表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/24

第12話:ひかりの秘密と、揺れ始める心

翌朝。

施設の庭に柔らかい光が差し込み、朝露がきらきらと輝いていた。

ひかりはいつものように葵にくっついて歩き、葵はその後ろ姿を見ながら微笑む。


「昨日は大冒険だったね」

ひかりは尻尾を揺らして返事をした。


だがその足取りの裏に、葵は小さな違和感を感じた。

(ひかり…少し足をかばってない?)


昨日のドーナツ事件で走り回ったせいだろうか?

気のせいであってほしい。

葵は胸がざわつきながらも、朝の作業に向かった。


亮と奏が既に来ていて、犬舎の掃除をしている。

奏が気づいて手を振った。

「おはよう、葵。ひかり、今日も元気そうだね」


葵は曖昧に微笑んだ。

元気に見える。でも…ひかりの足取りは、やっぱり微妙にぎこちない。


「亮、奏…ちょっとだけ、ひかりの足見てもらってもいい?」


声が震えるほど不安だった。


亮がしゃがみ込み、ひかりの足をそっと持ち上げる。

「ん…腫れてないな。でも、ちょっと捻ったかもな」


奏も覗き込み、穏やかに言った。

「大丈夫。ひかりならすぐ治るよ」


その言葉に少し安心はしたが、胸の奥の不安は小さく残った。


ひかりは心配する葵の手を舐め、

「大丈夫だよ」と言うように小さく鳴いた。


葵は胸がきゅっとなった。

(ひかり…本当は痛いのに、私が心配しないようにしてるの?)


動物は言葉を話せない。

でも、その仕草がちゃんと伝えてくるものがある。

葵はひかりを抱きしめた。



---


朝の作業を終えると、三人は休憩室で軽くお茶を飲んだ。

亮はドーナツ事件を思い出してゲラゲラ笑い、

奏は「ひかり、意外と食いしん坊だよね…」と穏やかに笑う。


その笑顔を見て、葵の胸はふと温かくなる。


亮の無邪気な明るさ。

奏の柔らかい眼差し。

二人と一緒にいる時間が、少しずつ日常になっていく。


けれどその温かい気持ちの奥に、

なぜかざわざわと揺れる感情があった。


(奏を見てると…なんか胸が苦しくなる)

(亮と笑い合うと…なんでだろう、安心して嬉しくなる)


名前のつかない感情が、葵の胸に静かに芽を出していた。

恋なのか、友情なのか、まだ分からない。

ただ……

ひかりの存在が、その揺れ動く心を優しく見守ってくれている気がした。



---


昼過ぎ。

職員の一人から驚きの情報が伝えられた。


「葵ちゃん、ひかりのことで…少し気になる話があってね」


不安が胸に走る。


「もしかしたら…ひかり、元の飼い主がいるかもしれないの」


葵は思わず息を止めた。


「……飼い主?」

「ええ。特徴が似た犬を探していた人がいるって連絡があってね」


亮が真剣な顔になる。

奏も静かに息を飲んだ。


ひかりは葵の足に寄り添い、不安げに葵を見上げた。

その瞳を見た瞬間、胸の奥がずきりと痛んだ。


(ひかり……誰かに捨てられたんじゃなかったの…?

 迷子だったの…?

 もし元の飼い主がいるなら…私たちと一緒にいられなくなる…?)


考えが渦を巻き、喉の奥がキュッと締まった。


職員は続けた。

「まだ確定じゃないのよ。本当にひかりかどうかも分からない。

 ただ、もしそうなら…」


葵は唇を噛む。

胸の中で、熱くて苦しい感情がせり上がった。


ひかりを抱きしめたい。

離したくない。

失いたくない。


でもその気持ちは、

エゴなのかもしれない。


そんな自分が嫌になり、葵は視線を落とした。


そのとき――

ひかりがそっと手に顔を寄せた。


「きゅぅん……」


不安そうに鳴くひかり。

葵の胸に痛みが走る。

(ひかりも、感じてる…?

 私が動揺してるの、分かるの…?)


亮がそっと肩に手を置いた。

「大丈夫。まだ決まったわけじゃないし、

 ひかりがどこにいたいかは…ひかりが決めることだよ」


奏も、優しく寄り添うような声で。

「葵は何も悪くないよ。

 大切な存在だから…不安になるのは当たり前だよ」


その言葉が胸にじんわり染みていく。

優しさに触れた瞬間、涙がこぼれそうになった。



---


その日の夕方。

葵はひかりと庭に座り、沈む夕陽を見ていた。


ひかりは葵の膝に体を預け、

まるで「ここが私の場所だよ」と言うように静かに寄り添ってくる。


葵はひかりの頭を撫でながら、小さく呟いた。


「ひかり……

 もし元の飼い主さんがいたら……

 あなたはその人のところに戻りたいのかな」


ひかりは何も言わない。

ただ、葵の手に鼻を押し付けてきた。


その瞬間、涙が一粒、頬を伝った。


「怖いよ。

 ひかりがいなくなっちゃうの、考えたくないよ……」


ひかりはそっと葵の涙を舐めた。

その優しさが、胸を締めつける。


(ひかり…

 あなたがいなかったら、私……ここまで来れなかったよ)


心が揺れ、痛み、そして深く深くひかりを求めている。


夕陽の中で、葵は静かに目を閉じた。

その腕の中で、小さな命が確かに温かく息づいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ