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第10話:決意の名前

翌朝、雨は止み、空は雲の切れ間から柔らかい光を落としていた。

地面はまだ濡れているのに、庭の端では小さな花がひっそりと咲いている。

その光景を見て、葵は胸の奥が少しだけ温かくなる。


昨日、雨の中で寄り添ってくれた犬――

臆病で、でも誰よりも優しくて、

そして最後に自分を助けてくれた小さな命。


葵はそっとその頭を撫でた。

「ねぇ、今日こそ…名前を、決めよう」


犬は尻尾を一度だけ振り、葵の手に鼻先を押し付けた。

真っ直ぐ向けられたその仕草に、葵の胸がふわっと熱くなる。


そのとき背後から声がした。

「おはよう、葵」

「……おはよ、亮」


亮が軽く手を上げて近づいてくる。

その後ろでは奏が小さく微笑んでいた。

「昨日、大丈夫だった?」

葵は少し照れながら頷く。

「うん…あの子が来てくれたから。救われちゃった」


二人は安心したように笑った。

その笑顔に、葵の心はようやく昨日の痛みから解き放たれていった。


「それでさ」

葵が犬の耳を撫でながら言う。

「名前、今日こそ決めたいんだ」


亮と奏が目を合わせて頷く。

「よし! じゃあさ、三人で決めようぜ」

「うん、きっとそのほうがいい」


三人は庭のベンチに腰を下ろし、犬を真ん中に座らせた。

風がそっと吹き、濡れた草の匂いが漂う。


亮がまず言う。

「走るの好きだから…“スプリント”とか?」

葵は苦笑して首を振る。

「なんか、競走馬みたいだよ」


奏が少し考えてから言う。

「雨の日に…葵のところへ来てくれたから、

 “アメ”とか“レイン”とか…どうかな?」


葵の胸がわずかに揺れる。

雨――昨日、あの子が寄り添ってくれた優しい記憶。

その言葉には確かに意味がある。


でも葵は、犬を見つめながら静かに首を振った。

「雨もいいけど…なんかね、もっと違うの」


奏が優しく微笑む。

「そっか。じゃあ…葵が感じた名前が一番だよ」


葵は犬の目を見た。

臆病だけど、逃げても戻ってきてくれて、

自分の弱さに寄り添ってくれた、まっすぐな命。


その瞬間、胸の奥に温かい光がひらりと落ちた。


「……“ひかり”」


自分でも驚くくらい、自然に口から出た。


亮が目を丸くし、すぐに笑顔になる。

「おお! いいじゃん、それ!」

奏は静かにうなずいた。

「すごく合ってる。葵に…そして、この子にも」


犬――“ひかり”は、三人の顔を交互に見て、

尻尾をゆっくり、そして力強く振った。


まるで自分の名前を理解したように。


葵は胸がいっぱいになり、ひかりを抱きしめる。

「これからは、ひかりだよ。

 私の大切な、ひかり」


ひかりは葵の胸に鼻を寄せ、温かい息を吹きかけた。

その瞬間、葵の心にあった迷いや不安は、

まるで朝露が陽に溶けるように静かに消えていった。


亮がぽつりと言う。

「なんかさ、葵…昨日よりちょっと強くなってる気がする」


葵は照れて笑いながら言った。

「ひかりのおかげかな」


奏は夕陽のように柔らかく微笑んだ。

「葵はちゃんと前を向いてるよ。

 …ひかりと一緒なら、もっと遠くまで行けるね」


その言葉に、胸がきゅっとなる。

友情なのか、恋なのか、まだわからない。

でも確かに、奏の言葉は心を温かく満たした。


ひかりを中心に三人が笑い合う。


庭の木々の隙間から差し込む光が、

その輪を静かに照らしていた。


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