存在が、心に確かな温もりを残した。
夕方になると、空には少しだけ夕焼けが差し込む。
庭の水たまりに反射するオレンジ色の光が、犬と三人をやさしく包む。
葵は肩の犬を撫でながら、小さな決意を胸に抱く。
「怖くても、一歩踏み出せば、誰かと心をつなげるんだ」
水面に映る光、微かに揺れる葉の影、犬の温もり、奏の笑顔。
孤独だった自分が、少しずつ仲間と繋がる喜びを知る――
そしてこの午後、確かに何かが始まったのだと、胸の奥で静かに光が灯った。




