表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/24

第14話:ひかりの選択と、ふたりの距離

玄関ホールの空気は、まだ涙の余韻を含んでいた。

ひかりを抱きしめたまま、葵は静かに息を整える。


ひかりは自分の意思で葵の側を選んだ――

その事実が、胸の中で何度も跳ね返ってくる。


(ひかり……本当に、私を選んでくれたんだね)


嬉しさと安堵と、そしてどこか痛みを伴った余韻に包まれていると、

元の飼い主だった男性が静かに葵へ向き直った。


「ありがとう。

 あなたが、この子に…大切にされているのが分かりました」


その目は、寂しさと温かさが混ざったような、不思議な色をしていた。


「この子の幸せを思えば…

 無理に連れて帰るべきじゃない。

 本当に……あなたに出会えてよかった」


葵の喉はぎゅっと締めつけられた。

涙がまた溢れそうになる。


「……ありがとうございます」


それ以上の言葉は出てこなかった。


男性はひかりの頭を一度だけ撫でた。

ひかりは目を細め、でももう“帰る”という気配は見せなかった。


そして男性は微笑んで言った。


「この子をよろしくお願いします」


その一言の重みが胸に落ちる。


男性が施設を離れる背中を見送りながら、葵は胸がちくりと痛んだ。

「帰らないで」と思ってしまった自分が、少しだけ申し訳なくなった。


でも――

ひかりが寄り添ってくれる温もりが、その痛みをそっと包み込んでくれた。



---


玄関から離れたあと、亮が葵の肩を叩いた。

「ひかり、すっげぇ決断したな!

 葵のこと、ほんと大好きなんだなぁ」


その明るさは、張りつめた空気をふっと溶かす魔法みたいだった。


奏は静かに、でも優しい声音で言った。

「ひかりが選んだ場所は…葵なんだね。

 葵、よかったね」


その声が柔らかく胸に染みる。


葵はひかりを抱えたまま、震える声で答えた。


「うん……よかった……

 でも……なんか胸が苦しいの」


亮が首をかしげる。

「苦しい? なんで?」

「わからない……嬉しいのに、痛いみたいで……」


奏は葵の横にしゃがみこみ、ひかりをそっと撫でた。


「それはきっと……葵が本当に大切に思ってる証拠だよ」


葵はその言葉に胸を打たれた。

(大切……それは、家族として?

 それとも……それ以上の……)


胸の奥に芽生えた感情は、昨日よりもずっと強くなっていた。



---


その日の午後、三人は犬舎の裏の庭へ出た。

空気は涼しく、風が心地よく頬を撫でる。


ひかりは葵の後ろをぴたりとついて歩き、

たまに葵の顔を見上げては、尻尾をふわふわ振った。


亮が思わず笑う。

「完全に葵のストーカーだな」

「ストーカーって言わないでよ」

葵が頬を膨らませると、奏が少しだけ笑った。


「でも……そうだね。ひかり、すっかり葵の家族だ」


その言葉にまた胸が熱くなる。


亮がふと思いついたように言った。

「よし! ひかりの“正式家族おめでとうパーティー”やろうぜ!」


葵は目を瞬かせる。

「なにそれ?」

「いいじゃん。ケーキ買って、写真撮って、みんなでお祝いしてさ」


奏も少し照れながら頷く。

「今日の出来事って、ひかりにとっても…葵にとっても、大きな日だしね」


その言葉に葵の胸はふわりと温かくなった。


(亮も奏も……本当に、優しい)



---


夕方、三人とひかりは施設の裏庭で小さなテーブルを囲んだ。

亮が買ってきたケーキには、

拙い字で「ひかり おめでとう」とチョコペンで書いてある。


奏が小さく笑った。

「亮……字、へたすぎない?」

「うるせぇ! 心は込めたんだよ!」

「気持ちは伝わるよ。たぶん」

「たぶんってなんだよ!」


その掛け合いに、葵は思わず声をあげて笑った。

久しぶりに、心から笑えた気がした。


ひかりは葵の膝に頭をのせ、幸せそうに尻尾を揺らしている。


その姿を見て、葵はふと呟いた。


「本当に……戻らなくてよかったのかな」


亮が慌てて言う。

「なに言ってんだよ。ひかりが選んだんだろ?」


奏も優しく言った。

「ひかりはここにいたいんだよ。

 葵の側にいたいの」


その言葉はまるで温かい光のように、胸にしみた。


そして――

奏の瞳が、そっと葵を見つめる。


葵はその視線に気づいた瞬間、

胸がぎゅっと苦しくなるほど跳ねた。


(奏……なんでそんな目で……

 なんで、胸が…こんなに苦しいの……)


奏は静かに微笑む。

「葵が悲しい顔してたら、ひかりだって困るよ。

 ……僕も、困る」


その“僕も”という言葉が、

葵の心を柔らかく揺らした。


亮がふざけてケーキにロウソクを立てながら言った。

「ほらほら〜、しんみりしない!

 ひかり、これからは俺たちの仲間なんだからな!」


その明るさが、空気をふわっと明るくする。


葵は気づく。

ひかりが来てくれたおかげで、

亮と奏とも距離が近くなった。


友情が深まり、

そして……それ以上の感情が静かに芽を出し始めている。


胸の鼓動が、少し早くなる。

ひかりの温もりがそっと寄り添う。


その夜、葵の心には

“ひかりと共に歩む未来”

そして

“誰かへの特別な感情”

が確かに芽生えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ