第17話:不安の影と、ひかりの入院
翌朝、施設に冷たい空気が漂っていた。
昨日の散歩でひかりが痛がった足の状態が、葵の心を不安でいっぱいにしていた。
ひかりは少し元気を取り戻しているように見えるが、歩くときにわずかに足をかばっている。
葵は胸がざわつき、手を握りしめながらリードを持った。
「ひかり……大丈夫かな……」
亮が横から覗き込み、眉をひそめる。
「昨日からずっと様子がおかしいし、無理させるわけにはいかないな」
「うん……でも、病院に行くのって……ひかり怖がらないかな」
奏も静かに首をかしげ、優しい声で言った。
「ひかりが不安がらないように、僕たちが一緒にいれば大丈夫だよ」
葵はひかりの頭を撫でながら、勇気を振り絞る。
「よし……行こう、ひかり。みんなで行くからね」
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施設から病院までは車で約20分。
ひかりはキャリーの中で少し震えている。
葵は手を差し入れ、頭を撫でながら囁いた。
「大丈夫だよ、ひかり。私がいるから」
亮は運転席で小さくつぶやく。
「……やっぱり不安だよな、葵の隣でこんなに震えてるんだもんな」
奏も助手席でひかりの体を撫でながら言う。
「でも、葵がいるから安心してるんだと思う」
その言葉に、葵の胸がじんわりと温かくなる。
ひかりを守りたい。
その思いが、ますます強くなる。
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病院に到着し、診察室に入ると、獣医師はひかりの足を丁寧に確認した。
「軽い捻挫ですね。無理な運動は避けて安静にしていれば大丈夫ですが、
少し痛み止めの注射を打ちます」
ひかりは小さく鳴き、葵の手をじっと見上げる。
(ごめんね、ひかり……怖いよね)
注射が終わると、ひかりは少しぐったりと座り込み、目を細める。
葵はすぐに抱き上げ、頬を寄せた。
「よく頑張ったね、ひかり……私、あなたを守るから」
亮がそっと肩を叩く。
「葵……お前、泣きそうな顔してるぞ」
葵は目をこすりながら笑った。
「うん……だって、ひかりが怖い思いしてるんだもん」
奏も微笑む。
「でも、ひかりは葵がそばにいてくれて心強いはずだよ」
葵は胸がきゅっとなる。
ひかりの小さな体に、どれだけの命の温もりが詰まっているのか。
それを守ることが、自分の使命のように感じられた。
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病院から戻る途中、ひかりはキャリーの中で少し安心した様子を見せる。
葵は手を伸ばし、ひかりの鼻先に触れた。
「大丈夫……もうすぐ家に着くからね」
亮が小さく笑った。
「でも、こんなに心配する葵を見るのは初めてだな」
葵は顔を赤くして首を振る。
「そ、そんなことないよ!」
奏はそのやり取りを見ながら、心の中で少しだけ胸が痛んだ。
(亮……あんなに不器用に心配する葵を見せて……私はどうすればいいんだろう)
三人の微妙な距離と、ひかりの存在が、
今までにない複雑な感情を生み出していた。
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夕方、施設の庭でひかりを抱きながら葵は座っていた。
ひかりは疲れたのか、葵の膝の上で静かに眠っている。
亮が少し離れて立ち、照れくさそうに言った。
「ひかり……お前、本当に大事なんだな、葵のこと」
葵はハッとし、顔を上げる。
「え……? そういう意味じゃ……」
言葉に詰まり、心臓が早く打つ。
奏は静かに近づき、穏やかに微笑む。
「でも、亮の言う通りだよ。ひかりは葵の大切な存在だから、
私たちもそれを認めて見守るしかない」
葵は胸がきゅっと締め付けられるのを感じた。
亮と奏、それぞれの想いが、
自分とひかりの間で複雑に絡み合っている。
(私……どうしたらいいんだろう)
胸の中で、感情の波が押し寄せる。
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夜、ひかりはベッドで静かに眠っていた。
葵はその隣で手を握り、涙をこらえながら小さく囁く。
「ひかり……怖かったね……でも、もう大丈夫。
私が守るから……ずっと一緒だよ」
亮がそっと肩越しに見守り、奏も静かに隣に座る。
三人の存在が、ひかりを取り巻くあたたかい光となり、
そして葵の心にも、深い安堵と強い責任感を残す。
しかし同時に、胸の奥の揺れる感情は増すばかりだった。
ひかりの小さな命の不安、亮の不器用な優しさ、奏の静かな想い――
そのすべてが、これからの物語を大きく動かす伏線になっている。
葵はそっと目を閉じ、ひかりの体温を感じながら決意する。
(私は……ひかりを守る。
そして、亮と奏の気持ちも大切にしながら、
私の心も少しずつ整理していこう……)
夜風がカーテンを揺らす中、
ひかりの呼吸の音が、葵の胸に静かな勇気と希望を残した。




