婚約者が魔法使いと浮気してたので、すべてを放棄して旅を降りたら平和になりました
勇者パーティーは、魔王城目前の村にたどり着いていた。
「魔王討伐まであと少しだな」
金色の鎧をまとった勇者ルークが言う。隣で魔法使いアナスタシアが微笑んだ。
「ふふ、人類の希望がもうすぐ現実になるのね」
「ようやく、長かった旅も終わるんだなぁ」と僧侶サモハンが串焼きをかじりながら陽気に笑った。
「魔王を倒したら……私たち、やっと結婚できるね」
私は、勇者に笑いかけながらそう言った。だが、彼の目は一瞬泳いで、すぐに逸らされた。
「そ、そうだな……」
わかってた。最近の彼の態度は、ずっとよそよそしかった。私は見ないふりをしていただけだ。
旅の始まり、ただの仲間だった私たちは、共に剣を振るい、命を救い合いながら自然と惹かれ合っていった。結婚の約束をしたとき、私は本気だった。
――でも、彼は違ったのかもしれない。
「今日は自由行動にする。各自、魔王戦に備えて準備を」
そう言われて私は武器屋へ向かい、新しいグレートソードを買った。私の身長ほどもあるその剣を握りしめ、村の広場で何度も素振りを繰り返す。
……気づけば、目の前をルークとアナスタシアが並んで歩いていた。
仲が悪いと思っていたふたりは、まるで恋人のように笑い合っていた。
私はとっさに茂みに身を隠した。気づかれることなく、ふたりは通り過ぎていく。
胸の奥に、いやな予感が渦巻いた。
その予感は、夜にはっきりと裏切りに変わった。
宿屋に戻ろうとしたとき、私の部屋から声が聞こえてきた。開けかけたドアに手をかけたまま、私は動けなくなった。
「まいったなぁ……エリザベス、あいつマジで俺と結婚する気なんだよ」
それは、ルークの声だった。
「ちゃんと私と結婚してくれるんでしょうね?」と甘ったるいアナスタシアの声。
「当たり前だろ。最初は可憐で守ってやりたいと思ったけど……今じゃ筋肉ムキムキのゴリラ女だぞ? あんなのと結婚とか、冗談じゃねぇって」
……思わず、息を飲んだ。
「今は戦力だから黙ってるけど、魔王を倒したら婚約破棄してやるさ」
笑い声。ベッドが軋む音。
「やだ、ルークったら……ほんとに最低」
「でも、それが好きなんだろ?」
笑い声が、耳の奥にこびりついた。
私は、何も言わずその場を離れた。
翌朝、私は静かに荷物をまとめた。
剣も、希望も、愛も、すべてを置いて。
「どこへ行くんだ?」
声をかけてきたのは、僧侶のサモハンだった。
「パーティーを抜ける。もう……どうでもよくなったの」
「全部、聞いてたんだね」
サモハンは私の肩に手を置いた。
「僕も抜けるよ。君がいないなら、このパーティーに意味はない」
「……いいの?」
「うん。勇者とは昔から合わなかったし。僕は、君の真面目さが好きだったんだ」
私たちは、そろってパーティーを抜けた。
その後、残された勇者と魔法使いは、魔王との戦いで命を落とした。
無謀な突撃だったと、王都の記録にだけ短く残されている。
私は、サモハンの故郷で静かな暮らしを始めた。のどかな村、優しい人々、穏やかな日々。
やがて、サモハンと結婚し、子どもが生まれた。
今も魔王は倒れていないけれど、世界は終わっていない。
守りたいものができたから、私はきっと、前より強くなれる。
あの日、すべてを捨てた私が見つけたのは――本当の幸せだった。